068_エンディング-ログイン中の話
ルイスとジョエルがイルミネーションの道を戻って薔薇のアーチの下を通り、野外パーティ会場を見ると、大きな木の周辺は大変な騒ぎになっていた。
「私あそこに行くの嫌だな。」
「ニコ、私も同感だわ。」
ピンクゴールドのショートカットの少年とその横に金糸の髪を揺らす美しい第二皇女が寄り添い、そばでポニーテールの赤い髪の少女が二人を守っている。
さらにその周りを何重もの輪で二人を心から祝福する生徒たちが囲んでる。
乾杯のグラスを持ってきてチャナとグラスを合わせる生徒や、第二皇女のしあわせを願いながら泣いて祝いの言葉を叫ぶ男子生徒、輪から外れて祝いのダンスを踊る生徒たちまで現れ、いつの間にか学校中の生徒が集まったのではないかと思えるくらいの人数が集まっていた。
「この生徒たち、どこから来たのかしらね、ニコ?」
「そうね、出入り口のイルミネーションの迷路通路ではすれ違わなかったと思うわ、ココア。」
生徒たちの多さに二の足を踏む二人だったが、その二人の名前を呼ぶ大きな声が会場に響いた。
「あ、ルイス様!ジョエル様!
そんなとこにいたんですねーーー!」
二人に気がついたチャナが、沢山の生徒たちに囲まれたまま、両手を大きく振って、大声で二人の名前を呼んでいた。
「私勝ちました!ヨウキさんに勝ちました!嘘みたいです!」
チャナは、第二皇女ルートイベントが解放されたとたんに、降り注がれた光と群がってきた生徒たちの相手に手一杯で、ヨウキが既に追放されたことに気がついていない様子だった。
「これ、いつまで続くのかしら。
そう言えば、個人ルートを攻略した結果のストーリーを確認していなかったわ。」
「そうね。
そう言えば私もだったわ、ココア。」
興味の無いことにはとことん関心を示さない二人らしい会話だ。
二人に両手を振っていたチャナだが、今は寄ってきた数人の生徒に注がれたジュースで乾杯し、それを一気に飲み干している。
「チャナの飲んでいるジュース、グラスじゃなくてジョッキに変わってる。
水分をいくらとってもトイレに行かなくて済むのは便利。」
「その分、人の和から外れる口実も無いから、ヨウキがいなくなったのに気付く暇はないんじゃないかしら。」
薔薇のアーチの近くの丸いステージに座って困った子を見るように生暖かく見守っていた二人に、チャナのオウムたちが近づいてくると二人の頭上を旋回し出した。
ニコは立ち上がると、旋回する輪の中に頭を入れて様子がおかしいオウムたちに声をかけた。
「どうしたの?」
「ハイテンション!」
「ミンナハイテンション!」
「コマッタ、コマッタ」
「オワラナイ」
「ソウソウ」
自分の周りを飛び回りながら、訴えるオウムたちにジョエルの眉が下がる。
「終わらないの?ハイテンションだから?」
オウムは5羽とも首を縦に何回も振っている。
「わかった。
チャナをこちらに来させましょう。」
頷いたニコは、小さく呟いた。
「みんなに、協力してもらう。」
「あら、エンディング後だから属性カードも使えないし、どうしたものかと思っていたけど、その手があったのね。」
ジョエルが頷くとルイスが流れのある風をおこし始めた。
「みんな協力して、」
ジョエルの小さな呟き声を、ルイスはあちらこちらに風に乗せて運びだした。
その小さな呟きが、野外パーティ会場や会場外に隠れている野良の補助キャラたちに届くように。
中央の大きな木の周りで騒いでいるチャナや生徒たちには小さな呟きは届かず、騒ぎの中でストーリーは進んでいた。
「チャナさん、婚約式はいつがいいかしら?
婚約式を行って、卒業と同時に婚姻するのはどうかしら?」
生徒たちと乾杯を交わしていたチャナにしびれを切らした皇女がチャナの腕を引いた。
「えっ?はい、婚約式?」
もちろんチャナも個人ルートを攻略した後のストーリーなどまったく頭に入れていない。
「デイジー様、チャナさんは照れてるみたいです。
もちろん婚姻前にチャナさんには貴族の爵位が得られるように努力してもらう必要があります。」
「そ、そうなの?」
「少なくとも伯爵位くらいの功績を上げて頂かないと!
婚姻までには降嫁されたデイジー様を迎えられる準備をしないといけませんし!
私もデイジー様の護衛騎士としてもちろんついて行きますとも!」
スカーレットが攻略後のストーリーを自覚せず教えてくれているのだが、混乱しているチャナには理解できていない。
「え、これで終わりじゃないの?
ストーリー的にはこれでハッピーエンドでしょう?」
「チャナさん、照れ隠しはしなくても大丈夫ですよ。
もう伝令は飛んでいますから、デイジー様と追放されたヨウキ様との婚約は、勿論、破棄されますし!」
破棄を強調して、得意げに言うスカーレット。
「へっ?」
「何の障害もありませんから、あとはチャナさんが、そうですね、、、
学園トップで卒業、だけでは足りませんから、学生の間に事業を起こすとか、この国の政治的問題を解決に導くとか。」
どれも転生ものであれば、前世の知識を生かした主人公たちの歩むストーリーなのだが、チャナには全くピンと来ていない。
個人ルート攻略後は、普通にプレイしていれば、勝ったプレイヤーにとっては好きなキャラと協力して事業をするも良し、街デートを楽しむも良しの、ご褒美タイムとなる。
揚げ物を出すレストランであるとか、インクを付ける必要が無いボールペンであるとか、奇麗な織物、ガラス製品等々そういった発案をするだけで事業が成功して爵位がもらえ、ウェディングまで行ってハッピーエンドとなる簡単なストーリーであることを知らないチャナ。
そして、混乱のあまり「追放されたヨウキ様」は聞き流してしまった。
「無理、無理無理無理!
普通の一般家庭で育った私には無理!」
「なんて謙虚な姿勢を示されるのかしら。
大丈夫ですわ。
謙遜されなくてもチャナさんであれば必ず成功しますから。」
皇女は慌てるチャナの肩にもたれながら、うっとりとチャナの成功している姿を思い浮かべている。
焦るチャナとうっとりと先の未来を考える皇女とスカーレットのまわりで、いきなり悲鳴があがった。
「なになに?どうしたの?」
キョロキョロと辺りを見回すチャナの前に、いきなり頭上から糸を垂らしたタランチュラが現れた。
「えーーーー?」
ニコが呼んだ野良の補助キャラたちが生徒たちの間を縫うように、駆け、飛び、這いずりまわっているのだ。
仲間呼びカードと同じように、二足歩行のカエル、毛がふさふさのタランチュラ、橙色の尾鰭をカーテンのようにゆらす金魚、ハムスター、スライム、リスざる、ニホンザル、しっぽの長いアイアイ、ひよこ、ドードー、ヤマネ、シーラカンス等々、集まっては生徒たちにちょっかいを掛けだした。
「「チャナさん!」」
爬虫類が苦手なチャナは、呼び止めようとする皇女とスカーレットの声に構わず、散りぢりに逃げる生徒たちと一緒に逃げ出した。
「あら、チャナが飛び出してきたわね。」
薔薇のアーチの側のステージに腰を下ろしているルイスとジョエルを見つけたチャナは、迷わず二人に走り寄って抱き着いた。
「な、な、なんでタランチュラとかいるんですか?
しかもカエルが二本足で立って走って追いかけてくるし、もういや!」
予想通りのチャナの行動に、顔を見合わせてコロコロと笑うルイスとジョエル。
「あれ?ヨウキさんは?」
二人の笑い声に少し落ち着きを取り戻したチャナは周りを見渡して、ヨウキの姿が無いことにやっと気がついた。
「あら、負けプレイヤーは、即退場なのよ、このゲーム。」
「もう、ログアウトしたと思うけど、案内パネルでなかった?」
ルイスとジョエルがチャナに聞くと、チャナの顔が一瞬ごつく真面目そうな何かしらのキャラクターを思わせる表情にかわった。
「そう言えば白いパネルでてましたが、周りに邪魔されて読めませんでした。
って、ことはヨウキさんいないんですか?」
「「そうなるわね。」」
ルイスとジョエルが笑いながら指さす先には、ヨウキを追放した騎士たちが花道を作っていた同じ場所に、今度は野良の補助キャラたちが並び花道を作っていた。
そこに、皇女とスカーレットが追いついてきた。
「あれ、ルイスとジョエルもこんなところにいたんだ。
ちょうどいいから、一緒に帰りがてら今後のことを話そう。
チャナの功績を上げて爵位をもらう方法とか、結婚式まで。」
スカーレットが、また意識せず親切にストーリー説明をすると、ルイスとジョエルには伝わった。
「なるほど、そこまでなのね。」
「わかった、付き合って協力する。」
「何がわかったのか分からないですけど、もう終わりじゃないんですか?
ヨウキさんもいなくなっちゃったし。」
「チャナさん、大丈夫よ。
破棄の場合は書類だけなので、本人がいなくても何にも問題にならないから。
心配しないで。」
皇女はチャナの腕に自分の腕を回すと、金糸の髪を揺らして薄っすら頬を染め微笑んだ。
冷たい印象のある皇女のデレた姿に、
「「「か、かわいい」」」
スカーレット、ルイス、ジョエルの声が重なる。
「大丈夫よ、チャナ、大体把握したわ。
ハッピーエンドまで付き合うから。」
「うん、楽しみましょう。」
「さすが、ルイス、ジョエル、プレーンは任せるよ。
体力仕事は私が担当するからね。」
野外パーティ会場で騒ぐ生徒たちを背に、野良の補助キャラたちの花道を5人で通り、チャナたちはそこから先のハッピーエンドをめざした。
ーーーーーー
次回最終話