6話 転換点
こっそり続きを。
この小説は、R15指定です。残酷表現があります。
――フラグは1人、晴天の空を見上げていた。
ここは屋上。鍵はかかっていなかった。
体重を預けると、わずかに軋む鉄柵。
火照った体に、心地よい風が通り抜ける。
全力疾走から、階段を駆け上がり、
立入禁止のロープを、滑るように潜り抜けて、僕はここにいる。
(これもう駄目だろ)
と自覚はある。
背負投げでコミュニケーションが取れるわけがない。
もう【この周回の終わり】は決定稿なのだ。
ここが、一番時間が稼げる場所だろう、と屋上で1人、空を見上げる。
手を伸ばしてみる。
けれど、どれだけ腕を伸ばしても、あの遥かに遠い空には届かない。
下の世界は今、燃え始めている。
誰かが叫び、誰かが動き出し、“フラグを折ろうとする意志”が、喧騒が聞こえてくる。
“意味のある行動”の結果がこれである。
(でも、大きなヒントはもらった)
ほのか、燐、灯火。この3人は道を間違え無ければ、敵にならない未来があるはず。
澪はどうだろうか。
最初さえ間違えなければ、たぶん――
(それも次のループ、かな)
このループは終わりを迎えている。
最後の、最期の時を晴天の下で待つ。
(終わりがこんな早いなんてね)
間違えた行動の結果とはいえ――まだ2日目の昼。
終わるのが早過ぎたかもしれない。
(――ただ、何も行動しなかったとしても、2日目が限度、かな)
【能力者】がこの学園に存在するなら。
その能力者達が、自分の能力を図り終えて、大きく動く時。
2日目の昼。
ここが、物語の転換点。
※ ※ ※
風は強く、髪が揺れる。
制服の袖がはためく音が、静かな、終わりまでの時間を告げている。
(最後の“相手”は誰かな)
静かな、その時を待つ。
足音が一つだけ、屋上への階段を上がってくる。
コツコツと、低い音が響いて。
ギ……ィ……
扉が開く。
フラグは鉄柵に体重を預けたまま、青い空を見ていた。
風が、ふと止んだ。
それと同時に、世界が少しだけ静かになる。
そして――誰かの足音が、コツン、コツン、と近づいてくる。
やがて、その足音も止まり、その人影は少し離れた――数歩程後ろに立つ。
彼の気配は、ただならぬものを含んでいる。
今ここにいる彼は、“完全に目を覚ました獣”の気配をしている。
背後に立つその"黒豹"のような気配へ――ふっと、軽く言葉を投げた。
「――やぁ?どちら様かな?」
しばしの沈黙ののち。
その声は、飾り気のない低音で返ってきた。
「……あァ?何だ、思ってたより余裕あるのか?」
鉄柵に預けていた体を反転させる。
そして、その“黒豹”を、正面から見据える。
彼の名は夜見崎 隼人。
この周回で、僕の“最期”を見届ける者。
「その態度の裏に何を思ってるのか知らねェが……」
彼はドスッと音と共にその場に腰を下ろし、胡坐をかいて座りこむ。
「まァ……話し合いをはじめっか」
※ ※ ※
屋上。“黒豹”と“少年”が対峙する。
片方は、下界への入り口を背負う、縄張りの守護者として。
片方は、空を背中に抱えて、世界を見下ろすものとして。
緊迫した空気が流れて、“彼”が口を開く。
「……見境なく誰かを潰すつもりはねェ」
「お前が敵か、見極めてからでも、いいだろってな」
邪神の面を貼りつけた少年は、笑みの奥で――
(――えっ、ここからでも巻き返せるルートがあるんですか?)
完全に戸惑っていた。
だがそれを悟らせまいと、肩の力を抜いたまま立っている。
「まァ……今の所、敵だろ」
「これからは味方かもしれないよ?」
「ハッ、そんなわけあるか。見てたぞ。この“目”でな」
彼は、笑う。
「――だが、だからこそ、分かんねェ。お前が、ただの目立ちたがり、悪役志望に見えるからな」
一瞬だけ、言葉の奥に“迷い”の影を見た気がした。
(なりたくて、悪役ムーブしたわけじゃない)
自嘲を含んだ笑みで、答えを返す。
「ただ失敗しただけなんだけど……次に繋げる為、かな?」
「――“次”?」
隼人の眉がわずかに動いた。興味というより、警戒の気配。
「まだ続くんだよ。“僕”にとってはね」
肩をすくめて、ため息を吐く。
「分かんねェな。未来が視える訳でもねェのに、何を視ようとしてんだか」
その言葉に、僕はほんの少しだけ笑った。
その答は“僕”だけが分かる。
今は……まだそれでいい。
真実を告げたとて、嘘を並べたとて、今この状況で変わる物は、何も無い。
そんな僕の沈黙を見て、彼はふっと息を吐く。
「誰も気づかねェまま、負けたヤツがいる――誰がヤったんだ、ってな」
彼の問いかけに、思索を巡らせる。
「犯人は俺。って事かな」
「まァな?一番あぶねぇ奴でいいと思ってたンだ」
彼の――黒豹の敵意。獲物を狩る意思が、より強くなる。
「お優しいルールだよなァ……おい、分かるか?」
それは、“あのルール”の事だろうか?
思い当たるルールを思い起こしてみる――
◇ ◇ ◇
■ゲームから排除される判定
能力者が致命的な攻撃を受け、“死”に至った場合、
その者は学園外へと追放され、記憶と力を剥奪される。
それ以降、その者は二度とこの儀式には関与できない。
また、学園敷地内から外に出た場合も同様とする。
◇ ◇ ◇
「消えるんだろ?優しいな、本当に」
「おい、人は何回殴ったら殺せるンだ?」
そうだ。あのルールは、残酷な表現を回避する為では無い。
人を死ぬ迄、嬲っても、ただ消えて終わる。
それは、罪悪感を消す為の仕掛け。
人が、人を殺す忌避感を取り去る為の、ルール。
「わりィな。オレにはオレの願いがある……お前にはおしえねェ」
それは、冗談めかした言い回しだった。でも、声の奥には願いに込めた、本気がある。
返す言葉を、紡ぐ。
「俺にだって……願いはある。それはまだ定まって無くて、単純な一つの願いじゃないけど。お前には、言わない」
「――じゃ、お互いの願いを賭けて――やるしかねェな?」
二人の間に、風が通り抜けた。静かな屋上に、空の青さだけが広がっている。
※ ※ ※
「逃げてもいいぜ……ほら」
彼はその場に腰かけたまま、屋上の扉を指差す。
(いや、逃がす気ないだろ)
この“黒豹”が獲物を逃す選択肢など無い。逃げたとて、背中から狩られるだけ。
(最期ぐらいは立ち向かう選択肢を選ぶ)
(そして、彼の能力だけでも――確かめる!)
1歩前へ進み。力を芯に込めて――駆け出す。
背負投げェェェ!
せめて爪痕だけでも、と勢いよく掴みかかる。
が、それはさらりと躱されて。
彼がいつ構えたのかも分からないまま――
――雷鳴と呼べるほどの強烈な蹴りを腹に叩き込まれる。
体が空に吸い上げられて、衝撃が骨を突き抜ける。
「……なんだァ?お前、見かけだけか?」
世界が揺れる。
肺が潰れて、景色が霞んで――次の瞬間、背中が硬質な屋上の床を打った。
黒豹の眼が、蒼く光を帯びる。
獲物の動きを観察する眼。
「まだ終わらねェぞ?」
黒豹は、悠々と歩み寄る。
腹の奥が混濁する。骨が、軋む。
「能力はどうしたァ?」
目の焦点が合わない。耳の奥で、自分の脈だけが鳴っている。
口が勝手に開いて、嗚咽とも悲鳴ともつかぬ音が漏れる。
それでも、もう一度、震える足を支えて、立ち上がる。
絶対に届かない事が分かっていても、逃げない。
今にも折れそうな、身体の芯に力を込めて――もう一度。
「……せお――」
その言葉は一瞬で遮られて。
――伸ばした手はあっさりと捕まり、引き下ろされて態勢を崩す。
防御もままならないまま腹へ――もう一度、雷鳴が、響く。
それは、生命を刈り取る為の一撃。
世界が、光と音を失い――身体が投げ捨てられた小石のように廻りながら、転がっていく。
「……っ、う、あ、ぐ……げほっ」
喉の奥から、熱い何かが逆流して――赤い鮮血と胃液の混じった液体が、床を染める。
かかとで首元を踏みつけられる。
力はこめられていないのに、起き上がれない。
彼の顔が、ひどく遠くに感じられた。
「まァ、来世ではよろしくな?」
隼人は蒼く、輝くその眼で見降ろしながら。
彼は、もう一度、脚を、振り上げる。
空が、白く砕ける。
次週以降はハッピーエンド。




