056_悪役令息ログアウト中の話
ゲームからログアウトしたヨウキは、自分専用のオフィスから出てすぐにミーティングルームに向かった。
ミーティングルームには、ゲーム機器のハード担当者数名とシキがいた。
「遅くなってすまない。」
ヨウキがミーティングルームに入ってくるのを見たハード担当者が、プロジェクターの電源を入れながら説明を始めた。
「次回の機器の案なんですが、小学生から大人、ご老人まで兼用できるものという要望だったので、このような形にしています。」
プロジェクターに映ったのはシリコンのような材料を用いたヘッドセットだった。
「ヘッドセットの形をしていますが、固定部以外の伸縮が可能で、つなぎ目がない分緩むこともなくぴったりと装着可能です。
名称がまだないので便宜上シリコンと言いますが、その中の数カ所に固定部があり、そこをケーブルでつないでいます。」
担当者はスクリーンのページを次に移しながら説明を続けた。
「このシリコンと呼んでいるものは、現在独自に開発しているもので、伸縮性や耐熱性、あと、耐久性をもう少し向上できると思われます。
今表示している頁にその詳細がありますが、電子回路板の放熱と実際のプログラムのロード、そのハードとの連携など、まだ課題があります。
あと、価格面の折り合いと、どう量産体制を取れるかというところでも課題があります。」
「なるほどね。
安全性を向上させるのはもちろんだけど、試作品は1年後くらいにはできそうかな?」
「はい。
形だけのレプリカはできていますので、その形状まで持って行けるとは思います。
ただ、色や追加パーツなどのオプションの方は、もう少し検討する必要があるので、本体の試作品から少し遅れる予定です。」
「シキはどう?
ハードがかなり変わるけど要件分かるかな?」
シキはスクリーンに映し出されたハードの要件と詳細などを一瞥するとすぐに答えた。
「機器の本体の固定部に電子回路板がはめ込まれている感じか。
通信、ロード、記憶媒体に問題が無ければ、プログラム的には問題ない。
と思う。」
ヨウキが難しい顔をしていると、ミーティングルームにアオバが入ってきた。
「遅くなってすみません。」
「アオバ、急に呼び出してすまないな。
今スクリーンに映ってるハードの設計見てくれるか?」
ヨウキが声をかけると、アオバはシキの隣の席に当然のごとく座り、スクリーンを見あげた。
「次回のゲーム機器の構想なんだけど、ページ最初の方に戻してもらっていいか?
さっきと同じ順にスクリーンを流してくれ。」
ヨウキに声をかけられたハード設計担当野が、スクリーンを最初のページに戻し、回路の詳細などの説明をし始める。
アオバはスクリーンを見ながら要所要所の質問をした後、じっと考えて言いずらそうに口を開いた。
「そうですね。
通信部分の変更がありますが、その調整はできると思います。
時間はかかると思いますが。
ただ、メモリやハード容量部分は詳細を詰めないとまだ何とも判断できないですね。」
「まあ、だいたいシキと同じ見解か。」
ヨウキが頷きながら言うと、ハード設計担当者たちが言葉を挟んだ。
「「「さっき、シキさんは問題ないと言われてたかと思いますが。」」」
「ああ、シキは「通信、ロード、記憶媒体に問題が無ければ」といっただろ?
そこをアオバが翻訳したんだと思ってくれ。」
ヨウキが苦笑しながら、釈然としない顔のハード設計担当者たちに説明すると、皆ハッと気づいた。
「そういえば、そうでした。
久しぶりに説明させていただいたので、ヨウキさんがプログラム担当者を二人呼ばれる理由を忘れていました。」
と肩を落としていた。
「いえ、これから、その問題を起こさないように我々が設計、製作していけばいいだけの話です。」
「そうです、問題があると言われたわけではありません。」
「今度のミーティングでは、しっかり、問題ないと言って頂けるような資料説明をさせてもらいます!」
「ああ、ありがとう、期待してるよ。」
プロジェクターの電源を落として、ノートパソコンを抱えた彼らは実に頼もしげ気だった。
「「「失礼します!」」」と、ハード設計担当者たちが颯爽とミーティングルームを出て行くと、廊下ではあーでもないこーでもないという彼らの議論の声が響いていた。
「まあ、期待できそうかな?
二人ともお疲れ様、調子はどうだ?」
ミーティングルームに残された二人にヨウキが声をかけると、アオバが何かを思い出したようだ。
「初回イベントクリアできずにゲームオーバー、ログアウトはせず、2回目の初回イベントが開始され終了。
録画も2回行われました。」
チャナとのゲーム開始の話だと気がついたヨウキは、ポンと手をたたいた。
「あ、そうそう、1度ゲームオーバーさせたな。」
「挨拶だけのイベントでゲームオーバーか、そんなテストもするんだな。」
シキはログ全体を監視するシステムに異常がないかを確認しているため、ヨウキたちのログは確認していない。
「ゲームオーバーに繋がるパターンはα版の時点でテストが終了しているので、あえてβ版で行うことはしないことが多いそうです。」
アオバがシキに説明を入れた。
「そうなのか?」
「はい、以前にタクトさんが言ってました。
俺もβ版で初回イベントをクリアできずにゲームオーバーになるパターンを見たのは今回が初めてです。」
「そうなのか。
そういえばそうかも。
ところで、なんでこの二人が対戦してるんだ?」
首をひねるシキ。
「チャナさんの無茶ぶりをヨウキさんが断ってたような気もするんですが、よくわかりませんね。」
苦笑するヨウキをよそにアオバも首をひねった。
「俺にもわからない。
いつの間にかそうなってたような気はするけど、レベルが違いすぎる気がする。
ヨウキ、何のつもりだ?」
シキがさらに首をひねった。
「何のつもりかと言われても、テスターが足りないって話だったと思うけど?
レベルの違いか、うーん、そうだよな、どうするかな。」
ヨウキは深く深く息を吸い込むと、そのまま飲み込んだ。
「そういうことで、ちょっとタクトのとこ行ってくる。」
ヨウキがタクトのところに行くことをよく思わないシキが、不機嫌な声をだした。
「タクトは、NPC相手に全属性カードの使用テストしていて、今休憩中だから邪魔じゃないか?」
「ああ、タクトは今休憩中か、だからシキが先にミーティングルームに来てたのか、納得。
邪魔はしないし、すぐに終わるから、心配するなって。」
ヨウキはシキとアオバに手を振るとミーティングルーム出て、すぐにスマホでタクトの居場所を確認した。
「今日はテストルーム使ってるのか、そういえばマシロがオフィスに出てるみたいだな、だからかな?」
タクトが休憩を終えて、ゲームに戻ろうとしているとヨウキからスマホに連絡が入った。
「今からここにくる?
珍しいな、ヨウキさんが俺に何の用だ?」
仕事上ではあまりヨウキと関わりのないタクトには、ヨウキの用件に全く心当たりはなかった。
が、仕事でなければ1つだけある。
「シキに何かあったのか?」
一抹の不安を覚えて待っているとすぐに廊下からのインターホンが鳴った。
ヨウキを部屋に招き入れて、小さなテーブルを二人で囲み、何ごとかと身構えるタクトのその不安はヨウキの最初の一言に吹っ飛ばされた。
「突然すまないが、円満な振られ方教えてくれないか?」
「なんですか、それ。」
全く予想外のことに、自分でもどんな表情をしているのか分からない。
「タクトは元カノたちと、いつも円満に、いつの間にか別れているような気がしたから。
というより自然消滅というか、二股かけられての消滅というか。」
「いや、確かに否定はしませんけど、ヨウキさんに頼られてすごく嬉しいんですけど、ディスられるのはちょっと意味わかりません。」
いきなりの話に戸惑うタクトだが、それよりも目の前にいるヨウキの明らかにまいっている様子に更に戸惑った。
今まで一度もヨウキにこんな感じを受けたことはない。
「いや、ディスってる訳じゃなくて、振られる覚悟で挑まれてるからどうしたものかと思って。」
「ああ、勇者というか、アオバ的に言うと、最前列の兵士、だったかな。」
「なんだそれは?」
ヨウキが訝し気にタクトに聞くと、タクトは肩をすくめた。
「それで、俺に振られる方法をって事ですか?
ヨウキさんもさっき言ったじゃないですか、「いつの間にか別れているような」って
それ、付き合ってからというのが前提の話じゃやないですか。
何か、血迷ってますか?」
「ディスってるのはお前の方だろ?」
「すみません。
ひょっとしなくても、チャナ、ですよね?
付き合うにしても、自然消滅とかしそうになさそうですけど。」
「いや、付き合う気があればお前のところに来てないし。
まあ、だから藁にもすがる感じでここにきた感はあるけどね。」
組んだ腕をテーブルにつけてそのまま頭を突っ伏しているヨウキのつむじを見ながら、タクトは珍しく踏み込んだことを聞いてみた。
「好きな人でも?」
「・・・」
何も言わないヨウキに、それ以上聞くことはできず、タクトは話を変えた。
「それにしても、ヨウキさんに頼られるって、変な感じですね。
最初はシキに何かあったのかと思いました。」
顔を上げたヨウキが片手で頬を支えて、ニッと子どものように笑って答えた。
「そうか?シキの心配してくれたのか。
タクトはシキの唯一の友人だし、それだけでも俺は救われてる気がするよ。」
「シキの友人というだけでって、意味が解りませんけど。」
「ははは、それでいいよ。
さて、気もすんだし、俺は俺のテストゲームに戻るよ。」




