009_テストスタートの話
「タクトさんとココアさんのログイン確認できました。」
アオバは目の前のディスプレイに流れているログの中から二人のIDが表示されたのを見つけて、後ろで複数のディスプレイを確認しているシキに声をかけた。
「わかった。」
背中合わせのため耳だけで報告を聞いたシキは、現在リアルに流れているログの複数ウィンドウとは別に、時系列に特定のアクションが記載されているログファイルをエディタで表示させた。
「お互いのアカウント認識、選択、クラウドとの送受信、シェアデータベースへのアクセス確認、承諾返信が成功している。」
それを見たシキがほっと息をついた。
他の複数の画面では、現在も流れる線に見えるほどのスピードでログが流れている。
二人とも椅子の背もたれを倒し、目の前にある上下左右に並んだディスプレイに流れるログだけを追った。
二人のいる場所からさらに奥に行くと、ガラスごしに複数のサーバが並んでいるのがみえる。
その稼働音が流れているため静かな空間とは言い難いが、二人とも全く気にする気配がなく集中している。
しばらくサーバの稼働音だけが響いていたが、シキが目を瞬かせて両手をあげて伸びをした。
「自宅からログインして、ストーリー説明、キャラ設定、補助キャラ選択、コンテンツカードランダム取得と選択取得、場所移動まで行ったみたいだな。」
幾つものディスプレイにさらに複数のウィンドウが表示されているが、シキはその中でもタクトのログインIDを追っていた。
「ココアさんも、場所移動まで行ったみたいです。
最初に配布される属性のコンテンツカード、32種、同じものは取得できないようにしてますけど、大丈夫そうですね。」
アオバはココアのIDを追っていたようで、こちらも目を瞬かせている。
ひっきりなしに流れるログから、タイプ、座標など諸々の値情報を見て、コンテンツの1つである属性カード32種の値情報、その他もろもろをすべて覚えていたアオバは、流れる情報から一致情報を瞬時に判断していたようだ。
ゲーム内容は見えないが、プレイヤーの位置情報、表示コンテンツ、取得情報、そして時間情報も値になって流れている。
二人のプレイヤーの時間情報を比較しシキが頷いた。
「うん。
二人の座標にズレや時間の遅延はないようだな。」
「はい、プレイヤーからクラウドに受信されたデータが瞬時にマージされて送信されています。
時間遅延も0.02秒以下です。
体感的には全く同じ世界にいるはずですね。」
ーーーーー
豪華な馬車が何台も止まっている中、1台だけ外装のない木製の馬車が止まっていた。
そのドアが開き、踏み台のない馬車からピョンと飛び降りた一人の少女がいた。
少女は目の前の光景をみると感嘆の声をあげる。
「うわぁ、奇麗。」
大きいアーチ状の門の上部には、学園名である「ローズイースト学園」の文字が掲げられている。
門の左右に広がる白いレンガを積み重ねた塀に沿って、その内側には桜の木が5m間隔くらいで植えられて、花びらが舞い散っていた。
少女のボーイッシュなショートカットのピンク色の髪が風に遊ばれている。
「ここが、今日から私が通う学園なのね。」
ピンク色のショートカットの少女は、自分の声を聴いて微妙な表情になった。
実は、本来は「ここが、今日から俺が通う学園か」という発言なのだが、世界観と雰囲気に合わせて翻訳されている。
主人公の一人であるヒロインを中心にカメラが360度まわり、そのまま視点を上昇させると学園全体が映し出され、空を飛ぶ鳥が見ている景色のように学園内の様子が流される。
学園の規模は大きいがその周りは自然が豊かにあふれて、その間を学園のアーチ状の門から、馬車が数台並んで通れるくらいの広さの白く舗装された道が長く距離をとっている。
「必ず最後にはここに立ち、追放される馬車に乗って見せる。」
ヒロインの様相をした中の人であるタクトは、左手を胸に当て、右手では握りこぶしをギュッと作り決意を新たにしていた。
その周りでは馬車から降りてきた白いブレザーの制服を着た生徒たちが次々と学園の門をくぐっていく。
そして、その後を追ってタクトも一歩踏み出す。
ここに入ると絶対避けることができない最初のイベントが待っている。
ーーーーー
「シキさん、最初のイベントが発生したようです。
録画機能が開始されました。」
「録画は0.2秒に1コマ、各プレイヤーを中心にして4つの方向からスクリーンショットを取るようにしている。
一般ユーザーには提供しない機能だから、適当に流してていいと思う。」
「わかりました。
イベント開始とイベント終了までの録画ですよね。
開始と終了時間だけ注視しときます。」
ーーーーー
ゲートをくぐり数メートル進むと、前を歩く金髪巻き毛の美しい令嬢とそれを取り巻く数人の令嬢が見えた。
もちろんそれが、ココア扮するもう一人の主役である公爵令嬢(悪役令嬢)だ。
その取り巻きは、侯爵令嬢、伯爵令嬢などなのだが、プレイヤーが男性の場合は彼女たちが攻略対象となる。
彼女たちの後ろ姿を確認しつつ進んでいたタクトだが、肩に乗っているひよこの羽ばたきに気づき、素早く10cmほど右にずれた。
「あれ?」
タクトの左肩のすぐ横を空振りさせた誰かは、その右手を見ながら不思議そうな声を出していた。
だがすぐに気を取り直したようで、その誰かはタクトの前に立った。
「君が今日からここに通う転校生だね。」
優しげに声をかけてきた金髪碧眼の男子生徒は、青空に舞い散る桜の花を背景にしょっている。
「う、まぶしい。」
腕で影を作りながらタクトは、この男子生徒の顔面偏差値の高さは学園一なのだろう、と確信していた。
言うまでもなく、攻略対象の1人である。
まぶしさを遮っていると男子生徒の頭の上に点滅する文字が見える。
[ローズイースト国 第2皇子]
[デイビー 光・土属性 2年生]
「「「皇子、そのご令嬢が転校生なのですか?」」」
皇子の後ろから3人の男子生徒がタクト扮するヒロインに近寄ってきた。
茶色の髪を後ろで束ね、四角い銀縁のメガネをかけたインテリ系の男子生徒の頭の上にも文字が表示されている。
[ローズイースト国 侯爵子息(宰相子息)]
[ロルフ 風属性 2年生]
真っ赤な髪を刈り上げ、頭の上にツンツンととがらせて以下にも体育会系な顔立ちの男子生徒の頭にも文字が表示されている。
[ローズイースト国 伯爵子息(騎士団長子息)]
[ヒュー 炎属性 2年生]
水色の髪に水色の瞳で、他の3人より少し背が低く4人の中でも弟キャラに位置しそうな可愛い系の男子生徒の頭にも文字が表示されている。
[ローズイースト国 伯爵子息]
[エル 水属性 1年生]
初めて出会った登場人物の最低限の情報が頭の上表示される優しい仕様になっているのだが、十数秒点滅すると文字は消えた。
「そこのあなた、第二皇子であるデイビー様の前に立ちふさがるなんて、なんて無礼なの!」
前を歩いていたはずのココアたちが、いつの間にか近づいておりその口元を派手な扇で隠している。
その後ろには三人の令嬢がおり、ヒロインであるタクトに冷たい瞳を向けていた。
なかなかの迫力である。
そんなココアたちの様子に怯みもせず第二皇子が令嬢たちに微笑みを返して挨拶をした。
「おはよう、みんな。
学園長に今日から転校生がくると聞いていたから、初対面の彼女に私から声をかけていたところだ。」
冷たい瞳をしていた三人の令嬢は表情を緩ませ頬を染めながらカーテシーで返した。
「ココア、私が彼女の前に立ったんだ。
彼女は悪くないよ。」
第二皇子が半歩前に出てタクトの半身を隠すようにココアの前に立つ。
「中途半端にかばわれても反感ややっかみが来そうな気がするけど。」
タクトはそもそも、庇われる気はないし、このイベントを成功させる気もないため、両手を腰に当てて生意気な口調で皇子に声をかけた。
第二皇子は頭を左右に振ると、肩越しに振り返った。
「中途半端な時期にくる転校生なんてめんどくさいですよね、なんて言わないで。
そんなことまったく思ってないよ。」
何故か、タクトの言葉は別の意味に捉えられている。
そのまま、第二皇子がタクトの肩に手を乗せて、安心してくれと言わんばかりの優しいまなざしを浴びせてきた。
「大丈夫。
僕たちが勉強はもちろん、困ったことなどあればサポートしてあげるから。」
「はっ?、そんなことは言ってないのに、話し言葉が全く別の意味に変換ってどういうことだ?
私や俺が、英語のIのように受け取られる仕様ではあっても、意味自体は変わらないはずだ。
バグか?」
タクトがココアを見ると、扇の横から属性カードをチラつかせている。
「言葉矯正カード?
初期ランダム配布か選択できる属性カードでそれを手に入れていたのか。
それ、普通は自分に使うものだろう?」
「先ほど声をかける前に、ヒロインをターゲットにして発動しておいたの。
ちなみに使用できるのは1つのイベントの間ですわ。
ですからこの初イベントでは、何を言ってもタクト様の言葉は攻略対象者に都合のよい言葉に聞こえるわ!」
ココアは悪役令嬢らしく、タクトをバカにしたような笑みを向けたが、その視線は何故かタクトの肩に止まっている補助キャラのひよこにに向かった。
そしてタクトも、ココアの金の巻き毛がかかる肩に、少し色の濃いモフモフとした黄色の羽ばたきがあるのに気がついた。
「「えっ」」
ココアとタクトは同時に声をあげた。