064_断罪イベント発生と裏ワザの話
「断罪イベントカードの発生条件は、特定のイベントをすべてクリアしていること、多くの生徒がいて攻略対象者がすべてそろっていること。
そして、プレイヤーの好感度がはっきりと別れていること。」
チャナは断罪イベントカードの条件を何回も繰り返し呟いた。
「特定のイベントはすべてクリアしている、よし!
多くの生徒がいる、よし!
攻略対象者がすべてそろっている、デイジー様、スカーレット様は入り口近くのステージ付近、ルイス様とジョエル様は一緒にここに来た、よし!
プレイヤーの好感度、たぶん私の方がぜったい低い!」
小さなステージには皇女が立ち、ステージの周りにヨウキとスカーレット、三人の取り巻き令息、そして警備の面々が並んで、ステージの前には生徒たちによる何重もの壁ができていた。
背の低いチャナは、生徒たちの壁に阻まれて皇女がパーティ開催のあいさつをする声しか聞こえなかった。
「せ、せっかく意気込んできたのに。」
皇女のあいさつが終わると、一斉に拍手が沸き上がり、壁を作っていた生徒たちが、会場に散らばっていこうとする波に押されて、流され、気がつくと会場中央の大きな木の近くまで来ていた。
「あら、チャナさん、こんなところにいたの?
ジョエルを連れてきたから、デイジー様のところにご挨拶に行きましょうか。」
呆然としているチャナの姿に慣れてしまったルイスは、返事ができないチャナの乱れた髪や服を整えた。
「ルイス、私はここにいるわ。」
会場の中央にある木の側のチャナたちに、ヨウキにエスコートされた皇女が近寄ってきた。
「デイジー様、スピーチ素敵でしたわ。」
皇女がスピーチを行っている最中、近くにルイスとジョエルの姿が無かったことを知っているヨウキは、聞いてもいないスピーチを悪びれも無く褒めるルイスに苦笑いをしている。
金髪碧眼で美青年といえるヨウキの苦笑いに、現実感を感じないチャナだが、ここではそんなことを考えている場合ではない。
「ヨウキさん、ちょっとお話があります!」
ヨウキとチャナの目が合った瞬間に、二人の間に、カードの形の枠が出現し、徐々に白いカードの形を整えた。
「「断罪イベント、スタート」」
ヨウキとチャナがそれぞれスタートを唱えると、白いカードは、かなり強い光を放って、その光と共に徐々に消えて行った。
「チャナ、ヨウキ様にそんな態度をとって、転校生と言ってもそれは見過ごせない。」
スカーレットがチャナを窘めて前に出ようとしたのをヨウキが止めた。
「いや、いいよ。
それで、話って?」
周りにいる生徒たちからは、チャナの行動に非難の目が向けられている。
「ちょっと、こちらに来ていただけますか?」
チャナはヨウキの後ろに回り込むと、背中をグイグイ押して大きな木の根元まで押しやると、ピンクゴールドの瞳を光らせ、ヨウキ演じる悪役令息の右頬を掠るか掠らないかの隙間を開けて右手で後ろの木をドンっと叩いた。
壁ドンならぬ木ドンである。
ただ、背の高低差の関係で、チャナがヨウキを見上げる形になっている。
「えっと、これはどういうことかな?」
さすがにこのチャナからの木ドンの図はヨウキにも予想外で、会場中央となる目印でもある大きな木の下で観衆に見られながら、チャナに向かって動物をなだめるように両手を前に出し前後させた。
皇女や他の攻略対象者たちもチャナの予想外の行動に驚き、テーブルを囲み談笑したり、庭園を散策していた生徒たちも、この二人の行動に釘付けになった。
中には頬を赤くして両手で口元を隠し、何かを期待する目を向けている令嬢や令息たちもいる。
「一度、これをやってみたかったんです、と言うのもありますが、追い詰めましたよ。
ヨウキさん」
「チャナ?
追い詰めたって、逆だろう?
好感度は俺の方が高い、断罪してもざまあ返しされるのが落ちだ。」
ドン!
チャナは反対側の手も、木ドンに使い、両手でヨウキの体を挟んだ状態で見上げた。
野外パーティ会場のど真ん中、大きな杉の木の前にいる金髪碧眼の公爵子息と、彼より背の低いピンクゴールドの髪と可愛らしい大きな瞳の転校生という構図の二人の様子を息をひそめて見守っていた生徒の中から、黄色い悲鳴が上がっている。
熱くも寒くもないのだが、雰囲気を察したのか、どこからか一陣の風が吹き、攻略対象である令嬢たちの髪や制服のスカートの裾を仰いでいった。
断罪イベントに入り、今だとばかりにチャナは至極真剣な顔で、息を吸い、そして、叫んだ。
「それで、ヨウキさんの本命はアオバさんとシキさんのどちらなんですか!」
静まり返る会場、だが、皇女が一人呟いた。
「この学園には、アオバやシキという令嬢はおりませんわ。
チャナさん、どういうことかしら。」
皇女の言葉が終わると、ヨウキとチャナの目の前に薄白い四角いパネルが現れ、そこに、<裏技発動>の4つの文字を表示させた。
どこからともなくゆっくりとこの世界全体に空気の塊のような波が押し寄せ、また逆に引いていくような体感が起きたが、それが終わるころには薄白い四角いパネルも消えていた。
「なにこれ、こんな感じなの?
それで、どうなったの?」
チャナが辺りを見回すと、生徒たちのチャナへの厳しい非難の目が柔らかい同情のまなざしにと変わっていた。
そして、笑いをこらえているヨウキは、皇女やスカーレットから好意を全く感じない憐みの視線を浴びていた。
「えーっと、もしかして私がそんな目でデイジー様とスカーレット様から見られていたということになるのかな?
とりあえず、裏ワザ成功ってことよね?」
自分への感情とヨウキへの感情が逆転してしまった今だからはっきりとわかる感情に、チャナはかなり戸惑ってしまったが、口元を抑えて笑いをこらえるヨウキは、そんな現象にも全く動じる様子はなかった。
「ハハッ、なんでそこにアオバはともかくシキの名前まで出してくるかな。」
チャナは、いつの間にか自分の腕の中からすり抜けて、後ろから声をかけてきたヨウキにハッとさせられた。
「ってことは、アオバさんが本命なんですね。」
「さっきの波がゲーム世界全体に影響を与えて、好感度の値を覆しているのか。」
ヨウキが体感した現象に感心していると、先ほどの質問をスルーされたことを忘れて、チャナがどや顔で説明し始めた。
「ふっふっふっ、これ、実は裏技なんです。
マシロさんに話したら、すぐにシキさんに話が通って、
ほら、裏メニューとか裏技とかって、みんな好きじゃないですか。」
「で、どんな裏技なんだ?」
チャナがどう答えるのか気になったヨウキは、分かっていながらも一応聞いてみた。
「これは、攻略対象者からの悪役令息とヒロイン(男)に対する好感度を逆転させる裏技です。
ここでは好感度確認できませんけど、明らかに差があるときにはかなり有効な手段です。」
「それじゃ、俺のここまでの苦労が水の泡になったってことか。」
「何言ってるんですが。対して苦労してなかったじゃないですか。」
「まあね、ところで、さっきの質問だけど、チャナは俺が、”シキとアオバのどちら”をより大切に思っていると思う?」
「えっと、それはですね。」
ヨウキの発言の意図を考えていないチャナがそのまま考え込んでいると、再び、ヨウキとチャナの目の前に<裏技発動>の4つの文字を表示させた薄白い四角いパネルが現れた。
そして、前回同様にどこからともなくゆっくりとこの世界全体に空気の塊のような波が押し寄せ、また逆に引いていくような体感が起きたが、それが終わるころには薄白い四角いパネルも消えていた。
「えっと?どういうこと?」
辺りを見回すと、逆転させたはずの好感度が更に逆転されたことがわかるような、冷たい視線がチャナに浴びせられていた。
「ただ、こうして欲しいと頼んだだけで、使用回数の制限とか考慮しなかっただろ?
ああしたい、こうしたいだけではダメで、その先の展開を考えて判断するなら、今回は回数に制限が必須だったんだ。
今、誰が使えるとかは、好感度の低い方、としかないから、そうすると?」
「そうすると、裏ワザを使うと好感度が逆になるということは、今度は裏ワザを使える条件に合致するのが相手プレイヤーになるから。」
「正解。
立場が逆転するだけなら、使用できるプレイヤーへの制限だけでなく、ゲーム中での使用回数制限が無いといけなかった。
裏ワザを発動した後でも、条件さえ合えばまだ使える状態であれば、負けが確定できるまでは、お互いが交互に発動しあいループさせられて勝負がつかなくなる。
使用回数の制限が無いってことは、今度は今好感度が低くなっているチャナも使えるから、もう一度使ってみる?」
ヨウキに諭すように言われたチャナは、少し考えたが、恐らくこれ以上ループさせる気がヨウキにはないだろうと思い決心した。
「さっきの質問の答え、もらってないから、もう一度使います。
ヨウキさんは”シキさんとアオバさんのどちら”をより大切に思っているんですか?」
ヨウキとチャナの目の前に三度目の<裏技発動>の4つの文字を表示させた薄白い四角いパネルが現れ、ゆっくりと波がこの世界全体に押し寄せて引くと、薄白い四角いパネルも消えていた。
ヨウキとチャナを囲むこの世界のキャラクターの感情の逆転が発生しているため、影響を受けたキャラクターたちの表情が先ほどから目まぐるしく変わっている。
そんな中でも影響を受けていないルイスが肩をすくめながら嘆いた。
「本当に忙しい世界だわ。
タクトも言っていたように、これも突発的なことをプログラマーに依頼するときには、より用心して、きちんと値で条件を伝えた方がいいという例よね。」
「それをお前が言うかな、ルイス扮するココア。」
ヨウキの発言に、チャナは目を白黒させてしまった。