051_壊された魔法道具の話
教師の手の上で羽ばたきだしたブリキの妖精の羽から赤い霧を吹き出しはじめてやがて体を覆った。
チャナが目の前の赤い霧で覆われたブリキの妖精に手を伸ばすと、赤い霧が弾けて中からブリキではない人を思わせる姿の妖精が現れた。
妖精は目の前のチャナの手に気がつくとするりと抜けて、当たりを見まわし皇女を越えてスカーレットのポニーテールの頭に止まった。
「えー、どうして、どうして、どうして?」
スカーレットのポニーテールの上で落ち着いている妖精を見て、チャナは眉を下げて、何故人間のようになったのか、なぜ避けられたのか両方の疑問についての「どうして?」を連発してしまった。
そこで、慌てるチャナの顔をまともに見た教師が、小さな丸メガネを掛けなおして目の前の生徒が初めて見る顔であることに気がついた。
「ふむ、見ない頭の色じゃね、転校生か。
ふぉっふぉっふぉっ、魔法道具は初めて見たのかな。」
チャナがコクンと大きく頷くと、教師は教壇の上の木箱を今にも折れそうな細い腕で抱えて、チャナの机の上に大きな音をドンッと立てておいた。
箱の中には、ブリキのおもちゃらしきものが複数あり、それを囲むように透明のキューブの中に色のついた粉が入っているキューブが配置されていた。
教師はその箱の中からキューブ状の透明な箱を取り出すとチャナの目の前に差し出した。
「さっきは赤色だったがこれは色の違う粉が入っておるじゃろう。
赤い粉は火の属性の魔法に反応する粉で、だからさっきのおもちゃは火の属性を持つスカーレット君に近寄ったんじゃ。」
教師がキラキラした粉が入っているキューブをチャナの顔に近づけてくるので、より目になりながら見ていると、箱で鼻の頭を小突かれてしまい、思わず箱を受け取ってしまった。
箱をチャナに渡すと教師は生徒席に向かって声をかけながら、皇女とスカーレットの間の通路を数歩進んだ。
「ほれ、誰かこの粉とおもちゃの関係性を説明できるものはおるか?
先週の復習じゃ。」
教師が生徒席を見渡すと数人の生徒が手を上げていた。
チャナは、机の上に置かれた木箱の中から違う色のキューブを取り出して、二つを比べてみると、先にもらった方はキラキラと光っているが、後から取った方は土の色をしている。
「それは、光属性の粉と土属性の粉よ。」
隣で見ていた皇女がチャナが手に取ったキューブの色を見てその色の属性を教えてくれた。
「じゃ、デイジー様の属性ですね。」
後ろの方で教師が手を上げた生徒の1人に解答するように促すと、皇女とルイス、スカーレットはその生徒に注目した。
「まず粉についてですが、各魔法属性の種類分の粉があり、自分の持っていない属性であっても使用できます。
そしておもちゃは妖精タイプや虫タイプに無機物タイプなど、様々あり、、、、」
チャナは手に取った二つのキューブの蓋を取ると、2つを同時に箱の中のおもちゃに振りかけた。
「これをおもちゃにかけると、生きているみたいになるのかな?」
箱の中のおもちゃが、もぞもぞと動き出すのを興味津々に見ていたチャナだが、後ろの生徒の解答の最後の一言が耳に入ると体が固まった。
「そして、絶対行ってはいけないことは、粉を混ぜ合わせることです。」
「うむ、よく答えられたな、その通りじゃ。
わかったかね?」
教師が教壇の前に戻ってきて、チャナの方を見たがその様子を不信に思い小さな丸メガネをかけ直した。
チャナの隣に座る皇女とルイスもおかしな気配に気づき、チャナの視線の先にある魔法道具の入った箱の中を見てしまった。
もぞもぞと動く土色の光る繭のような薄っすらとした糸を思わせるものに覆われているおもちゃたちから二人は思わず目を逸らし、息を整えて平静を装った。
「チャナさん、違う属性の粉を何故混ぜてはだめかと言うと、おもちゃたちが自分がどちらに行けばいいのか分からなくなって迷子になってしまうからなの。」
皇女が立ったまま固まっているチャナの腕に手を添えたが、チャナは箱の中から目が離せない。
「迷子というよりは、暴走してしまうかもしれん。
だが、皆小さくて捕まえようと思えば捕まえられるはずじゃ。」
箱の中の様子に気がついた教師も白髪に手を添えて額に汗を流している。
「そうなの?」
チャナは教師の言葉にやっと我に返ったが、顔色を悪くしたままその場を動けない。
スカーレットが赤い髪を妖精に弄ばれながら、立ち上がると皇女を椅子から立ち上がるように先導した。
「デイジー様、おもちゃが暴走するかもしれませんからここは危険です。
早くこちらへ。」
窓際から平然として教壇前の騒ぎを見物しているヨウキは、感心しているような呆れているような声で呟く。
「ワザとじゃないのは分かるんだけど、本当に素で踏み抜くよな。
それがチャナの面白さでもあるけど。」
皇女がスカーレットに促されて立ち上がったとたんに箱の中のおもちゃたちが一斉に茶色の繭から飛び出してきた。
「デイジー様!」
スカーレットが皇女を背中に隠して庇うと、頭の上にいた妖精が飛び出してぶつかりそうになったカブトムシをの軌道を蹴って変えた。
軌道を変えられたカブトムシは、ヨロヨロしながらしばらく飛んでいたが、ガチャンと床に落ちた。
妖精の姿かたちをしたものが一番多く、蝶々やカブトムシ、元は造花だった花々、とはいえ、ブリキの硬さであることは変わりなく当たれば痛いし当たり所によっては怪我もするが、捕まえられないことはない。
教室の中では端に逃げる生徒もいれば、自身の属性の魔法を繰り出し果敢に壊さないように捕まえようとしている生徒もいる。
「捕まえてくれ、この魔法道具はかなり高いんじゃ。
妖精などはかなりのお値段じゃ!」
教師が風を操り、蝶の飛ぶ軌道を変えたり、封書や花に風を送ったりと何とかおもちゃを捕まえようと追いかけていたが、ヨウキの方に近づく妖精を、前の席に座っていた赤い髪の伯爵令息は無慈悲に叩き落とした。
「全く無礼なおもちゃだな。
ヨウキ様に突進してくるとは。」
「えー、高いって、妖精が一番高いって!」
混乱したチャナは思わずオウムたちに助けを求めると、頭の上で回っていたオウムが左右に散って、おもちゃを捕まえ出した。
続いて、ヨウキに向かって壊れた魔法道具が集まってきたが、それを容赦なくはたき落とし、床にたたきつける。
グシャッ!ガッシャーン、
骨が折れたように曲がった妖精の魔法具などはかなりシュールな壊れ方をしている。
スカーレットに庇われて、隠れながら見ていた皇女はその様子に眉を寄せている。
「ヨウキ君、いくら何でもこの壊し方は。」
バラバラになっていくお高い魔法道具にどうすることもできない教師がワナワナと身体も声も震わせて、顔を青くしている。
「先生、壊れた物は仕方ないので、後で公爵家に修理代でも交換品代でもいいので請求してください。」
その言葉を聞いた教師は、小さな目を見開き頬を染めた。
麗しい顔で微笑むヨウキの顔、というよりは、「請求してください」に心が動いたようで、「そういうことなら」と教師は腰を曲げて壊れた魔道具を自ら回収しだした。
ヨウキの足元に散らばる壊れた魔道具たちを曲がった腰を更に曲げて拾いながら、
「寄付金ももらったしな、ホクホクじゃ。
授業用の魔道具は学校の方で何んとか直してもらうとして、新しい研究を・・・」
教師は鼻歌交じりに独り言をつぶやいている。
チャナのオウムが何体かのおもちゃを捕まえると、おもちゃたちはオウムの鋭い足の爪で押さえられたままじたばたしているが、教師が回収してきたおもちゃは、バラバラになっていたり、潰れたり、原形はあるものの、あらぬ方向に足が曲がっていたり、首が曲がっていたりとシュールな壊れ方をしていた。
目の前の箱の中に直されていく壊れたおもちゃたちを見たチャナは、窓際のヨウキを振り返って叫んでいた。
「こんなひどい姿、いくら魔法道具でも可哀そうじゃないですか!
そっと捕まえたらまだ生きてるのに!
ヨウキさんってそんなひどい人だったんですか?」
チャナが可哀そうな魔法道具に涙目になり、怒りに震えてヨウキを非難すると、その後姿を見た皇女の頬が染まっていった。
「怖くて震えながらでも、悪いことを悪いと言える勇気、可愛らしいだけではなく果敢な少年らしさを感じるわ。」
そこにルイスも同意した。
「それに、生き物じゃないのに生きてるって言えるところも純粋ですよね。」
「「可愛いのにすごくかっこよく見えるのは何故かしら。
チャナさん。」」
その声にチャナが振り向くと、黄色いバラの花が咲き誇った背景の中、はにかみながらもうっとりと見つめる皇女の姿があった。
その皇女の後ろからスーッと個人イベントカードが現れ咲き誇った黄色いバラと一緒に消えて行った。
一瞬の出来事に両手で口を覆うチャナ。
「今のって、カードがデイジー様の前で消えたってことは、私の勝利?
好感度瀑上がったってこと?
やったー!」
つい先ほどまで魔法道具のことで怒っていたことをすっかり忘れて喜ぶチャナを、皇女やルイス、スカーレット、そして教師まで暖かく見守っている。
チャナが個人イベントカードをゲットするとの見ていたヨウキだが、足元に教師が拾い忘れた封筒型の魔法道具があるのに気付いた。
何気に拾い上げるとその中から十字のカードが出てきた。
「十字型の形のカード、病気トラブルカード、レアな奴だな。」