006_α版より前の話2
シキの新しい情報にテスト中だということを忘れかけていたアオバだったが、我に返りそそくさと出入り口に近い長机の端のディスプレイの前に戻った。
「わかった。
テストを進めよう。」
ヨウキはアイスコープを目元まで下げて、ゲーミングチェアに横になると片手をあげた。
あげられた手をを合図にディスプレイに視線を戻したシキは、ヨウキに伝える。
「大丈夫。
機器装着完了のメッセージが表示した。
ハード担当者が振動を最低60%は抑えた設計にしたって言ってたけど、どうだ?」
「振動はほとんど感じない。
60%以上の制御ができてるんじゃないかな。
あの人たち頑張ったな。」
ハード設計者たちは、制御設計から、材質、デザインにもこだわるため度々予算オーバーになりがちだ。
時々、彼らから予算獲得のための資料やプレゼンについて相談されることもあるため、内情を知っているヨウキは彼らの頑張りに感心した。
キーボードを打っていたアオバがヨウキに声をかける。
「じゃ、OKですね。
次はテスト環境にログインします。
カウントしますからログイン状態になったら教えてください。」
「OK、いつでもどうぞ。」
アオバは小さく深呼吸をしてから、カウントを始めた。
「3、2、1、ログインします。」
アオバの前のディスプレイにログイン処理された時間が表示され、その後にプレーヤーの状態がいくつかの色と線で表示され、脳波のような波が連続して繋がれていく。
シキが見ているディスプレイにはプレイモード中の文字が表示されていた。
ヨウキの眼前には何らかの白い文字が出ているが、近すぎてぼやけて見えない状態になっている。
それが、だんだん距離を取って遠く小さくなっていく。
それが読める距離まで離れると、「ログインしました」という文字が確認できた。
「ログイン状態になった。」
「わかりました。
ゲームスタートさせてください。」
ヨウキは、ゲーミングチェアにもたれ直し、「ゲームスタート」と声に出した。
目の前の文字がまた少しずつ距離をとって離れていき、小さくなり消えて行った。
次に、眼前に四角く薄い半透明のスクリーンが広がり、感覚的には自分が立っている位置から2~3m先の見やすい位置で止まった。
そこに対戦相手の候補一覧が浮かび上がっている。
この時点でヨウキは真っ暗な空間に立っている。
「フム。」
この空間に立ってしまえば、夢の中にいるのと同じ状態となり、例えばよほどのことがない限り、ここで言葉を発しても本体から声帯を使った声が発せられることはない。
自分の周りをさまざまな色をした不透明なカード形状ものが光りながら飛び散っている。
すぐ手が届きそうな位置に小さい不透明なスクリーンがもう1つ表示され、自分のプレイネームを入力するように促す画面が表示された。
「オープニングにコンテンツのカードを飛び取らせるのも奇麗でいいけど、手元をうろつかれるとちょっとじゃまだな。」
プレイネームはデフォルトでアカウント名が表示されているが別の名前を付けることができるような選択肢があった。
「プレイするキャラクーの名前、考えてなかったな、何にしようか。
ここは単純にAAAかな。」
ヨウキがログインして、5分ほど経ったとき急にディスプレイにエラーとして継続不能なメッセージが表示された。
「?」
シキがディスプレイを見ていると、次に強制終了とログアウトのメッセージが表示された。
「あれ?」
アオバが見ていた画面にも流れる線に矢印とテキストが付き、時系列で強制終了、ログアウトされたことがわかった。
だがヨウキは、ゲーミングチェアに横になったまま、まったく動かない。
「なんだ?
ヨウキも、プログラムもフリーズしているな、原因としての可能性を考えると、、、」
「そうですね。
5分もたっていないし。
ログを見たところストーリにはまだ入っていません。
入る前のエラーだと、もしかして、、、、。」
シキとアオバはそれぞれ目の前のディスプレイを見て考え込んでいたが、全く動かないヨウキに声をかけたのはアオバだった。
「ヨウキさん、どうしたんですか、大丈夫ですか?
聞こえていますか?」
座っている駒付きの椅子をそのままヨウキの隣までスライドさせて近づき、体や機器には触れずに頭、顔、その周辺を見まわす。
「まさか、脳に影響が出ているってことはないはずですが。」
「ああ、脳に影響が出る可能性はないな。
そんな作りにしていない。
恐らく初期バグにあたって、呆けてるのかもしれない。。。」
シキのメガネにディスプレイの光が当たっているため表情は分からないが、眉が下がっていそうな声を出している。
潰せていないだろうバグの可能性に気落ちしているようだ。
「ヨウキさん、とりますよ。
寝たふりしてもだめですよ、ログにちゃんと出てますから。」
アオバは椅子から腰を浮かせ、ヨウキの目にかかっているスコープに手を伸ばすと目を瞑ったままのヨウキからため息が漏れた。
「シキもアオバも、俺はハードじゃないんだから、フリーズはないだろう?
シキが言った通り初期バグ?なのかな?」
自分でスコープを持ち接続部を曲げてカチューシャ型の頭頂部にセットすると、横になっていた体を起こしゲーミングチェアに座りなおした。
アオバは伸ばした手が無駄になったのを不満げに戻し、ひじ掛けを持って座りなおすと、咳払いをした。
「その初期バグって何ですか?
ログにはそこまで出なかったので内容がわからないです。」
「こっちのディスプレイもいきなりメッセージが出ただけだった。
エラーコードも何もないところを見ると、予想されたエラーではないから、、
はぁ、、、まぁ、バグなんだろう?」
シキとアオバの視線に挟まれたヨウキが肩をすくめた。
「名前付けのところ。
疑似音声として認識をさせているところだと思うけど。
そこでアルファベットのAAAを指定して、その後は。
ちょっと、昔のファイル名入力テストを思い出して、アポストロフィやパイプや記号名称を唱えて。
それらは普通にアルファベットや記号に変換されてたから、その先だな。
先に進んで、名前の決定を行うための確認のシステムからの確認のところで、システムから音声がでなかった。
多分、音声変換できなかったみたいで、次に進めなくなったところで、エラーになった。」
アオバがひじ掛けから手を離すと前屈みになりながら口を覆った。
「名前の判定は、そこ、前回のリリースプログラムからの流用であまり変えてないところですね。
ということは元バグです。」
「だけど、表示する文字に変換できているということは、逆に音声にも変換できるはずだ。
どの発音でどの文字・記号になったのか、組み合わせ?
ヨウキ、発音した内容が思わぬ記号になったものってなかったか?
もしくは、発声を切るタイミング?もあるかも知れない。
もう一度ログインして同じことやってみてくれ。」
シキはひとしきり疑問点を呟くとヨウキを見た。
「いや、できればソースからバグの洗い出しできないか?
ここに時間を取ると、今日のテストでストーリーまで進めなくなるぞ。」
ヨウキの言葉にシキが申し訳なさげに俯く。
「ごめん。そうだよな。
さっきアオバが言ってたけど、多分、名前の判定が問題じゃなく、疑似音声認識の問題かもしれない。
それならそこに呼び出しているコアな部分のバグの可能性が高いと思う。
だから、そこ担当の俺のせいだけど。」
アオバは肩を落とすシキの前に座ると顔を見上げた。
「シキさん、大丈夫です。
前回リリースしたものではまだ発覚していない問題です。
ヨウキさんの発音が悪かったのかもしれないですし。」
「・・・アオバ、シキを慰めるにしても俺の発音をディスるのはやめてくれ。」
「ある程度は依存関係や関連モジュールの調査用プログラムで追えますし。
ただ、入力文字のように文字コードで制御しているわけじゃないから、既定の名称で検索できるものでもなく。
声帯音声認識かもしくは、モジュールの方ではなくAIが判断するためのテンプレートに問題があるのかというところですね?
バグ発生の実際の動作から、組み合わせ、音声の間、等々ある程度いくつかの条件でバグの発生を絞り込んでもらえたら、どの部分がって想定しやすくなるんですが。」
アオバが後ろにいるヨウキを肩越しに振り返る。
「コアな部分だから、原因箇所がわかってから、前回のリリースプログラムにも影響があるか確認する。
テスト再開しよう。
ヨウキ、名前は、とりあえず、さっきのバグを出したものは避けて、名前らしい名前にしてくれ。
アオバ、もう1回、3カウントの後のログインから始めてくれ。」
「ここでの新型ハードのテスト項目のログイン、プログラムロードとストーリーへの入出、ログアウトの確認ができて、予定より早く終わったらバグの再現テストやってみるよ。」
ヨウキは、再度カチューシャ型の機器を装着し、ゲーミングチェアに横になった。