057_3つ目の個人イベントカード発生と発動の話
<プレイヤーが一人ログインしました。>
<プレイヤーが揃いましたので、イベントを再開します。>
<現在、ヒロイン転校3日目のお昼です。>
目の前に白く薄いパネルが表示されると、チャナは満面の笑みを浮かべた。
「やった、ヨウキさんやっと戻ってきた!
これであのネチネチAI悪役令息から解放される!」
街での買い物のときだけでなく、本日も朝から皇女と行動を共にしていたチャナを面白く思わないAI悪役令息から、付け回されては皇女が離れた隙などを狙われて、「婚約者のいる女性に対する行動ではない」、や、「感情を露わにするなど紳士らしくない」、「廊下を走ってはいけない」、「大声で叫んではいけない」などと、(常識的なことを)責め続けられていた。
「チャナ、どうしたの?
ほら、ダンスが始まるから、ちゃんと真っ直ぐ向かい合って。」
午後からの授業は体育館のでダンスの授業だった。
チャナは寮から持ってきたお着換えカードを使って白いタキシードに着替えており、目の前のスカーレットはオレンジのドレスに赤い縦レースをふんだんに使った、彼女の体に沿った美しいドレスを着ていた。
そして今まさに、スカーレットと向き合い、ダンス曲が流れるのを待っているところだった。
ヨウキがゲームに戻ると、目の前には金糸の髪を纏め上げて小さな宝石をちりばめたバレッタで止めた碧眼の瞳の皇女の姿があった。
皇女は、青い糸でグラデーション状に薔薇がいくつも刺繍された白いドレスを着ており、自分も白をベースにズボンの横側に縦に並ぶ小さな薔薇が刺繍された、皇女とペアのようなタキシードを着ていた。
「これは、もうすでに条件が揃っているって感じだな。
個人イベントカードの発生条件、体育館、男女合同ダンス授業、好感度が0以上は間違いなく成立しているだろう。」
状況を判断すると、ダンス曲が流れ始めた。
ヨウキが目の前の皇女に手を差し伸べると、皇女がそっと自分の手を乗せた。
体育館の中央で、曲に合わせて皇女の手を引き、ダンスを踊り出すヨウキ。
二人から離れた場所ではチャナとスカーレットも曲に乗ってステップ踏み始めた。
ヨウキが皇女とダンスを踊りながらも、それとなく離れた場所で踊っているチャナとスカーレットの様子を伺っていると、やはりスカーレットの頭の上には白いカードが発生していた。
ヨウキの予想通りに条件を満たしているため、カードには徐々にイメージが映し出されてきた。
情熱を思わせる真紅の薔薇の輪に囲まれた、眩しい笑顔ショット。
スカーレットの背景には赤く大輪のバラが咲き誇りはじめて、それを見たチャナのオウムたちもあちこちに飛び回っていた。
「ナンマイメ」
「サンマイメ」
オウムたちの騒ぐ声で、チャナはやっと個人イベントカードの発生に気がついた。
「わっわっ!スカーレットさんの個人イベントカード発動しちゃった?
どこ?」
チャナは周辺をキョロキョロと見まわしたが目立って変わったものは探せず、自分より少し背の高いスカーレットの頭を見上げて、そこでやっとスカーレットの個人イベントカードを見つけることができた。
「やった!」
カードを探す間も、体は自動的にスカーレットをリードしながら踊っている。
「そうね、チャナ、とても初めてとは思えないくらい、ダンスが上手だと思う。
リードされてすごく踊りやすい。
ただ、ヨウキ様と皇女様の方を気にしすぎだけどね。」
チャナがスカーレットと繋いでいる手をすっと上げると、スカーレットはそれに合わせてくるっと軽やかにステップを踏みながら1回転し、遅れて回るポニーテールもタイミングよくさけて、と、二人は息ピッタリで優雅に踊っている、ように見える。
チャナはもちろんダンスなどしたことはなく、それも男性パートなど論外だったのだが、AIの体感サポートに任せていればどんなステップも思うままで、パートナーの体重も重く感じないため、どのように無理な体制でも、速さでも全く問題はなかった。
そしてそれはヨウキにも当てはまり、体育館の中央で皇女と二人で息ピッタリの華麗なダンスを披露していた。
「さすが、ヨウキ様とデイジー様、お二人何て素敵なのかしら。」
「お二人のダンスはキラキラと黄金に光り輝く奇跡のようだわ。」
周りで踊る他の生徒たちから二人に対して絶賛の声が上がっているが、その二人とは別に目立つ二人に対しての声もあがっていた。
「あら、あれは、ルイス様と踊っていらっしゃるのは、1年生のジョエルさんじゃない?」
チャナがその声の方を見ると、本当に茶色の髪のルイスと水色の髪のジョエルがダンスをしていた。
体はスカーレットとダンスを踊り続けているにもかかわらず、ヨウキや皇女、ルイスやジョエルと周りを気にしすぎてチャナは最初から注意散漫だった。
「飛び入り参加なのかしら?
ルイス様が男性パートを踊ってらっしゃって、とても優雅だわ。」
「あの水色の髪、水色の瞳の令嬢は、生徒会書記の1年生じゃなかったかな。
ルイス様とのダンス、何て可憐なんだろう、次のダンスのパートナーに立候補してみようか。」
二人の令嬢のダンスを賞賛している皆のささやき声がチャナの耳にも届いてくる。
「チャナ、ジョエルとルイスが気になるのは分かるけど、気が散りすぎ。
こっちに集中して。」
今踊っている目の前のパートナーである自分を見ずに、他のパートナーたちにうつつを抜かすチャナをスカーレットは面白く思っていない。
「ごめん、女性同士で踊ってるからちょっと気になって、男性同士でもあり?かな。」
最後の方は声が重く低くなっている。
踊りながら別のことを考えているチャナにスカーレットはわざと違うステップを踏んで意地悪をしたのだが、AIサポートを受けているチャナは難なくかわして、リードを続ける。
「いいよ。
ほら、もうすぐ曲が終わるから、最後までちゃんと集中して。」
真っ直ぐな性格のスカーレットは、本来は女性からこのような注意をすべきではないと思いながらも、我慢できずにチャナを叱咤してしまった。
ダンス曲が終わりそれぞれのパートナーとお互いに礼をしあうと、皆次のダンスのパートナーを選び始めた。
「チャナ、きちんと相手を見てダンスをしないと相手に失礼だよ。」
スカーレットは、自分の我慢のなさに眉を下げながらもチャナにきちんと伝えた方がよいと思ったが、一礼したチャナはスカーレットが何を言っているのか気に留めず言葉が終わらないうちに立ち去っていた。
「なんだ、チャナのあの態度は、がっかりだな。」
そんなスカーレットにヨウキが近づいてきて、丁寧にお辞儀をして手を差し出した。
「スカーレット様、私と踊っていただけますか?」
もちろん位の高い者から誘われているのでスカーレットに断るという選択肢はなく、どうして?という思いを隠すこともできずに、戸惑いながらその手を取った。
「有難うございます、デイジー様が貴女のことをよく話されるので、私も貴女と一度話しをしてみたいと思っていたのです。」
はにかみ照れたような、あまり見せないような笑顔を向けたヨウキは、スカーレットが取った手を優しく握り返し、次のダンスのためのポーズに入った。
スカーレットは頬を染めヨウキの笑顔に魅入りそうになったが、首を振って自分を律すると、「光栄です。」と言葉短く返事をした。
次はアップテンポで、スカーレットの好みに合った素早く大胆なステップが多くある曲だった。
「貴女にピッタリの曲ですね、こんなに早いステップにも付いてこれるなんて、ではこれならどうですか?」
ヨウキはスカーレットの腰を持つと高く上げて、そのまま上に投げたが、スカーレットはそれに臆することもなく宙で体を1回転させ、床に足を付けるとすぐにヨウキの手を取って素早いステップを踏み出した。
「はは、楽しい!ヨウキ様さすがですね。」
「もちろんです、あなたの大胆な行動やデイジー様を守る素早い動き、いつも見ていましたから。
デイジー様も貴女にいつも感謝していると言われていましたよ。」
「デイジー様が!」
思いもよらず、デイジー様からの感謝の気持ちを知ったスカーレットは、踊り続けながら屈託のない眩しい笑顔を向けた。
「だから、私も貴女にはとても感謝しています。」
アップテンポのダンスにも息を切らさず踊る二人に魅入られた周りの生徒たちは、自分たちが踊るのも忘れてうっとりと魅入っている。
ダンスが終わり二人が向かい合って礼をすると、体育館中が拍手喝采となり、その中に自分に向かって拍手を贈ってくれる皇女の姿を見つけたスカーレットは頬を上気させた。
「ヨウキ様、有難うございます。
ここまで、早く、激しく、楽しいダンスは初めてです。」
「こちらこそ、有難うございます。
とても楽しい時間を過ごさせていただきました。」
もう一度礼を交わすと、スカーレットは満面の笑みを湛えた。
情熱を思わせる真紅の薔薇の輪に囲まれた、眩しい笑顔ショット。
スカーレットがヨウキにきらきらと光る眩しい笑顔を向け続けていると、情熱を思わせる真紅の薔薇とともに個人イベントカードは消えて行った。
「スカーレットの個人イベントカード、ゲット。」
ヨウキは小さく呟いた。