赤池くんは「ザ・野球部」
俺の名は赤池 守。先にメタいことを言っておくと主人公ではない。主人公のクラスメイトというやつだ。
イケメンと自称できるほどの顔ではない。フツーだな。身長は高一にしては高いほうで183cm、リトル・シニアでも鍛えてきたので体重も80kg近い。
一応U15日本代表チームでキャッチャーもやってた(Bチームだけど)。去年は地元、日本開催なので2枠あり、Bチームも本大会に出て、3位ではあった。一応国際大会なので銅メダル。悪くはない。それに大会最終日に3位決定戦と決勝の試合という定番のスケジュール。両方に日本チームが出て、両方勝ったのだから会場は大変に盛り上がった。個人的にも2チームにわかれてくれたおかげでほぼスタメンだったし。
しかし、この中央高に入るのは大変だった。なんせ偏差値70オーバー!クラストップどころか学年トップでも受かるかどうかは微妙。中学生を1万人集めて受かるのは上200~250名程度、と聞いて驚いたが、シニアとU15の人数を比べればなんてことはない……はず!と引退から受験まで塾・合宿・カテキョと気合を入れて勉強し、なんとか受かったようだ。念の為言っておくとカテキョは美人女子大生なんてことはなく、オヤジの先輩か同級生の息子で細マッチョっぽい大学生だった。
合格後はゆるんだ体を引き締めるべく体力作りで走ったり泳いだりウェートしたりの日々だ。
わかるかもしれないが、まぁまぁお金のある家に生まれている。正直、キャッチャーというのは親が金を出してくれないと成立しない。硬式だと防具一式が数万でなく数十万円掛かる。それ以外にもチームの月会費やユニ、遠征代で年間数十万円。しかも自分の背は小5から40cmも伸びてる。つまり、数十万の防具も2回買い替えてもらっている。それが終わったとたん、塾やカテキョで100万単位で払ってもらっている。
高校野球もやるつもりだが、中央高というのは過去に一回甲子園に行ったことがあるものの名門野球部というわけではない。弱くはない。しかし、偏差値のおかげで選手が集まらないという状況だ。
ただ、逆に入れた選手は基本的に頭や物覚えがよいという意味では野球向きだ。特に守備や走塁は「こういうときはこれ」とか「これでない場合はこちら一択」という条件分岐つきの判断をすることが多いからだ。
なんで野球の名門でもないのに無茶苦茶勉強してまで入ったかというと明確で、この中央高の立ち位置だ。よくある田舎の名門県立高校というわけで、オヤジの不動産屋兼デベロッパーを継ぐ可能性の高い俺は中央高卒で東京のFランじゃない大学を出て、どこかに就職して丁稚奉公的なキャリアを積んで地元に戻るのがサクセスストーリーになりうるからだ。
U15に行って感じたのは、日本代表になれたのは、俺が「早く育った」からに過ぎないと正直実感した。野球は体重的には無差別級なのでデカイほうが有利なことも少なくない。今は俺が日本代表だけどこいつら10~15cmデカくなったら勝ち続けるのはキビしいと思ったヤツも何人もいた。そう、キャッチャーとしても「打てるキャッチャー」としてもだ。中3で180超えは珍しいけど高3なら普通にデカいヤツというレベルだ。天性のセンス的なものでかなわんわな、と思った時点で俺の負けなんだろう。
というわけで入学できた俺だが入学式も終わり、定番のホームルームでの自己紹介だ。この学校には制服はないが、入学式や卒業式には「制服っぽい服を着る」という習慣(義務ではない)があるので、ボウズ、日焼け、学ランという野球部っぽいカッコウで来ている。また「あかいけ」なので「愛○」「青○」みたいな名字がいない限りは出席番号1番がいつものことで、今回も1番だ。
「出席番号、今年も1番の赤池です。183cm、78kg、見てのとおり、野球部……は、まだ入部してないけど100パー入る予定。俺のは本当の数値だけど、みんなは理想や夢でもいいからテキトーな身長や体重を入れるというのはどうかな?」
苦笑や明確にいやがる反応を含めてヤヤ受けというところか。1番の重圧は、慣れてるというか野球の試合のほうが重圧すごいから。
その後も無難、ややスベり、ウケたりウケなかったりの自己紹介が続いたんだが、やはりというか入学前からの有名人の自己紹介がやはり一番すごかった。
「7番、通称マイティでわかるか?。わからぬやつはこの市出身のやつに聞くように。どうせ悪い噂ばかりである。178cm 75kg、ホームルームよりもこのあとの新歓テストを楽しみたい。」
俺は一番前の席、彼女は後ろから2番目だったが自称178cmの彼女は俺より明らかに大きく感じた。そして、同時に彼女が主人公的存在なんだろうな、とも感じた。
自分で言っていたとおり、悪い噂で有名、それも大量にある。が、どこまで本当なのかわからない。ウチもデベロッパー……少なくとも地元の不動産屋なので、情報はそれなりに集まる。
彼女は警察や自衛隊とも関係が良いという噂もある。これが新・高一というのがいろいろオカしい。
このあたりの地元の小金持ちにありがちだが、ウチの親父も中央生(現役中央生だけでなく、元中央生で、適当な大学に行って戻ってきた中央高卒も、この街では中央生と言いがち)だ。
なので知っているが、新歓テストというのは苦しみの象徴で、中学の学年トップが集まった中央生のトップですら「楽しみ」にするというのは正直理解できなかった。
まぁ、野球やりすぎてた自分は入試対策でも苦しみしかなかった。受かったのも嬉しさより、助かったー、とかなんとかなったー、という安堵感のほうが大きかった。親父も「受かったで喜ぶな。その後、地獄の新歓だぞ。ま、テスト対策なんてしてもしょうがないから、おまえは走っとけ」だったしな。
その苦しみを知るまで、あと1時間だ。