040_許可の話
「タクト、ココアはそんなに強敵だったのか?」
通話を開始したとたんにシキがソワソワした声で唐突に切り出した。
「うん?
そうだな、うん、強敵だったけど、最強だったのはヒロイン補正だな。
シキ、ヒロイン補正、強敵過ぎ。」
「ヒロイン補正がなんで強敵なんだ?そこはココアじゃないのか?
タクトが追放エンドで負けたからどうしたんだと思ったけど。
ヨウキは笑って、アオバは納得してる、訳が分からない。」
勝ち負け判定がAIと同じなのはシキらしいと思いながら、ソワソワした声の原因がこれだったのかと納得した。
「ゲーム終了結果がタクトの負けだったから理由を知りたくて、すぐに連絡しようとしたら、ヨウキからちょっと待った方がいいって止められた。」
連絡のタイミングがいつもより遅かったことにも納得がいったタクト。
「ゲームの正式勝ち負け判定だとそうだけど、俺は最初から追放エンドされようと思ってたから。」
「そうなのか?」
「ココアは逆にヒロインの俺をハーレムルートに入れようと画策していて、だから俺の思い通りのエンドにはなったんだ。
だからここでの勝敗は、プレイヤーとしては俺の勝ちで、ココアの負けってことになる。」
「そうなんだ。」
シキからは、落ち着きを取り戻した声で返事が返ってきた。
「ところでそこに、ヨウキさんとアオバもいるのか。
一人じゃないのは珍しいな。」
いつもならシキが一人でいるシステム室に他のメンバーがいるのは珍しい。
システム室の場所を知るメンバーはオフィスでも片手の指で足りる程度の人数で、タクトもその場所がどこなのかは知らない。
そのメンバーも極秘で、本来はタクトが知ることはないのだが。
「そう、今回はプレイヤー二人な上に、複数のシステムを同時に動かしていたからアオバに手伝ってもらうことになった。
ヨウキは何か、軽食というか、早めの昼食を持ってきただけだな。」
「まさか、また昨日の夜からそこにいたりしたのか?
で、何も飲まず食わずで?」
「いや、夜じゃない、朝早かっただけで、、、何か食べたっけかな?」
口ごもるシキの言葉が聞こえてきたアオバも、「そういえば。」と思い出したように呟いた。
「そういえば、ここに入ってから飲まず食わずだったような気が、ヨウキさんがあれ持ってくるまで。」
アオバは空になっているビニール袋に視線を移すと、ヨウキがスマホをテーブルの上において誰かと話しているが、通話をスピーカーで行っているので丸聞こえだ。
シキの近くで話すアオバの声をシキのヘッドセットのマイクが拾い、タクトにもかすかに聞き取れた。
「今の声は、アオバか。
ヨウキさんがいなかったら飢え死にしそうだな二人とも。」
「反論できない。」
「それで、シキとアオバはシステムを見て、ヨウキさんも俺のログアウトを知ってマシロさんに連絡してたんだ。」
だからログアウトしてすぐ、マシロさんに様子を見るように伝えることができたのかと、つながった。
「うん、今ヨウキとマシロが話してるみたいだ、補助キャラが何とかって、製品化?
俺には関係ない話みたいだけど。」
「ヨウキさんとマシロさんがまた話してるのか、補助キャラ?製品か?
気持ちの問題の対応かな?」
タクトはつい先ほどのマシロとの会話を思い出した。
シキの後ろで、他のプレイヤーの現在のプレイログを見ていたアオバが振り返ってシキに伝えた。
「シキさんにも関係ありそうですよ。
ヨウキさんスピーカーにして話してるんで、会話が丸わかりです。
ゲームエンドを条件に補助キャラのホログラフィを増やせるようにするとかどうとか。
たぶん、同時進行のジョブが増えるんじゃないでしょうか。」
「ふーん、そうなのか別にいいけど。」
「シキさんと俺はそうですけど、他メンバーへの説明はめんどくさそうですね。
説明、進行はマシロさんの仕事ですから俺たちが心配することじゃないですけど。
このタイミングでそれを増やすって、許可されるのかな?」
アオバが様子を見ていると、ヨウキはOKしている。
「なんだか、社長にまで話が進みそうな感じですね。」
アオバの言葉にシキの表情がわずかに曇った。
「俺には関係ないよ。」
明らかに落ちているシキの声のトーン。
「どうしたシキ、アオバと話してるみたいだけど、何を聞いた?」
アオバは、自分の言葉でシキが微かに動揺した変化に気づき、その動揺はアオバ自身も動揺させた。
「シキさん?どうしました?
俺、何か言っちゃいけないこと言ったんですね?」
シキは後ろのアオバとパソコンの向こうのタクトに向けて答える。
「いや、気にしなくていい。
あいつらが許可したら映像担当の仕事が増えるだけだな、俺には関係ない。
それよりタクトの話だ。」
シキの動揺を感じつつも、いつもなら黙り込むシキがそれをせずに逸らして話を続けたので、多少安心したタクトは話題を遡って会話を続けた。
「マシロさんたちの話か、補助キャラとかなら、俺関係かも。
さっきマシロさんに補助キャラへの喪失感があるようなこと話したから。」
「タクトが喪失感?
それは重要だな。
後で詳しくマシロに聞いとくから。」
先ほどとは違い、かなり前向きな言葉を返すシキに、笑いをこらえたタクト。
「タクトさんが喪失感?」
話に割り込む気はなかったアオバだが、かなり意外な言葉に、つい同じ言葉を声に出して繰り返していた。
「アオバも興味あるなら招待するから入ってくれ。」
アオバが繰り返した言葉を耳ざとく聞いたシキの行動は素早かった。
「えっ、あ、はい。
招待、きてますね、入ります。」
ポケットからスマフォとイヤホンを取り出すとミーティングアプリに招待メッセージがすでに表示されていた。
アオバの返事を待つことなく、招待を送られていたようだ。
「お疲れ様です、タクトさん。
ログしか見てませんけど、圧勝でしたね。
そして、ゲームクリアの最短時間、これ抜けるメンバーはいないと思います。」
チャットグループに入って淡々とした報告的な挨拶にタクトは苦笑している。
「お疲れ様、アオバ。
最短時間になったのは、ココアの努力のおかげかな。」
「そうなんですね、これからメインイベントでの録画を今の時間に伸ばす作業をするんですが、これもそんなに長くないんで助かります。」
アオバは通話しながら、パソコンのディスプレイで録画開始時点のスナップショット数と録画データを確認した。
「接続時間を入れて計算し、クラウドの保存データの時間をリアル時間に直してコンバート、コンパイル作業するんだっけ?」
「はい、クラウドデータにはゲーム時間で1秒5ショットが保存されています。
これをリアル時間の1秒5ショットだから、今回だと約1/10倍速のコンバートを行ってコンパイルしなおす作業ですね。
解像度がどれくらい落ちるか、時間と比例して1/10倍くらいなら問題ないんですが。」
「あれ?」
タクトが手元のパソコンキーボードの上で寝入ってしまったホワイトタイガーに気がついた。
「どうしたんだ、タクト、何か問題でも?」
「いや、ヘルプキャラのホワイトタイガーがいきなり寝始めたから。」
「ああ、難しい話を聞くとスリープ状態になるキャラもいるから、それじゃないかな?
話かけるか、マウスを動かすとスリープ状態は解除されるぞ。」
シキが当然のように言うので、タクトがマウスを軽く押してみると、ホワイトタイガーが欠伸をしながら起き上がった。
「なんだ?難しい話するなよ、そんな話しされたら30秒でスリープ状態に入るからな、俺は。」
キーボードの上に寝転がって片手で頭を支えながらまた欠伸をするホワイトタイガーは、鼻とひげをピクピクさせながらタクトを睨んでいる。
「ほんとだ、これは俺も把握してなかった。
スリープモード何てあったのか。」
「はい、難しい話という認識はキャラごとに違いますが、俺様形のキャラはスリープモードまでの初期設定は30秒です。」
アオバが説明書も見ずにスラスラと答え、ついでに離れた場所にあるテーブルでヨウキが話している内容を付け加えた。
「そう、それで、補助キャラもヘルプキャラと同様にホログラフィ化するって話になってるようですよ。
マシロさんからヨウキさんへの提案のようです。」
「マシロさんが、俺のために。」
タクトの声のトーンが変わったことに気づいたアオバが、つい最近聞いたことを思い出した。
「キャラ変一番の男ってオフィス内で話題になってるそうですよ、タクトさん。」
「「なんだそれ?」」
シキとタクトが声を揃えた。
「ココアからさっきゲーム内で聞いたばかりだけど、オフィスで話題にって。
そういえば、「「こんな奴だったか?」と社内を騒がせてる」とか、言ってたような気が。」
「タクトさん、前カノたちと別れても全然平気そうだったじゃないですか、それ知ってるオフィスの人たちはタクトさんに恋情を持ち込もうと思わないそうですよ?」
「その複数形やめてくれ、そんなにたくさんと付き合ってたわけじゃ。」
「そうなのか?
俺は、大学のときに人気あるやつがいると認識してたけど、気のせいか?」
「そうなんですか?
俺はここに来てからしか知りませんけど、そんな前からそうだったんですね。」
「二人とも、今はその話はやめないか?
ヨウキさん、マシロさんとスピーカーで話してるんだろ?」
「誰にでも優しいタクトさん、誰にでも面倒見のいいヨウキさん、お二人ともオフィスで通説みたいですよ。
だから、今更な気がします。
オフィス内で彼女になろうと思う人なんていなかったのに、マシロさん勇者ですよね。」
「だから、俺をディスるのは、今はやめてくれ。」
タクトの懇願じみた声を聞きながら、アオバは目についた新しい出力ログの内容を二人に伝えた。
「ココアさん、ログアウトしたみたいです。」