5話 【未来視】
――門を越え、教室へと向かう。
人が流れ、少しずつ騒がしくなる校舎内。
“彼女達”との対話を終えてから、少し遅れて移動してきたフラグは考える。
選択肢と可能性について。
信頼を深める。
新たな仲間を探す。
次に行動するなら何をすべきだろうか。
門の前で騒ぎを起こした以上、何だか色んな視線と思惑、ひそひそ声を感じるが、僕は気にしていない。気にしていないのだ。
――教室に付く。
辺りを見回して、少しでも違いが無いか探す。
敵になり得る人物、味方になり得る人物。この中に【能力者】がいないか?
その中で2人、気になる生徒がいた。
……だが、あまり確証は無い。
机に頬杖をついたまま、目を閉じている男子生徒。
名前は夜見崎 隼人だったか。
その背中は、異様に大きく見えた。
動かないのに、ただそこにいるだけで、周囲を威圧するような存在感。
まるで、“黒豹”だ。
沈黙の中に潜む牙。触れれば一瞬で切り裂かれる、野生の静寂。
油断して縄張りに近づいた瞬間、その"牙"を剥く──そんな本能的な危うさがある。
いまは閉じられているその瞳の奥に、何が眠っているのか……分からない。
そして、気になるもう一人。
名前は――白馬 優雅。
席に座っている。ただそれだけ。
だが、その“佇まい”は完璧だった。背筋は真っ直ぐで、髪の一房すら乱れていない。彼は机に置かれた本のページを、静かにめくる。
その姿は、王子の風格を持っていた。
制服は他の誰よりも清廉に見え、“白”をその身に纏っているかのようだ。
教室の“中心”には、確かに彼がいる。
その場には、空気が結晶化するような凛とした静けさがあった。
黒豹か、白馬か。
声を掛けるかどうか迷って、後ろを振り返ると――
教室の隅、燐と灯火の二人がフラグの様子を伺っていた。
――2人に観察されている。
好奇心と警戒。そんな目だった。
(【同盟】ね。何とか頼れないものかな)
そう考えたフラグは、2人の元へ歩を進める。
※ ※ ※
「燐、聞きたい事があるんだ」
「お、私に頼るのかい?内容によるね?」
ひらひらと手を振りながら、燐は答える。
「誰が、怪しいと思う?」
「そりゃフラグ君でしょ」
「……はい」
即答だった。それはどうしようもない。僕もそう思う。
「大方、勇気が足りなくて、誰かに助けてほしいんだろうけど――私は観察者なんだ。君の動向を面白可笑しく見守るだけ」
燐は、どこか他人事のように笑った。
「私は敵対しない。でも、積極的な協力もしない。あくまでも【同盟】なんだよフラグ君」
フラグは小さく息を吐いた。
視線を下に落とし、しばらく沈黙したあとで、静かに言葉を返す。
「――分かったよ。結局、自分でやるしかないってことだな」
燐は手を振って微笑む。
「でも、ヒントはあげてもいい。灯火は嘘を言わないから――灯火を信頼させたなら君の勝ちって事で」
その目は、冗談めいた軽さの奥に、ほんの少しだけ期待の色を滲ませていた。
「もうちょっと面白い関係になってもいいかもよ?」
――一縷の望みを抱えて、灯火の方へ視線を送る。
口を曲げ、腕を組んで構えていた灯火がこちらの目線に気づいた途端……
ほら、と自身の頬を指さして、得意げな表情を返してくる。
「ほら、フラグ。あたしになんか言う事ないの?」
これは、挑発か?と思ったがここは飲み込む。
「お返し、なら後で考えるよ」
そう一言だけ返し、きっかけを探さないとな……と考えてフラグは踵を返す。
※ ※ ※
教室に入ってくる人物が二人。
そのうちの一人は、七瀬ほのかだった。
あのとき背負い投げてしまった、あの子だ。
もう一人――彼女のすぐ後ろにいたのは、無表情の少女。
名前を思い出すより早く、僕の意識は、自然とほのかの方に引き寄せられていた。
教室の空気が変わる。
まるで息を止めたかのように、張りつめた沈黙が広がる。
不信のオーラを纏う彼女に、誰も目を合わせず、声もかけない。
彼女、【七瀬ほのか】の能力は――【共感】。
感情を共有し、空気を伝播させる力。
それは今も発動していて、教室全体が不安の膜で包まれる。
彼女に罪はなかった。
だが、あのとき――彼女が僕の本質を見抜こうとした瞬間、僕は動いた。
(あの時は、正しかった。……はずだ)
彼女は、僕に、一瞬だけ視線を向けた。
その奥に揺れる何かがあったように思えたが、それはすぐに伏せられた。
「……あの、ごめんなさい」
ほのかが、ぽつりとつぶやいた。
(謝るのは、僕の方であるのに)
言葉は返せなかった。
僕は、心を伏せたまま、黙って視線を外した。
彼女は僕の前を通り過ぎ、自らの席へと向かう。
(――これは、タイミングを失ってしまったな)
今は、機が熟すのを待つしかない。
※ ※ ※
――お昼休み。
食事を終えて、教室の中。
今度こそ、意味のある行動をする。その対象を探す。
窓際に座り、外を眺める少女。
名前は黒鉄 澪だったはず。
陽の光に照らされた横顔は、どこか儚げで、今にも消え入りそうな雰囲気をまとっていた。
──だが、その眼に宿る光だけが違った。
意志。決意。誰にも砕けない“芯”のようなものが、彼女の中にある。
この子も、恐らく"違う"。直感が、そう告げていた。
窓際に座る彼女に、意を決して声をかける。
「……黒鉄 澪、だったよな?」
少女は、こちらに目を向ける。
無表情。だが、目だけがこちらを試すように光る。
「……何か用?」
「ああ、ちょっとだけ話したくて」
そう言いながら、隣の席に座る。
彼女は頷きもせず、拒絶もしなかった。
「どこから話そうか。ええと――」
「……志望くん。……なんだか、“風が変わった”と思わない?」
「――俺もそんな気がしてた。また“誰かが消える”。そんな予感がある」
その一言に、澪の肩が小さく震える。
「……やっぱり……君、“知ってる”顔だ」
風の音が止まったように静まり返る中。
フラグは穏やかな声で、でも、どこか確信を滲ませながら。
「……そう。これは敵の仕業だ」
「でも、俺はそれを止めたい。たとえ、自分に何が起きても」
そう、諭すように。僕は嘘をつく。
(今度こそ踏み込まなきゃ)
少し迷って、でも言葉を紡ぐ。
「俺の能力は、“未来が見える”タイプなんだ」
「──そして、次に誰が消えるかも……俺はもう知ってる」
彼女の瞳が揺れた。
一瞬、君の腕を掴みかけて――すぐに止めた。
「……未来視……」
沈黙。
「――未来は、変えられる。俺は、変わりたいんだ」
そう言った瞬間、彼女はふっと目を細めた。
そして、ほんのわずかに笑う――それは、どこか諦めにも似た表情だった。
「貴方は“変わりたい”って言うけど……結局、また同じ未来に戻るだけ」
「……ん?」
「“変わりたい”じゃ、変わらないよ。“変わった”後のあなたが何をするか、もう未来に映ってる……誰も消させない」
静かな声。でも、その言葉はナイフの様に鋭く、心に突き刺さった。
「私の能力は"未来視"」
「……ん?同じ?」
焦り、困惑、不安、その全てが僕の頭をよぎる。
これはまずい。
「何故、同じ能力が2つあるの?何故、君は嘘をついたの?」
(嘘をついたのが仇になった!)
立ち上がろうとしたその瞬間、腕を掴まれる。
「ほのかの言う通りだった。私の未来は曖昧だから」
一瞬伏せられる眼。そして、もう一度フラグを見据えるその眼には決意が宿っていた。
「俺が敵だと思うならどうする?」
「……私に戦う力はないけど、仲間がいる」
腕を離して。頼む。
教室内が騒がしくなる。好機の目線を感じる。
「君を、糾弾する。私たちにとってあなたは――」
このまま捕まれば、終わる――そう思った瞬間、身体が先に動いていた。
「そぉぉぉぉぉぉおい!」
「うきゃあああ!?」
背負い投げェェェ!
掴まれた腕をくるりと回し、体重を使って背負い投げ。
澪の身体がふわりと宙を舞い――柔らかく床に落ちる。
バランスを崩して、何かを掴もうとする澪の手を外して。
(やっちったぁぁぁぁぁ!)
そして、僕は全力で疾走する。
※ ※ ※
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6話は執筆中です。間に合ったら5月31日投稿。
すいません間に合わねぇっす!
1~5話の調整してたら終わらなくなったので未定!