052_ちょっとした違和感の話
教壇前で喜ぶチャナたちとは逆に、生徒席にいる他の生徒たちは魔法道具の暴走に疲弊していた。
授業前に赤い髪の伯爵令息に席を譲るように頼まれて教壇から一番遠い段上の席に移動した女子生徒二人も、暴れる魔法道具を壊さないように細心の注意を払って両手で包み込みながら、教壇前まで下りていくと木箱に入れた。
そこで更に一人がおもちゃを抑えながらもう一人が解除の粉を掛ける作業を行って、やっと魔法道具は元のブリキのおもちゃに戻った。
一仕事終えた彼女たちは額の汗をぬぐった。
「おお、すまんな、ありがとう。」
御礼を言う教師には会釈をするが、それに比べて皇女たちと楽しく話をしていつチャナには冷たい一瞥を向ける生徒たち。
「そうそう、こうやって天然(男)ヒロインが知らずに周りのヘイトを集めていくのが、本来の乙女ゲームのセオリーだよな。」
窓際の席で傍観しているヨウキが気づいただけでも、半数以上の生徒たちが疲弊している自分たちに比べて、この騒動の発端となったチャナが皇女たちと楽し気にしている姿を良しとしていない様子が伺えた。
皇女たちの手前わかりやすく表情に出す生徒はいないが。
そして、チャナの様子を良しとしないのはヨウキの周りの三人の令息たちも同じだった。
「あのピンクの髪の転校生、自分が何やったか分かってないんじゃないんですか?」
水色の髪の伯爵令息は、親指を噛みながら憎々し気にチャナの後ろ姿を見ている。
「何故、ヨウキ様が暴走した魔法道具の弁償を?
あれは明らかに正当防衛でしょう。
本来は発端を作った者が弁償すべきでは?」
茶色の髪の侯爵令息は眼鏡の奥の瞳で射貫くようにチャナの頭を見ている。
赤い髪の伯爵令息は、魔法道具を叩き落とすときに乱れた髪をかきあげて、その手をポンッとたたいた。
「しかもヨウキ様の婚約者であるデイジー様まで篭絡している様子。
よし、やっぱり締め上げましょう。」
「まだ、転校初日だし、気にすることでもないさ。
それにほら、外はとてもいい天気だ。」
ヨウキが開けておいた窓から外を見ると、校舎そばの木の上で小さなフクロウが、木に留めていない方の足を前に出して爪を広げていた。
「4つ見つけたのか、さすがにフクロウは目がいいな。」
教壇では、暴走した魔法道具を回収し終えた教師が木箱を抱えていた。
「それじゃ、ちょっと早いが今日の授業はここまでじゃ。
ちなみに次が数式の授業になっておるからの。」
来た時と同じように魔法道具の木箱を抱えているが、壊れた部位が多いせいか、さらにガシャガシャとひどい騒音を立てながら教室を去って行った。
「えー数式、結局やるんじゃないか。」
スカーレットが赤毛のポニーテールを揺らしながら不満を漏らしていると、皇女が忘れていたことを思い出した。
「そうだわ、チャナさんは教科書がなかったのよね。
預かった教科書を生徒会室に置いたままにしていたから、この休み時間の間にとってくるわ。」
金糸の髪を揺らしながら席を立つ皇女にチャナは、とんでもない、と言うように両手を振った。
「デイジー様、私自分でとりに行きます。」
隣にいたルイスが申し訳なさげに、チャナの両手を取ると自分の方に引き寄せた。
「残念だけど、生徒会室には生徒会メンバー以外は入れない規則になっているの。
だからデイジー様、私が取ってきますのでこちらでお待ちください。」
しかし皇女は首を振ってそれを拒んだ。
「いえ、学園長に頼まれたのは私なので、自分で行かないと、だからチャナさんはここで待っててね。」
そこまで言われてはチャナもお礼を言って引き下がるしかなかった。
「はい、有難うございます。」
「では私もチャナとここで、、」
チャナの両手を掴んだままのルイスはチャナと教室に残ろうとしたが、スカーレットが二人の両手を引き離してそれを許さなかった。
「ルイスも行こうな、一人で抜け駆けさせないから。」
「チャナさん、じゃ、ここで待っていてね。」
名残惜しそうにするルイスの腕を引いたスカーレットが、皇女の後に続いて教室を出て行った。
三人がいなくなり手持ち無沙汰になったチャナだが、ヨウキに怒っていたことを思い出し窓際の席に行こうとするとその前に数人の女子生徒が立ちはだかった。
「えっと?」
「転校生のチャナさん?」
いきなり知らない生徒に名を呼ばれてたじろぐチャナ。
「あなた、デイジー様たちに気に入られたからって、調子に乗りすぎじゃないの?」
「さっきの魔法道具の件も、あなたのせいでしょう?
真っ先に謝るべきなのに、ずうずうしいというか、あつかましい。」
真っ直ぐな強い視線で責められるチャナは、どうしていいか分からずに目に涙が溜まってきてしまった。
「ご、ごめんなさい。」
涙目で謝るチャナの姿に責めていたはずの女子生徒たちが頬を染めて動揺し始めた。
「な、なによ、ちょっとかわいいからって。」
「そうよ、男子生徒のくせに可愛すぎるなんて、生意気だわ。」
「そうよ、そうよ、泣いたって、泣いたって、、、うう」
「ちょっと変わってくれ。」
動揺する女子生徒たちと入れ替わり後ろで控えていた男子生徒たちがチャナの前に立った。
「転校生だからと言って、甘えていては困るな。
君は大変なことをしでかした自覚はあるのか?」
「そうだ、魔法道具はかなり貴重な品だ。
それを君は使い方も知らないのに勝手に粉を振りかけて、台無しにしてしまったんだ。」
「我々が苦労して捕まえている間も、君は立ち尽くすだけで何もしていなかったではないか。」
女子生徒に続いて男子生徒にまで責められて、チャナはたまった涙がこぼれ落ちてしまった。
涙するチャナの姿に、男子生徒たちもやはり頬を染めて動揺し始めた。
「いや、なにも、泣かせたい訳ではなくてだな、そんな大きな瞳から涙を流さなくても、、」
「そうだ、男子生徒のくせに、可愛すぎるなんて、卑怯だ。」
「そうだ、泣くなんて、我々は決して虐めているわけでは、、、」
男子生徒と女子生徒がチャナを囲んで動揺しているところに、皇女たちが早々に戻ってきてしまった。
「お前たち何をしているんだ!」
スカーレットが輪の中に割り込むと、泣いているチャナを発見して周りの生徒たちを睨んだ。
「「「私たちは別に、ただ、、」」」
スカーレットの睨みに口ごもりながら女子生徒たちは、後ずさり段上の席に戻って行った。
「「「我々も、魔法道具のことでチョットだけ、、」」」
皇女の冷たい眼差しに耐え切れなくなった男子生徒たちも、段上で自分たちが座っていた席にすごすごと戻って行った。
そこに席を立ったヨウキが、チャナを責めていた生徒たちと入れ違いに近づいてくることに気がついた皇女が、自分からヨウキに近づいてきた。
「ヨウキ様、先ほどのチャナさんたちの様子、見られていたのですね?
何があったか教えていただいてもよろしいでしょうか?」
一連の出来事を傍観していたのに気がついているのだろう、皇女は無表情に冷めた瞳をヨウキに向けている。
「彼らは何も間違っていなかったと思うよ。
さっき魔法道具を暴走させたチャナに誤って欲しいと言っていただけだから。」
皇女の冷めた瞳とは逆に暖かく微笑むヨウキ。
「デイジー様、暖気と冷気がぶつかって小さな前線ができておりますわ。
涙の雨をすでにチャナ様が降らせていらっしゃいますので、そのくらいで。」
「そうでしたわね、チャナさん少し上を向いてください。」
皇女はヨウキに背を向けると、ポケットから奇麗なレースで縁取られたハンカチをチャナの瞳の下に当て涙を拭き始めた。
ヨウキは少し考えると、皇女の後ろ姿越しにチャナに話しかけた。
「個人イベントカードの発生、発動が偶然だと思ってる?
チャナさん。」
涙を拭いてもらいながらも瞳を大きく広げたチャナは、皇女の後ろ越しに見えるヨウキの顔を見上げた。
「まさか?ヨウキさんが準備したとでも?」
「どうだろうね?」
「うう、また、助けられた、これじゃ、絶対勝てない。
ううん、裏ワザと使うためには最終的には負けておかないといけないんだった。」
意気込むチャナの両手に両手を添えたルイスが、声を出さずに口を動かした。
「頑張って、チャナ」
返事をはぐらかすと自分が座っていた席に戻るヨウキだが、自分に内緒のはずの「裏ワザ」を口に出すチャナのうかつさに笑い堪えながら、しかし、チャナとルイスの会話に小さな違和感も感じていた。
「まさかね。」




