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053_嫌がらせイベントカードの話

「ほら、デイジー様の可憐な手で涙拭いてもらったんだから、それ以上泣かないで、可愛い目が腫れてしまうよ。

それより教科書を持ってきたから座って、前回の授業のところを教えてあげるから。」

スカーレットはチャナの背を押して席に座らせると、チャナの背中越しに机の上に置いた教科書をめくりだした。


「前回の授業の続きはこのページでしてよ。

スカーレット様、ページをめくりすぎですわ。」

皇女と挟んでチャナの隣に座っているルイスが開くページを指で止めると、ページを目で追っていたチャナの顔を覗き込んだ。


「今日の放課後さっそく図書館で勉強を教えて差し上げますわ。」


「え、本当に?有難うございます。

ルイスさん。」


その後始まった数式の授業は、チャナが中学生のときにならったような内容だった。

真面目に取り組む生徒たちの中で、最前列に座っているにもかかわらず船を漕ぐスカーレットが教師に起きるように注意されたりと、チャナにとっては懐かしいような楽しい授業だったのだが、生徒席の一番後ろに座っている女子生徒たちは先ほど注意したことを微塵も考えていそうにないチャナにかなり不満に思っているようで、三人で教科書に隠れてひそひそ話しをしていた。


数式の授業が終わり、教師が教室を出て行った途端に、スカーレットは背を伸ばし大きな欠伸をした。

「やっと終わった。

眠かったー。」


「眠かったでは無くて、途中寝てしまって、先生から注意されてたじゃない。

スカーレット、護衛は強いだけではダメなのよ。」

皇女は、怒っているというよりはダメな妹を叱るような、優しい口調でスカーレットに注意を促すと、教科書を閉じて揃えていたチャナに振り向いた。

「チャナさん、次は音楽の授業だから教室を移動するわ。」

皇女とは反対の隣の席に座っていたルイスがチャナの腕を取って立たせると手を引いて歩きだした。

「え、あの、ルイスさん?」

ルイスは慌てて立ち上がるチャナを見て、楽しそうに手を繋ぎなおすと教室のドアを開けた。

「音楽室は別棟にあるの、さあ行きましょう。」


「ルイス、男子生徒の手を引くなんて、淑女のすることじゃないんじゃない?」

ルイスの後ろを歩く皇女、その後ろから顔をしかめているスカーレットが、チャナの手を引くルイスに文句を言いつつ教室からでていった。


チャナたちが教室を出ると、その後から他の生徒たちも教室移動を始め、ほとんどの生徒がいなくなった教室でヨウキと三人の令息たちも席を立った。

ヨウキは生徒席に三人の令嬢がまだ残っているのを目の端で確認すると、三人の取り巻き令息に先に廊下に出るように促した。

「先に私たちが出るのですか?

分かりました。」

茶色い髪の侯爵令息、水色の髪で背の低い伯爵令息が先に廊下に出て、ヨウキの後ろを歩いていた赤い髪の伯爵令息が廊下に出た。

「ヨウキ様、俺は護衛兼任なので、音楽室に向かうときは後ろについて歩きますよ?」

赤い髪の伯爵令息が、ドアを挟んで教室の中にいるヨウキが自分の前に進めるように、一歩下がって廊下で立ち止まった。

廊下にいる三人の令息に体を向けたまま、顔を少し傾けて教壇周りの様子を伺うと、教壇の上に白いカード浮かんでいる。


「予想通り、イベントカードが発生したか。」

ヨウキは廊下にいる三人の令息に手を向けて待つように指示しながら、もう片方で扉に手を置き、教室を出ようとする振りをした。

教室に最後まで残ってゆっくりと教壇の前まで下りてきていた三人の令嬢が、ヨウキたちが教室の外に出そうなことを確認すると、頷きあい、チャナの座っていた席の机の上にある教科書に触れた。


「”誰もいない教室で、三人の令嬢がいて、ヒロインの教科書がある”という条件。

満たされて、嫌がらせイベントカード、発動。」


ヨウキが廊下には出ずに振り返り、こちらを見ていることに気がついた三人の女子生徒たちは動揺して手に持った教科書を落とした。

「いえ、置きっぱなしにされていたので、いえ、これは。」


焦る女子生徒だが、そのうちの1人が開き直り、近づくヨウキに必死に訴えた。

「ですが、ヨウキ様も婚約者である皇女様たちから贔屓にされている転校生をよく思っていらっしゃらないですよね!」

イベントカードが発生している以上、強制的に誰かが嫌がらせを達成させられるが、その候補がこの三人の令嬢となるのだが。


「うん、そうだね。

実行犯は、三人の令嬢でも、悪役令息でも問題ないわけで、だからここは俺がやっとくから。

そして、これは、誰にも言っちゃだめだ。

廊下の三人も、見なかったことに。」

ヨウキが指を口に当てて「しーっ」と内緒だというそぶりをすると、三人の令嬢はハッとして三人とも大きく頷いた。

廊下から中を伺っていたヨウキの取り巻きの三人も、不穏な笑みを浮かべて静かに頷いた。


ヨウキが右手を横に延ばすと、先ほどまでヨウキたちが座っていた席の空いている窓から、5羽の白いフクロウが音も無く飛んできてその腕に止まった。

白いフクロウは10cmほどの大きさだが、鋭い嘴と爪を持っている。


ヨウキが合図をするとフクロウたちが飛び立ち、令嬢たちが落としたチャナの教科書を鋭い爪で掴み上に放り投げると、空中で教科書のページをむしりとり、破り、小刻みに裂き、それが花びらのようにヨウキの周りに舞い散った。


白いブレザーの制服を着た金髪碧眼の長身のヨウキが、体の前で手のひらを上に向けて、舞い散る花びらを受けようとでもしているかの様子に、三人の令嬢は魅入られてしまった。

「ヨウキ様、完璧な美しさです。」

「幻想的で魅惑的な美しさです。」

「舞い散る雪の中の精霊のような美しさです。」

廊下からそれを見ていた三人の令息たちは、それぞれの言葉と共にヨウキを拝んでいる。


教科書を破り終えた白いフクロウたちが入ってきた窓から音も無く飛び去ると、嫌がらせイベントカードがヨウキの前まで飛んできて、ヨウキの中に溶け込むように消えて行った。

「嫌がらせイベント、終了だな。

帰って来た時のチャナはイベントカードの発動のことに、さすがに気づくよな?」


ヨウキはボーっとしていた令嬢たちに声をかけて教室を移動するように勧めて教室を出たが、自身は音楽教室にはいかなかった。

「ちょっとやることがあるから、音楽の授業には出ないよ。」

ヨウキが三人の令息に笑顔で伝えると、「はい、わかりました!」と良い返事が返ってきて、当然のごとく三人の取り巻き立ちもヨウキにならい音楽の授業には出なかった。


嫌がらせイベントカードが発動したことを知らないチャナが音楽教室から戻って、教室に一歩足を踏み入れてすぐに、白く切り刻まれた紙が教壇とその前の机一面に散らばっているのが目に入り、それが自分がついさっきもらった教科書だと気づき唖然とした。

床に散らばった紙は先に教室に戻ってきた生徒たちに踏まれ、足跡がついているものもある。

「これは、どういうこと、、、。」

唖然とするチャナの横で憤慨しているのは皇女だった。

その表情では怒りを露わにせず淑女らしく冷静さを装っていて、すぐに教室にいた生徒に近くにいる教師を呼んでくるように指示をした。


「チャナさん、大丈夫よ、すぐに先生が片付けてくれるから、教科書も新しく揃えられるし。」

自分の教科書がばらばらに破られてしまっていて、悪意をぶつけられたことにショックを受けているチャナをルイスが優しく慰めている。


「どうしたの?

ドアの前にいられると中に入れないんだけど。」

音楽の授業に出ていなかったヨウキとその取り巻きが廊下から、教室のドアの付近に固まっていた、チャナ、ルイス、皇女、スカーレットに向かって声をかけてきた。


「ヨウキ様、大変なんです。

チャナさんの教科書が何者かに破かれてしまっていて、ばらばらに、、」

ルイスが教室に散らばっている紙を指しながら廊下にいるヨウキに説明しようとしたが、不敵に笑うヨウキを見て言葉が詰まった。


「散らかったものは片付けないといけないな。」


ヨウキが横にそれると、後ろにいた銀縁メガネの茶色の髪を緩く括った侯爵令息が下から風を起こし、それがつむじ風となり散らばった紙をすべてかき集めると、赤い髪の伯爵令息がその中に火を投じて操り燃やし始めた。

風の中で操られた炎によって破かれた教科書はすべて燃え尽きたが、炎は消えず、つむじ風に沿って広がっていこうとしていた。

そこで、水色の髪の水色の瞳をした伯爵令息が、手を差し出すとつむじ風の上から水がシャワーのように振ってきて火を消し、チャナの教科書は残骸も残らずに跡形も無くなってしまった。


チャナは相変わらず呆然としていて、教科書を破られたのが嫌がらせイベントカードの発動のせいであることに気がついていない様子だった。

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