055_街でのデートの話
図書館での勉強が終わると、チャナたちは玄関前に待機していた馬車に乗って学園の敷地内にある男子寮に向かった。
「寮の部屋は個室で、家具や着るものは一式すべて揃っているわ。
あと、柱時計が置いてあるから、ちゃんと時間を確認してね。」
寮というのは名ばかりで、学年ごとに色の異なる奇麗なワンルームマンションが6棟立っており、共通の馬車乗り場、共通のレジャー施設、レクリエーション施設が広がる小さなテーマパークのようだった。
ルイスに案内された2年生の男子寮で、管理人から受け取ったキー番号の部屋に入ったチャナは、部屋の奥の突き当りまで進むと白いカーテンを広げ、ベランダのガラス窓から外の景色を眺めた。
10階建ての最上階から見下ろすとレジャー施設の明かりや、離れた場所に見える明日行く街の明かりなどの夜景が広がっていた。
「うう、ここに住みたい!」
リアルな自分の部屋より広いワンルームに日当たりのよいだろうベランダ、壁に埋め込まれたクローゼットと上品なベッド、白木で造られた大きなアンティークの柱時計、5羽のオウムたちがぶつかることもなく飛び回れるだけの天井の高さ、チャナにはまさに理想の部屋だった。
「けど、やっぱり、バスルームは無いんだ。」
チャナはカーテンを閉め直すと壁の中央に置かれている柱時計を見ながら反対側の壁際につけられているベッドに座った。
図書館で勉強をした後に、共同のレクリエーション施設で遊んで食事をしてから寮に案内されたため時間はもうすぐ0時になるところだった。
「0時で、日付の切り替えとなって朝になるんだっけ。
明日は街にお出かけするから、」
チャナが言い終わらないうちに柱時計から、0時を告げる音が鳴り出した。
ボーーーーン、重い音が部屋中に響き12回目の音がなりやむと、先ほど夜景を見た後に締めたカーテンから朝日が差し込んできた。
「おおおおお!ほんとに朝になった。」
チャナが急いで窓際のカーテンとガラス窓も開けてベランダに出ると、空には雲一つない快晴が広がっていた。
「すごい、奇麗、これがゲームの中だなんて信じられない!」
景色を堪能したチャナが部屋に戻って柱時計を見ると、針は8時を指していた。
「学校に行く日だと、登校するちょっと前の時間って感じよね。
だけど今日は、デイジー様たちと街に行くから、待ち合わせの9時までに共同の馬車乗り場にいけばいいのよね。」
チャナはクローゼットを開けて服を選ぼうとして顔を曇らせた。
「ソウデシタ。
私、今、男ヒロインだから、スカートとか無いんだ。
お着換えカードだから着替えは楽だからいいんだけど。」
チャナはクローゼットの扉の内側にはめ込まれている全身姿見を恨めしそうに見てため息をついた。
「仕方ない、容姿は可愛いんだから、出来るだけかわいい服を選ぼう。
ストリート系もいいけど、カジュアル系も捨てがたいな、アウトドア系、、はちょっと違う。
色合いは、、、」
カードを手にとっては、発動させて体に合わせて、気に入らなければ床にまき散らして、次のカードを発動することを繰り返しているうちに1時間はあっという間に過ぎてしまった。
「チャナさん、どうしたのかしら。」
待ち合わせの馬車乗り場で、テラスに座った皇女、ルイス、スカーレット、ジョエルが心配そうに寮の方を見ていると、薄いピンクのシャツにチェックのチョッキと半ズボンをはいたチャナが走ってくるのが見えた。
「ごめんなさい、服を迷っちゃって。」
駆け寄ってくるチャナを身て、ホッとした様子でテラス席から立った四人は、すでにダメっ子属性を認定しているチャナを責める様子もなく、にこやかに迎えた。
「全員そろったから、私の馬車に乗って頂戴ね。」
皇女が白い馬の4頭立ての馬車を見ると、御者がゆっくりと馬車を歩かせて近づいてきた。
共通の馬車乗り場なので定時に出発する馬車があるのだが、皇女専用の馬車は時間に関係なく皇女に合わせて移動してくれる。
好感度が低いと皇女と乗り合わせることができないのだが、意図せずにここまで順調にクリアできているチャナは問題なかった。
馬車が街の乗り合い場につくと、さっそくルイスがヨーロッパの街並みを思わせる中を案内してくれた。
「チャナは服を選んでたのだったら、朝食を食べてないんじゃない?
可愛いカフェがあるからまずは、そこで軽食を食べて、その後、文房具を見に行きましょう。」
可愛らしいカフェで朝食のサンドイッチをほおばっているチャナだったが、お店の扉から入ってきたAI悪役の公爵令息とその取り巻き立ちと目が合った。
悪役のAI公爵令息はチャナの向かいの席に自分の婚約者が座っていることに気づき、苛立ちを露わにした表情で近づいてくると、皇女に向かって不満を漏らした。
「わが婚約者デイジー、私の誘いを断ったのは、転校生に街の案内をするためだったのですね。」
言葉は丁寧だが、皇女からチャナに移した視線にはひどい怒りと蔑みが含まれていた。
「ごめんなさい、ヨウキ様。
お誘いは嬉しかったのですが、彼女たちとの約束が先でしたので、お断りの返事をさせていただきましたの。」
皇女が申し訳なさそうに言うと、後ろにいた銀縁メガネの侯爵令息が、皇女の前に頭を下げた。
「僭越ながら、デイジー様がお優しいのは存じておりますが、転校生を甘やかしすぎなのではとお見受けいたします。
皇女様直々にお相手をされるために、彼に嫉妬するものもあり、彼のためにもならないかと思います。」
チャナは頬ばっていたサンドイッチを急いで噛んで飲み込むと、目の前で繰り広げられているやりとりに感動して、また思ったことを口に出してしまった。
「これが、本来の悪役令息たちなんだ。
ばっちり、イメージ通り、意地悪だ。」
「「「なんだと!」」」
チャナのうかつな言葉に怒りを露わにしたAI公爵令息の取り巻きの三人がチャナに掴みかかろうとしたが、横にいたルイスがチャナの口を塞ぎ、斜め前にいたスカーレットとジョエルが三人の前に立ってチャナを隠してスカーレットが裏返った声をだした。
「えっと、そう、イメージ、の通り!
今度は文房具店に行くための道順をイメージして、迷わないように通りの道順を確認しておかないといけないと。
そう言いたかったんだ。」
「そうです。
転校生のチャナさんもですが、生徒会の備品も足りなくなってきて、、」
相手は公爵令息、さすがにまずいとスカーレットとジョエルが何とか言い逃れをしようと焦っていると、後ろで椅子を引く音がした。
「私たちはもう食事がすみましたので、この席をお譲りしますわ。」
皇女が席を立ち、怒り露わな4人の令息に会釈をして店の出入り口へと向かうと、チャナの口を塞いでいたルイスがチャナの手を引いて後に続き、その後をジョエルが、最後にスカーレットが、深く一礼して後に続いた。
手を引かれながら4人の令息たちを振り返ると、チャナに向けている怒りと蔑みを含む視線をまともに受けて折れそうになってしまったチャナは、周りに聞こえないようにボソッと呟く。
「早くヨウキさん、戻ってこないかな。」
その後に行った、文房具店でも、植物園でも、昼食に入ったレストランでも、何かにつけて彼らに絡まれる羽目になったチャナは、そのたびに失言をしては彼らをより怒らせてしまっていた。
「ココアさんから街でのデートが楽しかったと聞いたのは、やっぱりゲーム終了後のハーレムルートの話だったからよね。
というより、私がこのゲームに向いていないんだわ。
はぁ、、、。」
皇女の馬車に揺られながら寮に向かうチャナは、イベントでもないのにからんでくるAI悪役令息にかなり疲れていた。
「チャナさん、仕方ないことですわ。
ヨウキ様は、デイジー様の婚約者で、しかもこんな美しい婚約者は他にいないのですから、チャナさんに取られまいと必死になっていらっしゃるのですわ。」
チャナの隣に座っていたルイスが、チャナの顔を両手で挟んで自分の方を無理やり向かせると、デイジーの美しさについて力説を始めた。
「ルイスさん、チャナさんはお疲れなんですよ。」
チャナを挟んでルイスの反対隣りに座っていたジョエルが、チャナの顔に添えるルイスの腕に手を添えると、「だめですよ」と言わんばかりに首を横に振った。
そこに向かい側の皇女の隣に座っていたスカーレットが加わった。
「そう、デイジー様の婚約者のヨウキ様は、デイジー様に首ったけだからな。
こんなにお似合いで誰もが認めているのに、それでも取られまいと必死になるなんて、愛の深さを感じる。」
スカーレットの横で皇女は黙って微笑んでいる。
チャナにはゲームのキャラクターである彼女たちが、どこまでの言葉を認識しているかわからないので、自動的に都合よく捉えてくれる彼女らに言葉を偽る気も本音を隠そうする気もなかった。
「そうですね、美男美女でお似合いですよね。
そんなふうにはっきりとした相手がいるなら、こんなことしてないのに。」
何とも言えない複雑な顔をするチャナとは裏腹に、走る馬車の上に止まっているチャナのオウムたちは、揺れる振動を楽しんでいた。
「ユレルユレル」
「チャナモユレテル」
「ヒトリズモウッテナンダッケ」
「ワカッテルケドユレテル」
「ソウソウ」