044_ミーティング中の話
「体感温度を値としてどうとってどう返すか、それは俺も今はどうしたらいいかわからない。
痛みと一緒で、体温の快・不快も外部刺激に対して反応を返すものになる。
個人差のあるものに対して値の増減をどうするかは、難しい問題で0とするのが無難だ。
どうしてもというなら、コントローラを全身装備にするなら可能かもしれないけど。」
シキはミーティングルームで、マシロ、アオバを含む同じプロジェクトメンバー数名とβバージョンのテスト結果に対しての修正について話していた。
「コントローラの全身装備は現実的じゃないよな。
コスト面でもそうだし、プレイヤーの負担も大きくなる。」
ハード設計担当者は苦い顔をしながら、画面に映し出されている要望項目を目で追っている。
「ハード機器の変更は別問題だし、軽量化の方が重要な課題なので、現時点では考えないで。」
プロジェクターに繋いでいるパソコンの資料のページをスライドさせながら、マシロがメンバー全員の顔を見た。
「その満腹度というのはどうする?
学食や街で何か食べても、それなりにおいしいとは思うけど、全然満腹になれない。というのが出てるけど。」
ヨウキが映し出されている項目の1つを指して、マシロの方を見ると、マシロがアオバに視線を移した。
アオバはメンバーの視線を受けて、首を振る。
「それは、実際に食べているわけではないので難しいですね。
ダイエットとかであればいいんでしょうが、ゲームでそれをやると健康被害につながる恐れもありますし。
ゲーム的に言うと、何かを食べて満腹感というパラメータを得るなら、そのパラメータが減ったらどうするのかも考慮しなければならなくなります。
それを入れ込むよりも現時点では、ゲーム内のシステムに制限を加えて、ずっと食べ続けてゲーム進行が難航しないように、ある量の食事をしたら、食事の提供を一定時間止める対応の方がいいんじゃないでしょうか?
満腹感のコントロールよりも、ゲーム進行度合いでの状況判断の修正の方が現実的です。」
「そうか、そうね、食に関することだから、拘る人は多いと思うけど、それをメインに打ち出したゲームでもないから無理に入れることはないわね。
入れるにしてももう少し具体的に考えた方がいいことだし、これは、アオバの案を採用するか、このままいくかのどちらかにした方がいいかな。
じゃ、次はコンテンツの方に進むね。」
マシロがパソコンを操作して次のスライドを映すと、ミーティングルームのドアをノックする音が聞こえた。
ミーティング中は例え来客があっても滅多に取り次がれることが無く、途中で遅れてくるメンバーがいない限り誰かが割り込むことはない。
もう一度ノックの音が聞こえメンバー全員がドアの方に注目した。
「俺が対応するよ。」
ヨウキが椅子から立ち上がりドアに向かうと、マシロはプロジェクターの映像をオフにした。
ドアを開けるとヨウキと同じくらいの背の高さのスーツ姿の男性が立っており、ヨウキもだが、その顔を見たメンバーが驚いている。
このオフィスではスーツ着用者はほとんどおらず、かえって目立ってしまうのだが、ヨウキが驚いたのはそのせいではない。
「青稀兄さん、こっちにくるなんて珍しいな、どうしたの?」
「えっ、青稀さん?
社長?」
ヨウキの声で誰が来たのか分かり、マシロも急いで席を立つとヨウキの横に並んで頭を下げるだけの挨拶をした。
あまり畏まってしまうとショウキが嫌がることを知っているからだ。
ショウキはヨウキに似た目元ではあるが、年が離れていることもありダンディさが加わって、イケオジの落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「お前がミーティングルームにいるって聞いたから、直接こっちに来たんだ。
今のプロジェクトの内容のミーティングなら一緒にいるだろうと思って。」
突然の社長の来訪に、ミーティングテーブルを囲むメンバーは、急に姿勢を正したり、ぽかんと口を開けたりと、かなり驚いている。
アオバはシステム室に入る許可申請のときなどに数回会ったことがあるため、来訪には驚いたがショウキ自体には驚いていない。
隣に座るシキはドアとは反対の方に顔を背けている。
「なに?そんなことで、ここまでわざわざ足を運んだの?
それで、兄弟の顔を見て目的は終わり?」
ヨウキが顔だけ振りむきミーティングルームの中を見ると、ショウキもミーティングルームの中を覗き込み、ミーティングテーブルを囲んでいるメンバーに向かって小さく手を振った。
マシロが振り向くと、驚いていたメンバーは会釈で返したり、手を振り返したりと様々な反応をしていた。
アオバも軽く会釈をしたが、その奥隣りにいるシキはアオバで体半分隠している状態でスクリーンの方を見ていた。
「はは、たまには兄弟の顔を見るのもいいだろ?
意表を突かないと逃げられると思ったんだ、目的はそうだな、別にあるからちょっとこっちに来てくれ。」
ショウキはそう言いながら、ヨウキの隣にいるマシロに断りを入れた。
「ついでだから、ちょっとヨウキ借りるよ。
邪魔してすまないな。」
すでにヨウキの肩に手を置いて廊下側に引き寄せているショウキに、マシロは肩をすくめて返事をした。
「ちょうど一区切りついて次の課題に入るところだったので休憩入れます。
だから、いいですけど、すぐに返してくださいね。」
「じゃあ、ちょっと席はずしてくる。」
ヨウキはマシロに手を振りながらそういうと、ショウキにつれられてミーティングルームを後にした。
開いたままのドアに寄りかかり小さく手を振り返すマシロ。
「そう言えばヨウキさんって、一応偉い人でしたっけ。」
アオバはヨウキの気さくさから普段は忘れているが、一応偉い立場の人だったことを思い出した。
それは、他メンバーも同じだったらしい。
「あー、びっくりした、いきなりショウキさんくるなんて。」
「そうですよね。
いつも、自らあちこちに行って留守にしてるか、どこにあるか知らないけど社長室?で仕事してるかのどちらかなのに。」
「つい忘れがちですけど、ヨウキさんって社長の弟さんでした。」
「社長の代わりにヨウキさんがあちこちに顔出してくれて、気軽に話しかけられるから、つい忘れちゃうけどな。」
「逆にショウキさんは、出会うことのない幻獣扱いですもんね。」
「おお、幻獣にあってしまった、今日はいいことあるかな。」
ショウキとヨウキが出て行ったあと、緊張が解けたメンバーが二人のことを話題にして明後日の方向に盛り上がり始めた。
「あまり、似ていないような。
雰囲気のせい、かな。」
つい最近、シキがヨウキと兄弟だということを知ったアオバは、他メンバーに聞こえない程度の声で呟いていた。
そう、ということは隣に座るシキはショウキとも兄弟だということになる。
「そういえば、ショウキさんって何歳だったっけ?
ヨウキさんとは結構歳離れてるって聞いたことあるけど。
ヨウキさん単体だと、年相応に落ち着いていて優しくかっこいい人だと思うけど、ダンディなショウキさんと並ぶと、さすがのヨウキさんも若造って感じするよな。」
シキとアオバ以外のメンバーは久しぶりに見たショウキにテンションが上がっている。
開いたミーティングルームのドアから半分体を出して、廊下の先にあるエレベーターホールで話す二人を見ながら、二人の話題で盛り上がるメンバーにマシロが声をかけた。
「突き当りのエレベータホールで少し話してるだけみたいだから、ヨウキすぐ戻ってきそうよ。
ヨウキが戻ってきたら、また再開するから、飲み物とか欲しかったら今のうちに持ってきてね。」
エレベーターホール前で話すヨウキが若干不機嫌そうにしており、そんな感情を見せているヨウキをマシロは珍しく感じていた。
距離があるので何を話しているのかはわからないが、込み入った話では無かったようで、ヨウキは5分ほどでミーティングルームに戻ってきた。
ヨウキがアオバの隣の席に座ると、めずらしくアオバからヨウキに躊躇いがちに声をかけた。
「ショウキさんは、」
「ショウキ兄さん?
めずらしい、気になるの?
あの人、妻子持ちだよ?」
シキ同様あまり他人に興味のないアオバがわざわざ他人のことを聞いてくるのは珍しいと思い、ヨウキはついからかい半分に答えてしまった。
アオバのメガネの奥の瞳から冷たい視線で刺されてしまい、体の前に両手をあげて降参のポーズをとるヨウキ。
「ショウキさんは、ヨウキさんとだけ似てるんですね。」
先ほどの二人の会話から、わざとシキの名前を出さなかったのだろうと察したアオバは、自分もシキの名前を出さないように気を付けながら話しをしていまし、あまりよくわからない質問になってしまった。
シキの様子を伝えたかったのだが、困って苦笑するヨウキを見ると、なんとなく意図は伝わっているようだ。
「珍しいというか、ヨウキさんはそんな顔もするんですね。」
始めて見せるヨウキの表情に素直な感想がつい口に出てしまったアオバ。
「はい、休憩終わり、続きを始めます。」
マシロは掛け声とともに、プロジェクターに資料を映し出し、ミーティングを再開した。




