045_β版1.2テストスタートの話
本日は、以前から言っていたヨウキとチャナの対戦が始まる日で、チャナはヘルプキャラの子熊のフォローを受けながら準備をしていた。
チャナが借りたオフィスのテストルームは、テストルームというよりワンルームマンションの一室のような造りになっていた。
お湯を沸かすためのIHコンロが備えられた簡易キッチン、換気のための通風孔などもあるが、違うのは窓が無く、オフィス用の照明が天井にいくつか埋め込まれている点と、ホログラム用の映写機が設置されている点だろう。
6畳より少し長めのフローリングの部屋の中央奥側にフローリングと同じ色合いのテーブルが設置してあるので、チャナはそのテーブルに持ち込んだノートパソコンとゲーム機本体になるハード機器を置いていた。
「プログラムは前回から修正されたβ版のバージョン1.2、よし。
ログイン後には、発行された共通キーの入力と、それから、」
テーブルに向かいながらこれから行う作業の確認事項を声に出していると、子熊がテーブルの上を二本足でトタトタと歩きだした。
「これが先だよー。
横のボタンを押すのー、青く点滅し出したらOKだよー。
でも振り回さないように注意してねー。」
10cmの背丈の丸っこい二頭身のオレンジ色のクマがヘッドセットをトントンと叩いてチャナをフォローする。
「ありがとう、先にそのハードの取りつけだね。」
両手でカチューシャ型の機器を持つと横のボタンを押し、青く点滅し出すのを確認してから、頭に被せ長さを調整しながらヘッドセットやキャリングケースのセットに邪魔になった髪の毛を整えた。
「しっかりセットできてるから、ほら見て、ロード画面が出たよー。」
子熊が三角のしっぽと耳をピクピクさせながら、嬉しさを全身で表している。
「うう、かわいい。
迷ったけどヘルプキャラ子熊くんにしてよかった。」
「ありがとー、ゲーミングチェアの具合はどう?
横になってリラックスできるならアイスコープおろしてね。」
チャナは座っていたゲーミングチェアに深くもたれて手をひじ掛けにかけたりおろしたりしながら姿勢を整えた。
「大丈夫、みたい。」
チャナは子熊に向かってグッと親指を立てると、さっそくアイスコープを下ろして楽な姿勢をとった。
「ログインしたらすぐに準備ステージに立つからね。
すぐに、対戦相手の選択と、共通キーの入力の画面が出てくるから、共通キーを呼び出して入力してね。
キーが一致したら次に進めるからね。
自分が入るキャラクターがでてきたらカスタマイズをしてね。
全部、サポート文字が出るから、その案内に従って進めれば大丈夫だからね。」
小さな手足で一所懸命にチャナを応援する子熊。
「ありがとう、じゃ、行ってきまーす。
ログイン!」
「いってらっしゃーい。」
子熊の声が遠くなっていく中、チャナは別の世界に引き込まれているようだと思いながらその感覚を楽しんだ。
白い文字が出て遠くなるにつれて、文字がはっきりとしてきて<ログインしました>と読めた。
文字は小さくなって消え、代わりに四角く薄い半透明のスクリーンが広がり、感覚的には自分が立っている位置から2~3m先の見やすい位置で止まった。
事前に対戦申請をしていない場合は、対戦相手の選択だけが表示されるが、今回は対戦の事前申請をしているため、そこには子熊が言ったように共通キーの入力案内の画面も表示されていた。
「共通キーの呼び出し」
チャナが共通キーを呼び出すと予めヨウキとの対戦申し込み時に発行されていたキーが浮かび上がった。
複数の相手とデュエルをしている場合は、対戦相手ごとに共通キーが発行されているのでそこから選択するが、今回チャナはヨウキとの対戦のみのため、キーが1つだけ表示されている。
浮かび上がった文字に手を合わせると手の動きに合わせて文字が移動するので、そのまま入力画面に貼り付けた。
<キーを受け付けました>
<プレイネーム登録名 チャナ 対戦相手は ヨウキ です>
画面に文字が表示された後、対戦申し込み時にチャナが登録した役割のキャラクターである男ヒロイン用のカスタマイズ画面が表示された。
「髪の色、瞳の色は、薄いピンクゴールドで、髪型はタクトさんと同じショートカット。
ココアさんもすごく気に入ってお勧めしてくれたし、確かにかわいかった。
背の高さ、体型は、リアルな自分と同じにした方が動きやすいと言われたので、身長はそのままだけど体型だけちょっと細めでと。
あと、制服!
タクトさんのあのスカンツの制服可愛かった!
男ヒロインだけど、有りよりの有りよね。
よし、OKっと」
チャナが設定を終えてOKすると目の前に自分が設定したキャラが浮かび上がり、同時に確認のメッセージが表示された。
<こちらのアバターでよろしいですか?>
<良い場合は、OK、修正する場合は、キャンセルと声に出して言ってください>
チャナは浮かび上がった男ヒロインを歩きながら1周して背格好を確認すると、頷いてOKと声に出した。
アバターがチャナの目の前に近づいてきて自分と重なり合った。
重なった姿かたちが自分自身の感覚と同一化し、先ほど1周して確認した男ヒロインにチャナは変貌した。
両手を上げて、下げて、背を振り向いてと体の動きを確認していると、辺り一面に鏡が張り巡らされ、まるでミラーハウスにいるかのように至る角度からの自分の姿が連なって映し出された。
「おおおおお!かわいい!
これが私!
って、一度言いたかったセリフだよ。」
興奮しているチャナにシステムから再度確認が表示された。
<こちらのアバターでよろしいですか?>
<良い場合は、OK、修正する場合は、キャンセルと声に出して言ってください>
「おーけー!」
<アバターの設定、装着が完了しました>
<コンテンツカードを表示します>
案内の文字が消えるとチャナの上から複数の白いカードが降るように落ちてきて周りを飛び交い、やがて目の前に28種類の属性カードが並んだ。
プレイヤーが最初に選択されるカードには、ペアカードやレアカードは含まれていない。
<選択するコンテンツカードを1枚選んでください>
キラッとピンクゴールドの目を光らせたチャナは迷わず1枚のカードを選択した。
<選択したコンテンツカードでよろしいですか?>
<変更しない場合はOK、再選択する場合は、キャンセルと声に出して言ってください>
システムからのメッセージが全部表示されるのを待たずに「OK」したチャナは、手に取ったカードを拝んでいる。
「どうか、勝てますように。」
<選択カードが確定しました>
カードを拝むチャナの周りを残りの属性カードが回り出し、そこにペアカード以外のレアカードが追加されシャッフルされている。
<もう1枚ランダムにカードが配布されます>
<ランダム配布の為このカードを変更することはできません>
<最大6枚のカードの保持が可能ですが、使用しない場合はゲーム中に破棄してください>
シャッフルされたカードから1枚のカードが飛び出してきて、チャナの目の前に提示された。
「こ、これ!
超レアの、魅了カードじゃないですかーーー!」
チャナは目の前のカードを慌てて持つと、穴が開くほど見つめた。
「もしかして、今回私って超ラッキーかもしれない。
よし、できる、勝てる、勝って、ヨウキさんにはっきり聞くぞ。」
<ゲーム内の補助キャラを選択してください>
システムからの案内と共に、補助キャラのイメージカードがチャナの前に並んだ。
「えっと、ニコさんに勧められた黄色くて頭に小さいはねてる冠がついた尾が三色のオウムを。
あった。」
チャナがカードに触るとカードから5羽のオウムが出てきてチャナの頭の上を飛び始めた。
「わーかわいい、きれい。」
<選択する補助キャラはこのカードでよろしいですか?>
<変更しない場合は名前を付けてください、再選択する場合は、キャンセルと声に出して言ってください>
「なまえ、」
チャナはニコからは名前を番号でつける方がいいと聞いていた。
補助キャラは1つのキャラをコピーしているため、すべて同じで見分けることができず、つけた名前は背に表示する文字で判別するしかない。
「名前が長すぎると文字の表示が小さくなり、分かりにくく、呼びにくくなるのよね。」
チャナは飛んでいたオウムを順番にさして名前を伝えた。
「ひとみ、ふたみ、みみ、よつみ、いつみ」
<選択する補助キャラの名前はこれでよろしいですか?>
<変更しない場合はOK、変更する場合は、キャンセルと声に出して言ってください>
「これでOKです。」
<設定とカードの取得が完了しました>
<ゲーム舞台へ案内する馬車が登場します>
システムからのメッセージが表示されると、周りにあったカードが消えて、馬の嘶きが小さく聞こえてきた。
馬の足音と車輪の回る音がだんだん近づいてきて、チャナの前で止まった。
<馬車にお乗りください>
<ゲームの舞台に案内します>
チャナは選択した補助キャラたちと目の前の馬車に乗り込んだ。