060_悪意の話
ヨウキが皇女を保健室に連れていっている頃、教室にルイスとジョエルと一緒に向かったチャナには仲間外れの嫌がらせイベントカードが発動していた。
チャナは教室の近くまで戻ったときに、ポケットに入れておいた制服のお着換えカードが無いことに気がつき、ルイスとジョエルが止めるのも聞かずに、引き返そうとして走り出した。
チャナのオウムたちは急に方向転換して走り出したチャナに、追いかけるのを諦めて声だけを掛けていた。
「オーイ」
「キヲツケロヨー」
「コロブナヨー」
オウムたちの声かけの甲斐もなく、慌てていて周りを見ていなかったチャナは、生徒たち複数人とぶつかって最後に転び、制服を着ている”大勢の生徒に囲まれ”た状態で、ダンス衣装であるタキシードという”一人だけ異なる属性の衣装を着た(男)ヒロイン”、の状況ができあがってしまった。
そして、もう一つ、追いかけてきた攻略対象のルイスとジョエルの好感度も、もちろん50%以上になっていてクリアしている。
偶然か必然かと言われると、計算された偶然なのだが、嫌がらせカードのイベント発生条件を見事にクリアしてしまった。
廊下の真ん中で転んで、四つん這いになっていたチャナの目の前に白いカードが浮かび上がると徐々に絵が浮き出してきた。
「何このカード、あ、もしかして嫌がらせイベントカード?
確か、仲間外れ!」
起き上がりながらカードに手を伸ばそうとすると、カードはチャナの手には届かない廊下の天井まで浮上してしまった。
来たときには広々としてヨーロッパ風の奇麗な廊下だと思ったチャナだが、自分の周りに沢山の生徒が集まっている今は無駄に広すぎるという印象に変わっていた。
「確か、ココアさんのときは個人イベントカードと同時に発動されていて、何が起きるんだったかな。
とりあえず、ここではヒロインが嫌がらせを受けないといけないのよね?」
自分たちにぶつかって誤りもせずに天井を見上げているチャナに、周りの生徒たちは怒りの感情を露わにしていた。
ただでさえ、体育館の前でヨウキに失礼な態度をとっていたチャナを目撃して、不愉快に思っていた生徒たちが集まり、ルイスとジョエルを押しのけてチャナを囲んだ。
「あら、大変、どうしましょう。」
ルイスとジョエルは廊下の端に追いやられてしまい、生徒たちの壁に阻まれて積極的にチャナを助けることができない。
「大丈夫じゃないでしょうか、チャナさん素でここの生徒たちのこと、人間的に思って無いようですし。」
ジョエルが困って首を傾げているルイスのブレザーの裾を引いて、生徒たちの隙間から見えるチャナを指さした。
怒りをあらわにした男子生徒、女子生徒に囲まれて逃げ場のないチャナだが、イベントが始まったことにワクワクと胸を躍らせているのが顔によく出ていた。
「転校生!人にぶつかっておいて謝らないとは、失礼な奴だ!」
「そんな、キラキラした目で見てもごまかされないぞ。」
チャナは指摘されて、誤ってないことを思い出して思いっきり頭を振りかぶって下げた。
「ごめんなさい!不注意でした。
お着換えカードを落としたみたいだから探しに行こうと思って、慌ててました。」
「い、いや、分かればいいんだ。」
頭が取れんばかりに勢いよく振り下ろして誤ったチャナに、責めていた男子生徒たちの方が恐縮している。
「怪我しなかった?大丈夫?
私は全然痛くもかゆくもなかったから、ぶつかったの忘れちゃってッて。
本当にごめんね。」
チャナが至近距離まで近づいて謝ると、数人の男子生徒の顔がみるみる赤くなっていきチャナの瞳に魅入られるように硬直してしまった。
「あれ?どうしたの?」
「チャナさん、どうしたもこうしたもありませんわ。
ヨウキ様やルイス様たちだけでなく、男子生徒までたぶらかすなんて、節操がありませんわ。」
「え?たぶらかしてなんていないけど。
年下は、好みじゃないし。」
自分と同級生の設定であることを忘れているチャナにとって、周りの高校生は皆年下だ。
キョトンとしているチャナを見て、責め立てていた女子生徒たちは怒りを更にヒートアップさせた。
「チャナさん、私たち見てましたわ。
デイジー様の婚約者のヨウキ様をお引止めした上に、先に声までかけられていらしたわよね。」
「人の婚約者に言い寄るなんて、いくら転校生でもやっていいことと、ダメなことがありますわ。」
「これが、男ヒロインに対しての意地悪イベントなのね。
皆迫力ありすぎて、ちょっと怖いんだけど。」
生徒たちの迫力に半泣きになるチャナだが、その言葉でさらに周りの怒りを買っていることに気がついていない。
チャナを囲む生徒たちの後ろの方で、女子生徒たちがひそひそ話をしているのをチャナの補助キャラのオウムたちが聞いていた。
「何を言っても無駄のようですわ。」
「そうですわね、こうなったら何かの罪をは擦り付けるのはどうかしら。」
「でも、どうやって?」
「ほら、これ、ピンクの・・・、」
そう言いながら数人の女子生徒が立ち去って行くと、入れ替わりにスカーレットがやってきて、廊下で騒いでいる生徒たちに向かって声をかけた。
「こんなところで何をしてるの?
そこに、真ん中にいるのは、チャナ?」
涙目のチャナを見つけると、スカーレットはドレスの裾を翻して生徒たちをかき分けながらチャナに近寄った。
スカーレットの顔を見たとたんにチャナは安心してしまい、ワッと泣き出してスカーレットに抱きついてしまった。
リアルでは自分の言動に呆れられることはよくあっても、ここまで責め立てられたことのないチャナにはかなり堪える体験だったようだ。
慌てたスカーレットは、チャナの肩を持って「どうしてこんなことに?」と周りの生徒たちを睨みつけた。
「ちがう、ただのイベントだから問題ない。
皆の迫力が怖かっただけだから、誰も悪くないから。」
周りの生徒たちは不満げではあるが、スカーレットが来てはこれ以上責めることもできないと、それぞれその場を離れて行った。
チャナが誰も悪くないと言っている以上、スカーレットもそれ以上は詮索することができない。
教室にカードを取りに行ったスカーレットは制服に着替えた後、午後の最後の授業には出ずに保健室に戻ることをルイスとチャナに伝えた。
すると、二人とも「デイジー様が心配だから一緒に行く」と言い出してその勢いに押し切られたため、三人で戻ることになった。
ジョエルは、さすがに一緒に行くとは言わず、素直に1年生の教室に戻って行った。
「チャナさん、ごめんなさい。
皆に阻まれて助けることができなかったわ。」
「ルイスがついていながら、本当だ。
私が着換えカードを取りに来なかったらどうなっていた事か。」
「ルイスさん、スカーレットさん。
意地悪イベントがこんなに怖いイベントだなんて知らなかったから、逃げなかっただけなので気にしないでください。
知っていたらすぐに逃げたのに。」
チャナは肩を落として項垂れながら歩いていた。
「キヲツケロヨー」
「アクイヲカンジタゾー」
「タブンダケドー」
「ナニカアルカモ」
「ソウソウ」
チャナの頭の上で相変わらずオウムたちが喋っているが、その大切な声を聞く余裕もなかった。
保健室の前まで行くと、ヨウキの三人の取り巻き令息たちが、がっちりと保健室のドビラの前をガードしていた。
「あの、ルイス様とチャナさんも一緒なんだけど、入っていいかな?」
「ヨウキ様には、スカーレット様以外は通さないように言われています。」
銀縁メガネを整えながら茶色の髪の侯爵令息は、毅然と言い切って、保健室のドアを一人だけ入れるスペースだけ開けた。
スカーレットはチャナとルイスに「ごめん、ちょっと待ってって」と伝えて一人だけ中に入って行く。
その後をシレっと続いてルイスが入ろうとすると、赤い髪の伯爵令息が割り込んで後ろ手に保健室のドアを閉めた。
「後の二人はここで待つようにしてくれ。
ヨウキ様の許可が出るまで絶対に通さない。」
「そんな、デイジー様とヨウキ様の様子をほんのちょっと見たいだけなのに。
ドアの隙間からでもいいから。」
強引にドアに手を伸ばそうとするルイスに水色の髪の伯爵令息が割り込んできて止めた。
「ダメなものはだめです。
ここでお待ちください。」
保健室の扉の開閉の攻防をしていると、スカーレットがもう一度保健室から出てきて、申し訳なさそうに待っていたルイスとチャナに伝えた。
「デイジー様から、先に戻ってるように言われたよ。
もう少し休んだら、ヨウキ様と一緒に戻るそうだから。」
ルイスはスカーレットの変化を見逃さずに、メガネの奥の瞳を光らせた。
「あら、仕方ありませんわね。
スカーレット様、申し訳ないとか言いながら、嬉しそうですし、顔が赤いですわよ。
中であったことを事細かに話していただけるかしら?」
「えー、、仕方ないな。」
そんな二人のやりとりよりもチャナは、いきなり目の前に現れた薄透明のパネルの文字に目が釘付けになっていた。
「嫌がらせイベント終了」
「嫌がらせイベントが2回クリアされました。階段つき落としイベントが解放されます。」
痛がらせイベント中にヨウキの方が好感度を上げたため、ヨウキに軍配が上がったのだが、チャナは訳が分からず困惑するばかりだった。




