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第一話 俺の理想とする世界

挿絵(By みてみん)


 中学三年間、俺はぼっちだった。卒業式後も皆が別れを惜しんでるその隙間を抜けて、そのまま家へと直行だった。けれど、それを悲観したり卑下したりしてるわけじゃない。他の奴らは分かってない。高校の三年間こそ、人生で最も輝く時間だと言う事を。だから俺は中学時代を犠牲にして、その後をどう生きるかを検証していたというわけだ。


 研究資料は専ら、ライトノベルと言われる書籍だが、休み時間も昼休みも、背表紙も隠さずに読みふけっている俺を、馬鹿にしていた奴らはいた。そいつらはいわゆる、陽キャというカテゴリーに入るが、そんな奴らは俺の視界には入ってはこない。ラノベと馬鹿にしてる奴らは、その中の主人公の熱くて深い思いは理解できない。


それはフィクションだから成立していると最初から諦めてるだけで、物語こそ、ある種の理想の生き方に違いないのだ。


 理想は現実とは違うなどと、悟ったふうに言う奴もいる。だが、理想は遠いからこその目標で、そこに近づく為の努力はするべきだ。


 そんな活動を俺は中二から始めた。その結果、理想の主人公達の行動パターンや思いを、ほぼ理解する事ができた。


 あとは計画にのっとり、華々しく高校デビューするだけだ。


問題が一つあったが、それは事前に解決済みだ。


ぼっちのまま高校に進学すると、俺の中学時代のぼっちの風評が知れ渡っている。つまり、これからの高校生活もその噂に引きずられる可能性がある。だから俺は地元ではなく、遠くの、しかも県外の高校に行く事にした。


勉強も頑張り、その甲斐あって、見事に優秀な成績で合格。親もこれならばと、一人暮らしを許してくれた。


主人公は一人暮らしに決まっている。


そうして俺は狭いワンルームの部屋へと引っ越しを済ませる。


部屋の中はそれなりに片付いてなければならないが、生活感も残しておかなければならない。その加減が難しい。机にベッド、そしてクローゼット。なぜかテレビは無しで、その代わりに音楽を聴く為の大きな機械があったりする。これで完璧だ。


迎えた入学式、つまり登校初日。初めて制服のブレザーに袖を通してみるが、紺色に、赤いネクタイというありがちな制服だ。女子はというと、基本は同じだが、ネクタイがリボンになっている。いいぞ、このありがちさが、俺を理想のラノベ主人公にしてくれる。


お決まりの校長の長い話が終わった後、そのままクラスごとのホームルームが始まる。


席ははじめから指定されているようだったが。


「‥‥‥‥」


 何という事だ。本来ならば窓際の後ろの席が俺の定位置なはず。後ろな所はいい。だが、窓から二列目の席で、これではアンニュイな顔で校庭を見つめる事が出来ない。しかも男子と女子の席が交互になっており、隣が同性にならないようにズレさせてもいる。つまり前後左右が女子(後ろはいないが)。これでは、休み時間に主人公の友人と席の前後に座ったまま話すという事ができないではないか。学校側はどんな悪意があってこんな事をしたのだろうか。同性どうしだとお喋りをして授業の妨げになるなどという、くだらない理由だとは思うが。


「‥‥‥‥」


 決まってしまったものは仕方がない。とりあえず、休憩時間中に周辺をチェックしておこう。


 前の席の女子は、後ろ姿しか分からないが、早速、元中の女子とずっと喋ってる。ここで割り込むのはいきなり変な人と思われるに違いない。右側のコは‥‥いない。向こうに女子の集団がいるので、そこの一人と思われる。


 左の窓際の‥‥本来は俺が座るべき席だったとこの女子は‥‥いた。


 いるにはいるけど、予想とは違った。


 こういう時、左右どっちかの女子は、主人公と何がしかの接点があり、ふとしたきっかけで仲良くなっていくもの‥‥だと思うが。


 頬杖をついて外を眺めてる彼女は、ストレートの長い髪を、少しだけ染めてるのか、日の光の加減なのか、ちょっとだけ茶色がかって見える。顔はと言うと、目がちょっと釣り目っぽい。それでも美人というより可愛い方だろう。だから大人びた髪との比較で、ちょっと不自然に見えてしまう。


「‥‥‥‥」


 で、彼女が何を見ているのか、俺も同じ方向を向いてみた。ここは二階。校庭の周囲には今にも散りそうな桜の木が何本か。あと、卒業式の後片付けをしている用務員さんが一名、校門向こうにはたまに通り過ぎていく車の姿‥‥見てて別に面白いものはない。


「‥‥なに?」


「!」


 俺の鋭い視線に気が付いた彼女は、突然声をかけてきた。それもあからさまに不機嫌そうな声と顔で。


違う違う。主人公の隣の女子は清楚で常に優しさで満ち溢れていなければならない。こんな不機嫌陽キャではないのだ。


 しかし、向こうから声をかけてくるという荒業をしてきた以上、こちらもそれ相応の返答をしなければならない。


 こんな時、主人公ならどう返す? それを聞いた女子はどう言ってくる?


 どんな時も自然な流れで会話するのが、理想のラノベ主人公だ。


「いや、席変わってあげようかと思って」


「?」


 彼女は頬に当てていた手を外して、更に不機嫌さが二割増しな表情になる。


「こっちの席なら、他の女子と話しやすいのかなって思っただけだよ」


「は? 別に頼んでないし」


「そうか」


 プイと横を向かれて、会話はそこで終わり。


 だから違うだろ。そこは、『ありがとうございます』と、満面の笑みをうかべてくる所だろう。


「‥‥‥‥」


 何だかバツが悪くなったが、そこは肩をすくめるポーズ。これでヤレヤレ感がでる。


 本番は一学期が始まってからだ。


 そこでいかに理想の主人公に近づけるか‥‥今から想像するだけで顔がにやけてくるが、主人公はそんな表情はしない。


 入学式はただただ気だるそうにしてればいい。


 そうして明日に授業初日を迎える日の夜。


 俺は配布された教科書を開き、予習をばっちりと済ませる。主人公たる者、学校では昼寝をしていても、なぜか勉強が出来ると決まっている。その為には全ての勉強は家で済ませるしかない。


 それから、今後の事を踏まえての行動ルートの最適分岐の考察。どんな事態に陥っても、さらりと偶然に対処していくのが主人公だ。


 これで完璧なはずだが、ちょっと不満な点がある。普通ならこのアパートの隣の部屋には偶然、同じクラスの女子が一人暮らしをしてて、そこから物語が進んで行くのが正規のルートだ。だが。隣に住んでいたのはただのサラリーマンのおっさんだった。


 違うだろ。


 これが理想と現実のギャップというものらしいが、その程度で俺はくじけたりはしない。


 なぜなら、俺は主人公なんだから。


 事件は唐突に起こる。まあ、それが物語というものだから仕方のない事ではあるが。


 そして授業初日。


「ねえ、有坂」


 女子に名前を呼ばれた事は、この数年で数えるほどしかない。しかし、確かに俺の苗字は有坂だが、唐突に呼び捨てにしてくるのは、如何なものだろうか。


「?‥‥‥‥ありさか‥‥で、いいんだよね?」


「ああ、俺が有坂悠太だ」


「‥‥‥‥」


 きちんと言ったつもりだったが、窓際の席の彼女はまた?半分、不機嫌半分な表情になった。


 ちなみに彼女の名前を、俺は知らない。と、言うか、初日に全員が自己紹介したはずだが、全く覚えていない。だが、それは意図的だ。恐るべき能力を持つ主人公のそんな天然さとのギャップが、また魅力を増す事になるのだ。


「前にさ。席交換してくれるって言ってたじゃん」


「そうだったか?」


「言ってた、言ってた。で、取り換えてほしいだけど」


「‥‥‥‥」


 しまったな。


 考えてみれば全員の席順が男女交互にきちんと並んでいる状態が今だ。それを自己都合でエントロピーを増大させても良いものだろうか。


「お願い! 今度埋め合わせはするから!」


 手を合わせて片目を瞑り、いかにもな顔で俺を見てくる。


 この時点で俺が取るべき選択肢は一つしかない。


「OK」


「やったー!」


 それだけ言うと、彼女は手を叩いて喜んでる。俺のこの返しは正解だが、席を移動させようと机の端を持った途端に、彼女の机の中身が俺の机の上に、ドサっと乗せられたのはどういう事だろう。


 違うだろ。そこは男の腕っぷしで重い机を移動した感心させる的な流れになるはずだ。それがどういうわけか、机の中の物を細々と入れ替える的な事をせざるをえなくなっている。


 渋々という顔を全く表面には出さずに、笑顔で移動する。後で先生に何か言われたら、その時は正直に主犯な事を名乗り出ればいい。クラスで何回か注目されるのは、それこそラノベ主人公というもの。今回はそれで良しとしよう。


 そうして一週間も過ぎたあたりには、今まで窓際を眺めてた彼女は、すっかり周囲と溶け込んでる。同じ教室の女子達と大声で笑いながら、何かを喋ってる。もちろん、俺とは、あれからろくに話す事もなく、埋め合わせとやらは今もなお、何も受けてはいない。


 まあ、そんな事はどうでもいい。とりあえずは、この校庭を見渡す事の出来る景色をゲット出来たんだからな。


「‥‥‥‥」


 開けたままの窓から初夏の風が吹き込んでくる。それをアンニュイな表情で体育の時間でグラウンドを走らされてる生徒の姿を見つめる俺は、主人公すぎる。


 時間が経つと起こる事は、まあ様々だ。一人暮らしも、高校生活も初めての事なのに、慣れてきたと思ったら、また新しい事が起こる。しかし、それにアタフタするのが、モブで、それとは違う俺は、どんなときも冷静さを保つ。


 慣れてきた事はと言えば、前の席の男子生徒と話す事が多くなった事か。


「なあ、悠太は今回の中間試験どうだった?」


 雄二という名前の彼は特にイケメンでもなく、あまり目立つ事もない、ごく普通の生徒だ。


 ことさら、テストの事を聞いてきたのは、やっぱり心配だったからなのだろう。だが、聞かない方がいい事も世の中にはたくさんある。俺の返ってきた点数はどれもほぼ満点だった。授業中に寝てるからと言って、無残な成績では、ダメな方のラノベの人物になってしまう。それだけは避けたいからな。


「まあまあかな」


 そんな事を言ってお茶を濁す。


 よく小説やアニメである、成績を順位の上から名前を表示して廊下に張り出すという事は、実際にはない。今はそういう個人情報には煩いようだけど、出来ればバン!と張り出してほしい。一位でなくてもいい。むしろ、二位か三位あたりがいい。一位は大概、ヒロインのポジションに決まっているのだから。


 逆に考えれば張られていればこのクラスのヒロインが誰か分かるんだが残念だ。


「見てくれよこれ」


 見たくもなかったが、雄二が返ってきたテスト用紙を、見せつけてくる。


 赤点をギリギリ回避してるのは凄いが‥‥。お前は今まで、何をしてたんだ。


「まあ、いいじゃないか、追試は免れたんだし。次、頑張ればいい」


 適当な事を言うが、決して相手を卑下する事を言わない。そしてさりげなく励ます事も忘れない。


「やっぱさ、学年一位って水沢さんかな?」


「さあな」



次回  この荒んだ世界の一筋の光は彼女

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