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第四話 利害の一致の上での共闘はありだ

挿絵(By みてみん)


「有坂‥‥私はね‥‥別に、大井沢君が好きなんじゃないの」


 唐突に話し始めるが。


「‥‥‥‥」


「何かさー‥‥彼って‥‥いかにもクラスの中心人物みたいじゃん。だから‥‥もし、私が彼と付き合ったら‥‥私もそうなれるのかなって‥‥」


「‥‥‥‥」


 本当は草ケ谷なりに重い話をしてるんだろうけど、ケーキをバクバク食べながら話してるせいで、それがちっとも深刻に伝わってこない。


 しかし、こいつは予想の斜め上をいく。本当の事を話しているなら。


「そんな事をしなくても、お前はそれなりにクラスの輪に溶け込んでるんじゃないのか?」


「そうでもないよ」


 草ケ谷はカップを置いて、店内に視線を移した。


「‥‥‥‥そうか、有坂はこっちに引っ越してきたから知らないんだ」


「‥‥‥‥」


「私さ‥‥中学までずっと‥‥何て言うんだっけ‥‥そう、ぼっちだったんだ」


「全く見えないな」


「だって努力したのよ。ファッション系のサイト見て研究したし、リア充の集まりみたいなものにも積極的に参加して、色々聞いたり見たりしたし」


「つまり、お前は自分のぼっちを解消する為に、大井沢を利用したかったんだな」


「それは言い方悪すぎ!」


「どう違うんだ?」


「もういい!」


 草ケ谷は残っていたケーキを口に放り込む。


「とにかくね、大井沢君は、水沢さんと付き合ってないって言ってた。だったら私にだってチャンスがないわけじゃない!」


「そうかもしれないが、それには段階が必要だ。チャンスを掴むには準備をしないと後悔するぞ」


 草ケ谷はフンと言って立ち上がる。


 残されたのは俺とケーキ。全くとんでもない目にあった。


「甘‥‥」


 草ケ谷は何かをしようとしている気がする。何をしたとしてもそれは大井沢に関わるもので、水沢さんにも余波がくるものだ。その結果どうなるかは今の段階では分からない。それでも何パターンか考えておく方がいいだろう。


 その日は胸やけがして大変な目にあったが、どうやら偶然の渦に巻き込まれつつあるようだ。


 それから何の特筆すべき出来事もなく一週間程たった後。


 家への帰りの途中、今ではめっきり少なくなった本屋へ寄り、気になっていたラノベの新作をチェックする。その後、商店街のスーパーに寄って夕食のカレーの材料を買った。完全に遅い帰宅が決定した。


「‥‥‥‥」


 アパートの前に誰かいる。入口はパスワードを入力しないと扉が開かない様になっており、その人物も、立ち往生しているのだろう。


 そいつは‥‥全く、勘弁してほしい。


「他人のアパートの前で何をしてるんだ?」


「‥‥‥‥」


 うずくまっていたその人物‥‥女性徒は俺がそう聞くと、顔を上げた。


「良かった、なかなか帰ってこないからどうしようかと思った」


 何だか草ケ谷の声が弱々しい。いつものツンとした感じがないのは妙な感じだ。


「ここって有坂のアパートだよね?」


「そうだが‥‥何で住所を知ってた?」


「先生に聞いたら教えてくれた」


「全く」


 個人情報の保護とかどうなってるんだ。


「で、何の用なんだ?」


「‥‥うん」


 何か言いにくそうにしている。


「ちょっとさ‥‥中に入れてくれない?」


「それはマズイだろ」


「どうしても相談したい事があるの」


「‥‥‥‥」


 確かに泣きそうな顔をしてはいる。ここで追い返すのも主人公としては違う気がする。


「仕方ないな」


 パスワード入れると、ガラス扉がスっと開く。俺のあとに続いて草ケ谷も中に入ってくる。エレベーターを降りるとすぐ隣が俺の部屋だ。


 ドアを開いて部屋の中に入る。


「お邪魔します」


 玄関できちんと靴を揃えてから中に入ってくる。


「綺麗にしてるのね」


「そうか?」


 常に掃除はしてるが、こういう時にそれが役に立つ。


 冷蔵庫から飲み物を出して、ローテーブルの端に座った彼女の前に出す。まだ部屋の中を見渡している。


「有坂ってさ‥‥オタクとか陰キャだと思ってたけど‥‥違うんだね」


「そんな事を確認する為に来たわけじゃないだろ?」


「もー、何か言い方が冷たいし。いっつも表情変えないし‥‥」


「悪いな、俺はそういう人間なんだ」


「‥‥‥‥」


 草ケ谷は麦茶を一口飲んでから、フウとため息をつく。


「今日さ‥‥大井沢君にさ‥‥誰とも付き合ってないなら、私と付き合ってって言ったんだけど‥‥何か少し考えさせてくれって返事で‥‥」


「‥‥‥‥」


「それってやっぱり水沢さんと付き合ってるから‥‥はっきりと返事をくれないのかな? ねえ、有坂はどう思う?」


「そうかもしれないが、本当に迷ってるのかもしれない。もしかしたら、水沢さんと付き合ってはいるけど、草ケ谷も捨てがたいとか考えてるのかもな」


「何それ、ひどい、そうなの?」


「一つの可能性を言っただけだ。情報が少なすぎてはっきりとは分からないな」


「‥‥‥‥」


「そもそも、お前は大井沢の彼女の位置が欲しいだけで、大井沢の人間性はどうでもいいんだろう?」


「う‥‥ん」


「だったら、彼が酷いかどうかは考える必要がない」


 俺も麦茶を飲む、淡いグラスの水面に、草ケ谷の沈んだ顔が上下反転して映っている。


 何を聞きにきたのかと思えば、そんな事か。


 主要人物以外の事に完全に巻き込まれている。巻き込まれているが、そこで華麗に巻き返す能力があるのが主人公の特権だ。


 だとすれば、ここで俺はどうしたらいい?


 どうすれば本物のヒロインに繋げられる?


「‥‥そうだな」


 俺は草ケ谷の顔を見つめた。


 今出来るベストな手は見つからないが、ベターな手段はある。


「俺は水沢さんと付き合いたいと思ってる」


「え?」


「そしてお前は大井沢とくっつく‥‥これで全てが丸く収まる」


「‥‥‥‥そんなうまくいくはず‥‥」


「いかせる」


 一口で飲み干す。


「俺の指示した通りに動いてほしい。そうすれば大井沢は必ずお前を選ぶ」


「‥‥でも」


「この前と同じだ。少しでも結果が違ってたら、お前には二度と関わらない」


「‥‥前より悪くなったら‥‥」


「そうなったら、これから先、お前の言う事を何でも聞く事にする。そうならないように全力で良くはしていくけどな」


「‥‥分かった」


 草ケ谷は小さく頷く。


「では、これからよろしく頼む。まずお前が最初にする事は‥‥」


「陽奈!」


「?」


「いつまでも、お前って呼ばないでよ、私の名前はヒナ! 草ケ谷陽奈!」


「分かった」


 草ケ谷‥‥陽奈は手を伸ばしてきた。


「よろしく、悠太」


「‥‥よろしく」


 俺と陽奈は握手した。それは互いの利益が一致した合意の握手だ。


 そうして翌日‥‥する事が決まれば行動は早い方がいい。


 陽奈にはバイトをしてもらう。


「え? 何で倉庫整理?」


 それを聞いた陽奈はそんな反応だった。陽奈の家からは遠くなるし、別に欲しいものも今の所はない陽奈にとって、それは当然の反応だ。さらに軽作業とはあるが、荷物関係なのでそれなりに大変な事も予想される。


「大井沢を彼氏にする為に必要な事だ」


「何で?」


「とにかく指示通りにしてもらう。そういう約束だ」


「‥‥‥‥分かった」


 納得してないようだったが、言う通りにしてもらわなければ全てが繋がらない。


「それから、そこでは、絶対にその会社の人には笑顔で返せ。例え、どんな理不尽な事を言われてもだ。短時間バイトだしそう苦痛にはならないはずだ」


「は?」


「そんな事態になっても‥‥の話だ。笑顔‥‥それが一番大事だ。いつものようにムスっとしては駄目だからな」


「‥‥‥‥別にそんな顔してないし」


「今、してるだろ?」


「‥‥‥‥」


 求人票を持つ陽奈の顔がひきつる。


 三日程は不満すら言えない程に疲労していたが、俺はそれをねぎらう様な事はしない。ぼっち脱却というのは、生半可な覚悟では到底不可能なのだ。


「あーもう辛い。肩が痛い。腰が痛い。あんな重い物、女子に箱ばせるなんて信じられない!」


「ちゃんと笑顔で返事してたか?」


「もち。でもさ、事務のお局みたいな人がいて、もう、酷くて。若いんだがらもっと手早く動きなさいとか、煩いったらもう‥‥」


「そうか」


 順調に事は運んでいる様だ。


 更に俺は学校の中でも網をかける。


「クラスに橘愛理という女子がいるだろ?」


「え?‥‥ああ‥‥いたかもね」


 バイト終わりは俺の家で、苦手な科目を勉強させている。苦手‥‥と、言うか、並より少し下ぐらいの成績なので、まずは全体的な学力を向上させなければならない。狙うのは期末テストで全科目を八十点以上にする事だ。水沢さんに比べてバカではそもそも話にならない。


「悠太って学校で勉強とかしてない感じだけど、何でそんなに出来るの?」


「陰で努力してるからな」


「‥‥‥あーそうですか‥」


 陽奈は本棚にある参考書を見てから机に突っ伏した。


「それで、その橘さんがどうしたの?」


 机に頭をつけたまま、籠った声で聞いてきた。


「陽奈は彼女と友達‥‥親友になってくれ」


「は?」


 ガバっと体を起こす。


「何で彼女?」


「そうだな‥‥陽奈は橘さんにどんな印象を持ってる?」


「どうって‥‥大人しいと言うか、目立たないというか‥‥」


「確かに、クラスの中ではモブの一人だろうな。だが、モブは主要な登場人物と接触する事が存在意義になる。つまり彼女がどんな人間だろうが、この際は関係がないんだ」


「‥‥何だかよく分からないけど。‥‥でもどうやって仲良くなるの?」


「それに関しては考えがある」


 俺は商店街周辺の地図を渡した。


 地図には赤字で丸がつけてあり、そこから矢印が引かれている。


「これって‥‥ゲーセン?」


「その赤丸の地点、ゲーセンの近くで陽奈は待機。俺がケータイで合図するから、そこで作戦は決行になる。どうなるかは現場の状況で変わるから今は言えない。次の水曜日がその日になるが、丁度、バイトも休みだ、何の支障もない」


「‥‥‥‥」


 全く納得はしてないようだったが、それでもやってもらうしかない。



次回  『最終話』 最後に勝つのは主人公と決まっている

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