007_β版より前の話1
「ふふふふふ、」
不敵な笑い声を出しているのは、小リボンチームのココアだ。
「ココアちゃん、テストのスケジュールが決まったの、嬉しそうね。」
その横を歩いていたニコがココアを見上げた。
その胸にはスケッチブックを抱えている。
「α版作成前に修正に時間がかかる不具合が見つかって、その対応で少しスケジュールが伸びてたから、待ちわびたわ。」
長い黒髪を首から後ろにスっと手で流し、ココアはまた不敵な笑みを浮かべた。
目の前のエレベーターの扉が開くと乗っていた数人が扉の前のココアとニコに気がつき、一度頭を下げるとさっと左右に分かれて降りていった。
二人は空になったエレベータに乗り込むとニコがボタンを押すために手を伸ばした。
その先にあるボタンの数字を見てココアはニコに聞いた。
「先に6Fにいくの?」
「プログラマーのオフィスによりたいの、これ見せたいから。」
ニコが胸に抱えているスケッチブックに目をやると、ココアは頷いた。
「私も用事があるし、お昼休憩が終わる頃だから、きっとみんな戻ってきてるわね。」
ニコは行き先階のボタンを見て、6Fのボタンを押した。
扉が閉まってエレベーターが昇り出すと5Fの表示で点滅し、止まった。
エレベーターの扉が開くと、そこに乗り込んできた数人の中にいるマシロの姿が二人の目に写った。
「あら、マシロ、スケジュール見たわ。
来月からテストに入れるのね、タクトと組み合わせてくれて有難う。」
ココアが乗り込んできたマシロに顔を近づけて、小さな声でお礼を言った。
「「「「「えっ?」」」」」
小さな声だったが、狭いエレベーターの中なのでそこにいる全員の耳に入ったらしい。
思わず声を漏らす人、息をのむ人、等々、一瞬のざわつきがあったが、エレベーターは1階上の6Fですぐに止まり自動扉を開いた。
マシロの肩を押しながらココアとニコが先にエレベーターを降りると残りの数人もそのまま降りた。
「補助キャラクターのビジュアルのイメージができたから、このまま見せに行こうと思ってるの。」
ニコが抱えていたスケッチブックをマシロの前に差し出した。
「有難う。
今見てもいい?」
ニコは差し出されたマシロの手にスケッチブックを乗せた。
「うん。
それとプログラマー担当者にも見せようと思って、今から行くところだったのよ。
タイミングよかった。」
同じくらいの背の高さのココアとマシロの間に20cmほど背の低いニコが挟まって歩き出した。
後からエレベーターを降りた数人はそのまま廊下に立ち止まると、ココア、ニコ、マシロの三人の後ろ姿を見送っていた。
「ココアさんとタクトさんがテスターのペアに?」
「「「うわー、見たい。」」」
「今回のマシロさんの企画のゲームって、確か、一部録画できる部分もあったよな。」
「誰を懐柔したら録画してくれる?」
「いや、それより正規にプロモーションで使うような案を出して、確実に録画対象にしてもらうのはどうだ?」
「「「「「それな!」」」」」
「とりあえず、ヨウキさんに相談で!!!」
「ヨウキさん今どこにいる?」
「あの人、忙しくてしょっちゅういろんな部署に顔出してるから、わからない。」
「あの人のスケジュール、大抵極秘扱いだし。」
「「「「「でも!何が何でも捕まえないと。」」」」」
エレベーターの前が盛り上がっている頃、タクト、シキ、アオバがプログラマー専用のオフィスの一角でβ版の話をしていた。
「来月からテストか。
マシロさん、本当に俺と小リボンチームのココアとのペアでスケジュール組んでる。」
携帯をスクロールさせながらタクトが無表情&無感情な声を出していた。
アオバも自分のスケジュールを確認しつつ、ふと思い出したように呟いている。
「小リボンチームと言えば、プレイヤーと攻略対象者に同性を選択できるようにって、何か訴えていましたね。
そういえば。」
シキは目の前のディスプレイでエディタに表示されているコードを確認していたが、それを一旦閉じ、机に両肘をついてあごを支えた。
「一応説明はしたんだ。
プレイヤーの性別を基本にして、攻略対象を逆になるように、他のモブ含めて各キャラクターの同性と異性も振り分けているって。
だからどちらも同性にすると逆転ができなくなって、モブ含めてすべて同性になるからストーリーにかなりの影響が出るって。」
入り口近くに並ぶ机に席を取っていた3人に、高く響くキレのある足音がすばやく近づいてきた。
ツカツカツカツカツカ
「いえ、あなたならやれるわ。
シキさん。」
ココアがタクトとアオバの間に座っていたシキの横に立つと、あごを支えていたシキの両手を掴み自分の方に引き寄せた。
その勢いでシキの椅子が回転したうえに、メガネがずれてしまった。
ズレたメガネの間から見ると、眼前にココアの期待のまなざしがあった。
シキは思わず首をそらし斜め下を見て目をそらしたが、そらした先には、自分を見上げるニコのきらきらとした瞳があった。
シキの額に汗が流れている。
握られた手に視線を戻し、強く握られた手を振りほどこうともがき、何とか片手だけ外した。
その手でメガネのずれを直しながら握られたもう一つの手に目をやったが、ココアが逃がすまいとその片手を両手で掴んでいる。
「そう、逆転の問題なんて、シキさんなら解決できるわ。」
シキの額にさらに汗が流れている。
「そ、そうかな。
ちょっと時間はかかるけど、やれないことは、」
そこですばやくタクトがシキの口を塞ぐ。
「シキ、惑わされるな、焦って何でも引き受けようとするんじゃない。
小リボンチームもわかってやってるんだから。」
「そうね。
スケジュールが大幅に狂うとまた予定の組み直し。
だけど、、、面白くなるなら考えなくもないけど。
でも、ちょっと違う世界線になっちゃうから、その案は見送りかなぁ。」
小リボンチームの後からゆっくりと歩いてきたマシロは組んだ手の左手を頬に当てながら仕方なさげな声を出している。
「マシロさん」
マシロの声の方を見て気を取られたタクトのシキの口を塞いでいた手をアオバがそっと外している。
オフィスの奥には机を1角ずつパーテーションで区切られたスペースが複数あり、他のプログラマーはゆったりと作業をしている。
のだが、シキの座る席の両隣にタクトとアオバ、その前にココアとニコ、その後ろにマシロがきて、プログラマーオフィスの入り口付近だけ人口密度があがって狭そうだ。
「とか言いながら、スケジュール調整できても変える気ないでしょ、マシロ。」
ココアがシキから手を放し、後ろから近づいてくるマシロに詰め寄った。
「うん、ないかな。
今の状態が私の好きを詰め込んだ企画になってるから。」
頬杖をしていた手と一緒にコテンと首を倒すマシロ。
その真似をして、ココアとそこに並んだニコが合わせて首をコテンと倒した。
「そう、そうなのよね。
自分の好きを詰め込んだ企画。」
ニコがスケッチブックをギュッと胸に抱いたまま、夢見るようにくるっと1回転して見せた。
「自分の好きを詰め込まなきゃ意味がないわね。
そうよ、他人の企画に乗っかている場合じゃなかったわ。」
三人は良い笑顔を返し合っているがわずかにダークさがにじんでいる。
手が自由になったシキは安どの息を漏らした。
マシロに気を取られていたタクトだが、ココアの方に向けられていたシキの椅子を45度回すと自分の方に向けた。
「言われたからって、そうしないといけないわけじゃないから、惑わされるな。
あと、言質とられても、気にする必要はない。
しつこい訪問販売には、クーリングオフが適用される。
だから、必ず俺かプロマネに相談な。」
シキがコクコクと首を動かした。
「そうです。
買うまで居座る一昔前のしつこい訪問販売と一緒です。
シキさんを利用しようとする輩がそこら中にいるので注意してください。」
アオバがタクトに同意すると、それを聞いていたオフィス内のプログラマー達も周りからは見えないが、一様に頷いている。
「ふふ、
訪問販売にあった年老いた親に、説教する嫁のような顔になってるわよ。
タクトさん。」
二人の言葉が耳に入ったココアが背をそらして手を組み、座っているタクトを見降ろした。
「・・・すでに、役に入って、マシロさん企画のゲームを楽しんでるようだな。
悪役令嬢の雰囲気すごく出てるよ。」
タクトが体をシキの方に向けたまま、挑戦的な目をしたココアを見上げると、近くでパンッという音がした。
音の方を見るとマシロが軽く両手を叩いたようだ。
「テストに入れるのはまだ少し先だけど、タクト、ココア、二人とも全力でのテストお願いね。」
「もちろんです。」
全力で負けに行く気でいるタクトだが、マシロにそう言う訳にもいかず、全力でテストすることには変わりないと自分の中で言い訳をしながら答えた。
「もちろんよ。
ところで、先日確認したことは大丈夫よね。
マシロ。」
タクトの方を見たままマシロに問いかけるココアに、タクトは違和感を感じたが、これ以上話を長びかせたくはなく沈黙した。
マシロからは、自信に満ちた返事がされた。
「もちろん。問題ないわ。」