2話 【オーラ出てるだけ説】
――学園寮、朝、フラグの自室。
カーテンの隙間から差し込む朝の陽射しの中。
ベッドの隣に置かれた小さな目覚まし時計が、規則正しく時を刻んでいる。
机の上には読みかけの参考書と、昨日飲みかけたままのドリンクのボトル。
生活感の残る部屋の中で、フラグはぼんやりと天井を見つめていた。
先ほどはテンションが乱気流だった。
今は少し落ち着いてきた……と、自分に言い聞かせている。
考えよう。
1つ言えば、まるで夢なのだ。
今も、集中するだけで“知らない能力”と“ルール”が頭の中に――浮かぶだけではある。
【能力が本当にあるのか】それを試せれば良かったのだが、この能力にONとOFFのスイッチは無いようで……意識しても、手元に何かが起きるわけではない。
ただ、何となく体の内側から、ジリジリとしたオーラのような気配が溢れているだけだ。
夢と現実がごちゃ混ぜになっていて、ただテンションが上がっているだけかもしれない。
――とにかく、部屋の外に出てみようか。そう思い、立ち上がる。
この寮は4人ユニット制で、4人それぞれに個室があり、そのユニットのリビングルームと繋がっている。
部屋の外に出れば、ルームメイトと顔を合わせることが多い。
会話で何か得られるものがあるはず。
扉を思い切り開ける。
――バァン!!ゴン!バタァン!
勢いよく開けたドアが、何かにぶつかったような鈍い音を立てた。
反動で跳ね返るドアが軋みを上げ、再び閉まりかける。
恐る恐るその隙間を覗くと――誰かが、尻餅をついていた。
一言、謝ろうと手を伸ばし、口を開きかけて――
突然、目の前に見知らぬ【黒い球体】が現れた。
伸ばした手が歪んで――
※ ※ ※
――学園寮、朝、フラグの自室。
カーテンの隙間から差し込む朝の陽射しの中。
ベッドの隣に置かれた小さな目覚まし時計が、規則正しく時を刻んでいる。
机の上には読みかけの参考書と、昨日飲みかけたままのドリンクのボトル。
生活感の残る部屋の中で、フラグはぼんやりと天井を見つめていた。
(……ん?)
今、何を視たのだろうか?夢の続きでも見た?
確かに個室から、外に出た気がする……が。
誰かが、ドアの向こうで待っていた?
――次からドアはゆっくり開けよう。
※ ※ ※
個室からリビングへと、ゆっくりドアを開けて、足を踏み出す。
そこには2人の人物がいた。
「おう!おはようっ……っておいおい、なんだその顔!どうした?!」
前者が、お調子者の友人、杉崎 陽太。
誰とでも仲良くなれる彼は、隣のクラスでも人気があるらしい。
「……チッ」
後者の――舌打ち君は、外村 剛。
舌打ち君は視線も寄越さず、上着をひっつかむと、足早にリビングから出て行ってしまった。
――どうにも相性が悪い。理由は知らない。この身から溢れるオーラかもしれない。
「あー、同じユニットの仲間じゃん?仲良くしたらいいのに!」
「彼が嫌うなら仕方ないだろ。問題が起きなければこれでいいんだ」
お調子者が肩をすくめる。
「で、なんか今日のお前、なんか違くない?雰囲気?テンション?どしたん話聞こか?」
と、その軽さに、一瞬だけ、返答を迷う。
(夢が本当ならどうすべきだろう?)
と少し思案して――
「悪い夢を見たんだけど……そっちは何か見た?」
「はっ?何?夢共有しちゃう?いや俺は何も見てないな?」
(――こいつ……無能力者!)
と直感し、軽く巡らせた思考を戻す。
「あ、ならいい。俺の機嫌が悪いだけ」
「変な夢とかって、熱出す前兆らしいよ?ばあちゃんが言ってた」
「……ばあちゃん万能だな」
話を切り上げて、朝の支度を済ませ、軽く口に何かを入れてから、制服のポケットを確認する。
寮の玄関を抜けて、今日も学園へと向かうのだった。
※ ※ ※
怪しい夢を見たせいで、飛び起きてしまった、いつもより早い時間。
登校路には人の気配は無く、朝霧が視界を奪う。
先が見えぬまま、彼にも話を聞こうと、後を追い掛ける。
外村 剛。
明らかに嫌われている。理由は本当に知らない。
まださほど、距離も離れていないはず。寮から学園までの道の間に――彼を見つけた。
「外村ー?」
一声をかけて。その肩に手を伸ばす。
突然、目の前に【黒い球体】が現れた。
伸ばした手が吸い込まれて、メキリという音と共に歪む。
肉体も、意識も、小さく小さく圧縮されて、想像できない痛みに脳が考えるのを――やめた。
※ ※ ※
――学園寮、朝、フラグの自室。
カーテンの隙間から差し込む朝の陽射しの中、1人、フラグは何も思考していなかった。
昨日飲みかけたままのドリンクのボトル。参考書。読みかけ。机の上。
(……………………)
時計を見つめて、時が過ぎるのを眺める。
時計の秒針が、“音”として耳に入ってくる。
ようやく、自分が生きていることを思い出した。
自分が再起動するまで、ここまで時間がかかった事があっただろうか。
即死してタイムループしたのでは?と答えに辿り着く迄、どれだけ時間が経っただろうか?
(――外村ぁぁぁぁぁぁぁ!)
どう考えても、あいつが即死ループの原因である。
彼に関わる事で、速攻で「死亡フラグ」を回収できる。RTAか?
頭を抱える。
(もうやだ。1日目は潜伏する)
自分でそう決めると、少しだけ気が楽になる。
何もしなければ、何も起きない。何も壊れない。
周囲の反応を見ながら、判断すればいい。
むしろ、ずっと潜伏していたらこのゲーム、何事もなく終わるのでは――
何せこのゲームには【投票】が無い。つられることも無い。
ゆっくりと、支度を整えて、部屋のドアに手をかける。
※ ※
個室からリビングへ。
空気はすでに温まっており、誰かが早くからここにいた気配が残っていた。
「おう!おはようっ……っておいおい、なんだその顔!どうした?!」
お調子者の友人、杉崎 陽太。
面倒身が良い友人である。
「――外村は?」
リビングを見渡すが、その姿はない。
「先に出て行ったで?」
陽太が、トーストを咀嚼しながら、親指で玄関の方を指す。
時間を掛ければ、彼と“会えずに済む”という事が分かった。
「……そういや、フラグの部屋の前で、外村がしばらく考え込んでたけど?」
「なにそれこわい。俺が理由を教えてほしい」
「知らんなぁ」
彼が何を基準にして動いてるのか分からない。
ただ僕と相性が悪いだけで、他の人とは普通に接しているはず。
いずれ誰かに、遠回しにでも聞いてみよう。
「で、なんか今日のお前、なんか違くない?雰囲気?テンション?どしたん話聞こか?」
空になったマグカップをテーブルに置き、陽太はふと真面目な顔をする。
「――変な夢とかって、熱出す前兆らしいよ?」
「お?それ、うちのばあちゃんも言ってたな?」
くだらない話の流れに、少しだけ気が緩む。
話を切り上げて、朝の支度を済ませ、軽く口に何かを入れてから、制服のポケットを確認する。
いつもと同じように見える朝――けれど、僕にとっては、“3回目の朝”だった。
※ ※ ※
(――どうやら、オーラが“見えている”わけではなさそうだ)
寮を出て、学園へと向かう道。
まだ少し肌寒い朝の空気が、シャツの隙間から忍び込んでくる。
通い慣れたはずの道を歩きながら、周囲の視線をさりげなく観察する。
ちらりと向けられる視線。すれ違う生徒たちの何気ない反応。
中には、ほんの一瞬だけ【何だコイツ】とでも言いたげな目つきの者もいたが……問題ない。たぶん。
(……問題ない、よな?)
一度深呼吸して、思考を整える。
夢か現実かどうか、正直、まだ半信半疑だとして――
(……あれ?)
軽い違和感を感じて、足が止まる。
周囲を見渡して……視界の端、ベンチに座る少女の姿が、目に入った。
制服姿、膝の上にカバン、表情は困惑気味。
こちらに気づいた彼女は、すぐに視線をそらした。
(待ち合わせでもしてるのかな)
気にはなったが、声をかけるほどの関係でもない。
そのまま足を動かし、学園への道を再び歩き出す。
今日は“潜伏”すると決めたのだ。
何もせず、何も起こさず、様子を見る。
HR。何もない。
昼休み。何もない。
放課後。――何も、起こらなかった。
そのまま、何も起こらず、寮へ戻る。
部屋に入り、ベッドに身体を投げ出す。
(まるで、冷静な主人公のつもりで、それを演じる僕で)
やけに静かな天井を、しばらく見つめたあと――眠った。
※ ※ ※
真っ暗な中、真っ黒な自分が、誰かの枕元に立って、静かに見下ろしている。
――闇の中。
ただ静かに――それでも確実に「黒」が存在していた。
視線の先には、ベッドで眠る誰かの姿。
その顔も、名前も、何もかも曖昧だ。
ただ“誰か”が、そこで眠っている。
“自分”は何も言わず、感情も無く、静かに、手を伸ばして――
※ ※ ※
2日目が始まる。




