042_次のβバージョンの話
タクトとココアを含むテスターたちのβ版テストプレイが終わり、プレイ中のイベント動画の幾つかがオフィス内の関係者メンバーに公開された。
「それで、タクトとココア相手にテストプレイを希望するメンバーが0になって、まあ、そうだよなって関係者全員思った訳で。
だからタクトには、NPCとのテストプレイをメインにということで落ち着いた。
ココアはもともとテスターには入っていなかったから、企画の方の担当に戻って、そっちに集中してもらう。」
ヨウキがオフィスの五階のカフェでシキとアオバ、そしてタクトを相手に動画公開後のメンバーの様子を伝えている。
それぞれがセルフサービスで飲み物を選んだあと、窓際の白い丸テーブルを囲みながら話を聞いていた。
「対戦希望が0か、それほどタクトが強かったってことか。
納得だな。」
テーブルの上の湯気が立ち昇っているコーヒーカップを両手で包み、コーヒーの表面を見ながらシキが頷いた。
「オフィス内での動画公開は知ってますけど、詳しくは見てないんですよね。
ただ、ゲーム進行時のログは見てたので、納得する展開ではあります。」
アオバもシキ同様に頷いているが、納得しているポイントが違う。
ヨウキは左右にいる黒メガネ二人とも、興味のない動画を見る気が無いことを悟った。
「シキもアオバも関係者の一部なんだから、そこは見といて欲しいな。
ログの勝敗はただの結果の記録だからね。
自分たちが作り出した、そこに映る世界観、建築造形、景色、キャラクター、コンテンツ、スピード、臨場感、その他にも情報は多数あるから。
自分たちが書いたコードと、そこに付け加えられた要素によって出来上がるもの、知っておいて損はない。
興味なくてもな。」
「うっ、興味なくても。」
更にうつむいたシキのメガネに湯気がかかり視界に白いマクがかかりだした。
「制作過程で各担当者が作ったものを自分の役割の目線で見るというのも役に立つよ。
1つの物を作る工程で、自分の仕事が何処に繋がるか、次は、どこにどう渡せばいいか。
役割分担を行っているからこそ、その繋がりを軽視しない方がいい。」
「ヨウキが説教モードになってきた。」
ポケットからハンカチを出すとメガネを拭きだしたシキ。
タクトは普段のヨウキの行動範囲を考えた。
「確かに、ヨウキさんはその繋がりを維持するために奮闘してますよね。
気づくとオフィスのいたるところに顔を出しているようですし。
だから、各部メンバーに懐かれて、、もとい、信頼されている。」
タクトが言い直した言葉にアオバが反応し、少し早い口調で話しだした。
「いえ、タクトさん、「懐かれてる」であってると思います。
ヨウキさんはオフィス内で誰かれ構わず面倒見てますし、懐柔してるみたいです。
うちのグループでも、何かあれば、「ヨウキさんに」と言ってるメンバーよく見ます。
シキさんじゃなく。」
アオバのメガネの下の瞳には僅かな怒りが見える。
シキではなく、それはそれでそうだろうと思いつつ、あまりにも真剣な表情をするアオバに、ヨウキから笑いがこぼれた。
「ははは、誰かれ構わず?懐柔になってるのか。
俺は自分のこと、何でも屋だと思ってるから、オフィス内で困っていることがあれば駆けつけてるね。
だけど、優先順位はちゃんとあるよ。」
「優先順位、あるんですか。」
「今は俺の休憩優先。
でないと、ここでこんなにのんびり話もできないからね。」
「休憩なら自分専用のスペースでもいいんじゃないか。
ここで説教モードに入るより。」
シキはヨウキにではなく湯気が落ち着いてきたコーヒーに向かって独り言をつぶやいてる。
「それで、制作過程でしたっけ?
俺はイベントの結果をコンバートしてコンパイルしてるから、その後の再生テストまではしてます。
だから最初の数分とかは見てますよ。
タクトさんとココアさんのは異常に短かったから、全部再生したのもありますけど。」
「そうか、それで出来上がった動画はどうだった?」
「画質が思ったほどは落ちなかったので、それはいいんですが、コンパイルには時間がかかりましたね。」
「アオバの言う通り、思ったより時間がかかった。
タクトとココアの動画は時間がどれも短くて助かったけど。」
シキは最初にコンパイルしたタクトの動画の再生時間を思い出し、比べて他メンバーの動画の時間が長かったことを思い出した。
「動画の保存に失敗してたチームもありました。
テスター同士の環境で接続時間のずれ幅が大きいと1秒に必要な画像数が同時に撮れなくて、コンバートに失敗します。」
「そうなんだ、俺とココアのところはネット環境はそれなりに整えてるし。
学生バイトとかの一般環境では若干のずれがあったりするよね。」
三人の話を聞いて天井を仰いだ後、手元で空になった紙コップに目を落とすヨウキ。
「そうか、やっぱりユーザへの録画機能の提供はその課題クリア後だな。
・・・というか、それを聞きたかったわけじゃないんだけど。
まあいいか、横つながり云々は。」
「横つながりで言えば、俺はテストに入る前にシキから色々聞いてるからやりやすいですよ。
ココアとの対戦は例外として。」
「そうか、横つながり、いいかも知れないな。」
と、シキ。
「個人を限定しての横つながりを言ってるわけじゃないんだけど。
その辺はマシロがちゃんとやるかな。」
自分で言ったマシロの名前に、ヨウキは最近進んだ計画を思い出した。
「マシロと言えば、ゲーム内の補助キャラをヘルプキャラと同じようにホログラフ化するって話があって。」
「それで、どうなったんですか?」
マシロの名にすぐに食いついてきたタクトの反応はヨウキの予想通りだった。
「今はトウリの方でキャラごとのAI対応をしてもらってる。
けど、全キャラはさすがに難しいから、小リボンチームといっしょに種類を絞ってもらってるとこ。」
「AI、そういえばトウリ最近見てないな。」
「お前もシステム室に入り浸ってるからお互い様じゃないのか?
普通に企画ルームにいるよ?
さっきも会ったから、俺が今度テスターのときに役する第二皇子がAIではどんなキャラ設定なのか聞いたりしたかな。」
「それで?」
「迷えるAIとか言ってたかな。
通常は正解性、重要性、正確性とか、これらを精査して1つの回答につなげるけど、このゲームの攻略対象者は、ゲーム進行中は途中の回答を何度も覆えす必要があるってことで、最後に出した選択がプレイヤーの勝敗を決める正答とするために、迷えるようにしたとか。
だから、選択変更を、受容しながら、最終結果では必ず自分を肯定する性格、だったかな。」
「そうか、さすがトウリだな。」
シキがトウリに感心しているのは分かるが、照れているのかうつむいたまま顔をあげようとしない。
「まあ、そんな感じでキャラごとの性格があるから、補助キャラも大変そうだけど、肝心のプログラムの方の修正を聞いていいか?
テスト結果で報告されたことの修正はいつ頃出来そう?」
ヨウキがシキとアオバ二人に聞くと、シキが下を向いたまま答えた。
「バージョン1.1で関係者の名前をマスクした。」
シキの説明が省略されすぎていたので、続けてアオバが説明を付け加えた。
「ゲームキャラがニコさんたちの名前で反応してたのは、他プログラマーの遊び心だったみたいで。
というより、ニコさんに「キャラにお願いを聞いて欲しいからって。」頼まれて、入れちゃったみたいです。
β版までの対応で一般にでないという条件で。」
「「ああ、うん?」」
微妙なトーンで揃うタクトとヨウキの返事。
二人の目が点になっている顔をスルーして話を続けるアオバ。
「他のテスターがオフィス外のテスターだったのでまったく気がついていなくて、幸いでした。」
「まあ、関係者の名前を知らなきゃ気づきようがないよね、うん。
遊び心か、余裕を感じるな。」
目が点の状態から復活したタクトが、当たり前のことだけどとアオバに返すと、アオバと他の二人も頷いた。
「その他の修正を今週入れていて、β版バージョン1.2としてできるのが、今週中くらい。
だから、ヨウキとチャナがテストするのは。」
「来週、くらい?」
シキの説明に対してのヨウキの質問に、アオバがツラツラと説明を入れた。
「はい、それくらいになりそうです。
タクトさんが負けそうになったヒロイン補正率の調性、イベント発生条件の見直し、カード使用時の不具合や使用回数調整。
あと、他のテスターからも色々意見が出てたのを、今日の午前中に見直して仕様修正が決まったとこです。
今週一杯でその修正が完了する予定です。」
「じゃ、来週後半くらいで半日スケジュール開ける日を作るか。
4時間、、ゲーム時間で夜はスキップされるから、大体1週間か。
もうちょっとかかるかな、チャナ次第で都度調整だな。
タクトたちの1時間ちょっとでクリアという最短時間は、誰にも抜けないだろうしね。」
飲み干して空になっていた紙コップをダストボックスに入れたヨウキは、「じゃ、俺休憩終わるから、」と言ってカフェルームを出て行った。
「本当に忙しそうですね、ヨウキさん。
そんなヨウキさんに挑むチャナさんは勇者というより、、、最前列の兵士。」
アオバがチャナに対してあまり良く思っていないのが伝わってくる。
チャナがというよりシキ関連の人間を振り回すようなことをするすべてに該当するのだが。
「アオバはマシロさんのこと勇者って言ってたけど、なんで?」
タクトはココアとのゲーム終了後に会話していたときに、アオバがマシロのことを勇者と例えていた事を聞き流していたことを思い出した。
「勇者はラスボス倒しますけど、最前列の兵士って100%倒される側ですから。」
「ラスボス、俺ですか。
はい、倒されますね、マシロさん勇者には。」
「勇者でも最前列の兵士でもいいけど、ヨウキなら上手く躱すか逃げるんじゃないか?」
核心を突くシキに「そういえば、そうですね」とアオバは真面目に答えていた。




