041_攻略対象者の話
本日、この国の第二皇子である私が生徒会長を務める「ローズイースト学園」に転校生がやってきた。
そして同日、私は彼女をこの学園から追放した。
学園長から直々に、今日すばらしい才能を持つ転校生がこの学園にくるから、生徒会長である私、デイビーが迎えに出向き案内して欲しいと頼まれた。
もちろん、快く引きうけた。
当初は、転校生がこの美しい学園を気に入って、楽しい学生生活を送ってくれるといいと、思ってはいたのだ。
私と同じ2年生の、宰相子息であるロルフ、騎士団長子息であるヒュー、そして、1年生で伯爵子息であるエルの四人で転校生を出迎えようと門の側で待機していたら、門の前で見知らぬ馬車がとまった。
馬車の扉が開き、降りてきたのは、桜より少し濃いめの髪色の小柄で可憐な少女で、桜の花びらが舞い散る中、ローズイースト学園の門をくぐってきた。
その瞬間に
「さぁ、転校生と一緒に学園生活を始めよう。」
特に何も考えなくても出てきたセリフに、自分でも胸の高まりを抑えられなくなっていた。
出迎えたとき、私の婚約者である公爵令嬢のココアもその場にいたため、ひと悶着あり私は転校生であるタクトを守る立場を貫いた。
小柄で桃色の髪が桜と一緒に吹かれて可愛らしい彼女、そして慣れない環境で困惑している彼女、様々な様相を見せる彼女に心を惹かれながらもこの国の第二皇子として、婚約者のいる身として、令嬢には平等に優しくあるべきだと自分を律したのだ。
そう、平等ゆえに彼女に優しくするのも当然のことだと。
なのに、そのときの私はココアに対しては厳しい瞳を向けてしまっていた。
しかも、いたずらなつむじ風のために、道化たことまでしてしまった。
私の手が転校生の胸に直撃してしまい、婦女子に対してなんてことをしたのかと焦った私は手を離すのを忘れてしまっていたという、何と言う醜態か。
しかもあろうことか私は、それがココアの仕業だとそれが正しい判断だと決めつけ、ココアを責めてしまった。
あの時のことを今考えると、ココアは広い心で「何よりデイビー様はじめ皆さま方には、とても喜ばしいハプニングのようにお見受けいたしましたわ。」と悪ぶることで私を許してくれていたのだ。
第二皇子と言っても私たちも十代の健全な男性なのだ、この可憐な少女に心を動かされても仕方がないと、今はまだ言い訳をさせてもらおう。
初めて、あのように心を動揺させられて、それを恋心だと、高鳴る胸の理由だと思ってしまったのだ。
それが、間違いだとも思わずに、私の心はなんと移ろいやすいことか、正しい選択をしてきたはずなのに二人の女性の間で揺れ動くなど。
確かに、魔法生物の授業が始まるまではタクトという少女に胸の高鳴りを感じていたのだ。
それが間違いだと気がついたは、黒鳥を令嬢に嗾けるタクトの姿を見てからだ。
そしてそれとは逆に、その授業で、今朝ココアに感じた苛立ちが自分の間違いで、その美しさや、優しさに心を惹かれることが正しい選択だということに気がついた。
その後からは、私の送ったスカートがよく似合っているとか、とても些細なことで愛しさが込み上げてきて止められなかった。
教室を図書館にしてしまったココアの発想には驚きと共に尊敬の念を抱いた。
ダンスのときも私のパートナーはそれはそれは美しく、なのに、また、可憐と妖絶の間で、キュートな魅力、セクシーな魅力の間で私に迷いが生じてしまった。
しかも、正直に言うならば、愚かにも心の内では可憐でキュートな魅力に偏りかけていたのだ。
何故だ、私は何て優柔不断な男だったことか。
その後も襲ってきた小動物に足元を固められ、役立たずだった。
だが、そんな迷いが何故か一瞬で取り払われた。
そのとき聞こえたのは「裏技発動」というタクトの声だったが、私は私の正しい愛を、愛するのはココアだという思いを取り戻せたのだ。
そして教室に戻ったときに、愛するココアがいきなり廊下の窓から中庭に飛び降りたのには驚いた。
幸い怪我はないようだったが、私に頼ってくれたらいくらでも土属性や光属性の力で助けたのに、いや、そのような押しつけは烏滸がましい。
私を頼って欲しいと懇願するべきだった。
中庭の花壇での出来事も、飛んでくるエルから咄嗟にココアを庇ったが、ココアから冷たい目を向けられた私は狼狽するあまり言い訳しかできなかった。
そんな大変な混乱の中でココアは状況を冷静に見極めて、判断して、皆を助けてくれたのに、私は気力を失って倒れてしまった。
そう、私は何の力にもなれず、結局ココアは自分の力でことを納めたのだ。
こんな私をココアが見捨ててもおかしくはなかったのだが、弱い私に呆れもせず、「ココア、私を許してくれるのか。」と情けなく問う私を許してくれた。
それなのに、ココアがタクトに嫌がらせをしていると知って、私の心はまた大きく揺らいでしまった。
私への思いと嫉妬のあまり、令嬢を階段から突き飛ばして怪我をさせようとした、その事実にココアへのどうしようもない怒りの増幅と、愛情の薄れを感じずにはいられなかったのは何故なのか。
彼女への愛しさがまるで反転したかのように、私の中で愛する者の取捨選択が逆転してしまった。
私は「私の正しい選択」をして来たはずなのに、何故そこでまた間違ってしまったのだろうか。
この世に生まれたときから、正しい選択を学んできたはずの私が、その選択を都度覆すなど、いや、未熟な私が言い訳を考えても仕方がない。
そして、追放という手段を取るために学園長に働きかけるという愚策を実行してしまったのだが、私は最後に正しい選択ができたことを誇りに思おう。
そこに居合わせた教師に協力を依頼してココアの悪事の証言を得たが、それは何て愚かな行為だったのか今であれば分かる。
人の証言など、その時の感情により変わるものだ、そんなあやふやなものを証拠として裏付けもとらずに資料化して学園長室に持ち込んだのだ。
その為か、学園長に追放の許可を得る説明の最中に、何度か、追放するという使命感をなくしては、また使命感が蘇るという、思いの強弱の波のようなものがあった。
不安に思った私は許可証の発行を待たずに先に教室に戻ったのだが、それが幸いだった。
もし、追放の許可証ができるまでその場に留まり、学園長から私自身が許可証を受け取って教室に向かっていたら、私は自分の間違いを正すための機会を得られなかっただろう。
あの時、教室の前にいたタクトと一緒に教室に入り、ココアの悪事の資料を教室の皆に見せた上で婚約破棄と追放を宣言するつもりだった。
あの時の自分を殴ってやりたい、今思い出しても冷や汗が出る。
ココアとタクトのやりとりを見ながらも、やはりココアが悪だという思い込みのせいで、目が曇っていた。
だが、教室いっぱいに広がった、思い出のシーンのおかげで、私の目の曇りは晴れ、ココアとの思い出を思い出し、ココアに抱いていた、様々な思い、何より強い愛情を蘇らせることができたのはもう奇跡としか言いようがない。
さらに、ココアが美しい金の巻毛をかきあげながら、堂々と言い切ってくれた言葉に私は感動せずにはいられなかった。
「私が皇子妃になるからには、皆さまと一緒に明るい未来を目指すことを宣言させていただきますわ。」
もう、泣きそうだった。
彼女の友人のご令嬢たちも皆、熱い視線を送って、誰もがココアの魅力に取りつかれた瞬間だっただろう。
さらに突然教室を包んだ光が祝福を与えるようにココアに降り注がれて、教室中で拍手が沸き上がった。
寸でのところで追放の書類をココアからタクトに書き換えたことは、全く正しい選択だったと言える。
追放された者は二度とこの学園に戻ってくる事は出来ない、ということは、私は本当に愛する彼女と永遠に別れることになるところだったのだ。
本当によかった、何も思い出さなければこんなに愛しいココアを永遠に失うところだったのだから。
タクトの別れのカーテシーに涙する心の優しいココア。
私の優柔不断さのためにココアを傷つけてしまった手前、ロルフ、ヒュー、エルからの求愛をやめさせることはできない。
そう、彼女には多くの愛を受け取る資格があるのだ。
そして、今、私は誰にも負けないくらいの愛を彼女に伝え続けよう。
それが私の正しい在り方だ。




