005_α版より前の話1
デュエル・コンテンツ(仮)プロジェクトが立ち上がってから、半年が経ち、部分的にプログラムテストができるまでになった。
システム関係者だけが使用できる一室に、ヨウキとシキ、アオバがいた。
部屋の壁沿いにL字型の長い机が設置されその上には大きめのディスプレイが並んでいる。
L字型の長い机の中ほどに置かれたディスプレイを前にして、ゲーミング用の椅子に深く座りながら、ストーリー、コンテンツ内容、プログラムソース等々を確認しているヨウキがいた。
「これ、さっきハード担当者が持ってきた新型のヘッドセットです。」
出入り口に近い長机の端の方に座っていたアオバが持っていた新型のヘッドセットをヨウキに手渡した。
「ハード設計担当者が、二人モード対応のために入出力調整が大変だとか何とか言ってたけど。
へー、初期のヘッドセット型の機器本体よりだいぶ軽くなったな。」
ディスプレイの横に置いていた初期型のヘッドセットの形と重さを確かめ、反対の手に持っていた新型のヘッドセットを軽く掌で回してみた。
「ヨウキさん、そのヘッドセットもこれから行うテストの対象なんですから、遊んで壊さないでくださいね。
初期型もそうですけど、説明書に振り回さないよう注意書きがあります。」
ヨウキが回す手に軽く手を置いて止めたアオバが、淡々と注意と説明を行った。
何気にアオバから見降ろされてる状態だが、その顔にヨウキはいたずらな笑みを返す。
「そんな童顔で注意されたら、子どもがだらしない大人を正論で言い負かしている感じがして、くすぐったくなるな。」
「・・・くすぐったい?ですか。
よくわかりませんが、とりあえず俺に言い負かそうとする意思はないですし、子どもでもないです。
それに、ヨウキさんは自分のことをだらしない大人だとか、思ってないですよね。」
あまり表情の変わらないアオバの、若干の呆れ顔にヨウキは思わず笑いを漏らした。
「はは、
子どもでもないか、、、でも、見た目はまだ学生って言っても通るよ。」
旧型のヘッドセットをディスプレイの横に戻し、新型のヘッドセットについているボタンを軽く押した。
小さなボタンの横のランプが青く点滅し出すのを確認するとイヤーパッドを持ち、またアオバを見上げる。
「学生と言っても、大学生じゃなくて中学生。」
「はっ?」
アオバの口から思わず漏れた不機嫌な声に、その顔が見たかったと言わんばかりにヨウキは満面の笑みを返した。
「ヨウキ、無駄話はいいから、さっさと機器をつけてくれ。
こっちの画面に、ロード完了のメッセージが表示された。」
部屋の奥に設置されているL字型の短いテーブルの上のディスプレイを前にして、キーボードを叩いていたシキが二人を振り返っている。
「すみません。シキさん。」
アオバが誤る必要はないのだが、申し訳なさげにシキを見ると、薄暗い部屋の中で一際大きめの明るいディスプレイの前にいるシキは、その光で人間的な輪郭がぼやけ、その上、羽織っている白衣が白衣らしからぬ不思議な色合いのグラデーションになっていた。
黒縁メガネのレンズ部分も同じような色合いになっている。
「シキさん、なんかこの世の人じゃないような、浮世離れした人になってます。」
アオバは胸の前で両手合わせると、神に祈りでも捧げるように合わせた両手の指をクロスさせてギュッと閉じた。
先ほど自分が揶揄ったために、不機嫌に変わっていたアオバの表情が一瞬で溶け、ヨウキは呆れていいのか、残念がった方がいいのか、自分の複雑な気持ちを自覚しつつ、ヘッドセットを装着した。
「シキだけを見たら、ここが妖しい研究室に見える。」
「んんっ、」
小さめの咳払いをしたアオバは組んでいた両手をほどくと、片手でメガネを取り反対の手で顔の半分を覆った。
「ヨウキさん、俺やシキさんを揶揄うのはやめて、ヘッドセットに集中してください。」
「わかった。」
返事をしながら素直に新型の機器を装着したヨウキだが、頭に違和感を感じた。
「ヘッドセットというより太めのカチューシャという感じかな、ちょっときつい。
キャリングケースが薄く小さくなって、内側の突起が無くなってるのはいいとして。」
「ちょっと待ってください。ヨウキさん。」
アオバは急いでメガネをかけ直すと、頭頂部に一緒にセットされていたアイマスクのようなスコープをおでこ側に移動させた。
「ここ、スコープで隠れてますけど、ヘッドセットの左右両側の耳上側で長さ調節ができるようになっているんです。
スコープを接続させている繋ぎ部分と位置が被っていて見えないので、最初は分かりにくいんですよね。」
「それも説明書に書いてあれば、大丈夫だろ?」
「説明書というよりは、装着の仕方の説明が一通りディスプレイに表示されてる。」
シキが椅子を少し引き半回転させて、二人に見えるように自分の前に表示されているディスプレイを指した。
「まだ、案内キャラを入れていないから、文字だけの表示にしている。」
二人が見ると、ディスプレイにヘッドセットと装着方法が文字で表示されている。
が、ディスプレイに表示されいてるイメージや文字が変わるたびにシキの白衣の色が影響を受けている方を気にしている様子だ。
「シキ、もしかしてその白衣のままここに来たのか?
ここに来る時はやめとけって言ってるだろ。
悪目立ちするから。」
ヘッドセットのサイズをアオバが調整してくれているので、眉の上まで来ているスコープを抑えてシキの微妙な色に変化する白衣に突っ込みを入れた。
「そうか?
たまにならいいだろ?」
「シキさん、白衣すごく似合いますもんね。」
ヨウキのヘッドセットを調整して、アオバがシキを振り返る。
「似合う?
それはあまり意識してなかったな。
汚れても気にしなくていいし、うちに沢山あるから来てるだけで。」
実はアオバはシキの私生活についてはほとんど知らない。
珍しくキョトンとしているアオバの肩をトントンと指で叩くと、アオバは叩かれた自分の肩にくっついているヨウキの指を見た。
「シキの白衣はほとんど両親のお下がりだよ。
あいつの兄が全員システム系に進んだから、親が末っ子のこいつに自分らと同じ薬剤師になることを期待して小学生くらいからすでに白衣を着せてたんだ。」
「・・・・?」
アオバの視線は自分の肩についていてる指先から先を辿り、ヨウキの口元に辿りついた。
「薬剤師になるための大学でPC触っているうちにプログラムに興味を持ち出して、結局、薬剤師免許を持つ白衣好きのプログラマーが出来上がったって落ちだけどな。」
ヘッドセットからアオバが手を離したタイミングで、ヨウキは腕を組んでゲーミングチェアーに深く座り込んだ。
「へぇ、父さん、母さんにそんな意図があったなんて知らなかった。
ヨウキたちとは別で、俺には何も期待していないと思ってたけど。」
「そう思ってしまうのも、おまえらしいけどね。」
「今の会話、ヨウキさんとシキさんが兄弟みたいに感じるんですけど。」
「「ん、そうだけど?」」
二人はヘーゼンと肯定した。
シキに至っては、なんで知らないんだ、とでも言いたげだ。
「知らなかったです。
シキさんって、確かトウリさんが引っ張ってきたと聞いたんですが。」
「そうそう。
トウリがすごいプログラマーがいるって、引っ張ってきたのが、実は。
親の薬局手伝ってるはずのシキだったから、笑ったのなんのって。」
「ヨウキ、あの時は笑いすぎだ。
トウリがびっくりしてただろ。」
珍しく怒り気味に喋るシキにアオバの瞬きが多くなる。
「いや、シキがトウリに何も説明してないのが悪いんだろ?」
「うっ。俺もヨウキのとこだって知らなかったし、興味なかったし。
連れていかれた部屋に兄弟がいたから驚いた。」
「えっと?」
アオバもさすがに困惑を隠せなかった。
「別に公言する必要もないし、俺の場合は会社立ち上げ時からいるから社長の弟だと皆知ってるだけで。
あ、これは公言してたな。
だから、シキのことは兄弟以外では引っ張て来たトウリくらいかな、はっきり知ってるのは。」
そこで、アオバは以前にカフェルームでチャナの「末っ子」の言葉の後にコーヒーを吹き出していたシキのことを思い出した。
「ああ、この間のカフェルームの反応はだからだったんですね。
あそこにいたメンバー、タクトさんやマシロさんも気づいてるような感じですよね?」
「シキの俺への態度や俺たちの名前を考えたら、気がついていても不思議ではないかな。
感がよさそうな小リボンチームとかも。
兄弟の名前の最後の一字、全員一緒だしね。」
「もういいだろ。
ヨウキさっさと始めてくれ。
ハードとプログラムのロードテスト終わらせないと、α版のテストに進めないだろ。」