039_気持ちの問題の話
「ログアウト」
エンディング曲の終わりを待たずにログアウトしたタクトだが、ソファに横になっている感覚が戻ってきてもそのまま目を瞑っていた。
しかし数分もしないうちに、暖かいものが顔にまとわりついてきて鼻の頭で止まった。
「この暖かさはリアルと言っていいのかな。
でも、ゲーム内では温度を感じられなかったから、癒され感はあるよな。」
タクトが瞼にかけていたスコープをあげると、目の前にはヘルプ機能付きのキャラクターであるホワイトタイガーがいた。
「よ、お帰り!
なかなか楽しんだようだな。」
鼻の頭にまたがっているので、視界が定まらずぼやけてはいるのだが、得意げな顔を向けているんだろうなというのは想像できた。
「ただいま、そうか、そうだな、楽しかったよ。
度々、テストを忘れそうになるくらいには。」
自嘲しながら体を起こしヘッドセットを取ると、ホワイトタイガーがヘッドセットの上に短い脚を組んで座ったので、そのままテーブルに置いた。
「どうした?
声がちょっと情けなくなってるぞ、負けて悔しかったのか?」
黒い瞳を見開き、ひげをピクピクさせて下からタクトの顔を覗き込むホワイトタイガー。
「声の調子まで判断できるなんて、優秀だな。
それに負けたことまで把握している、、、のは当たり前か、攻略対象者の好感度からイベント情報諸々までゲーム情報を取得して、その上でのヘルプキャラだったな。」
「おう!
俺様は優秀なサポーターでもあるホワイトタイガーだからな。」
ゲームでは追放イコール負けが正しいが、実はタクトとココアの間では追放イコール勝ちだということは、そのうち学習するのかもしれないが、プログラム的に正しくないので今はそこまでの解は得られないらしい。
「負けて悔しいなら、一杯やるか?
出せるのは、俺様だけが飲めるバーチャルミルクだけだけどな。」
ニカッと笑ったホワイトタイガーがパチンと指を鳴らすと、ミニカクテルグラスと牛乳瓶が宙に現れて、もう一度パチンと鳴らすとカクテルグラスに牛乳が注がれた。
「じゃ、乾杯。」
牛乳がギリギリまで注がれたカクテルを持つと、クイーーーーッと、一気に飲み干して、グラスとウィンクをタクトに向けるホワイトタイガー。
「どうだ!ちょっとは元気が出たか?」
口の周りが白くて分かりにくいが、濡れた様子から見事な牛乳ひげができているのがわかる。
「はは、そうだな。
口の周りに牛乳がついて、ひげから滴ろうとしてるところまで鮮明でリアルなホログラフィだな。」
慌ててグラスを放り投げてモフモフした手で口の周りを必死に拭いているホワイトタイガーを感心して見ていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
急いでソファから立ち上がってドアを開けに行くと、廊下に立つマシロに抱きつくタクト。
「マシロさん、会いたかった。」
そのまま部屋に招き入れ、先ほどタクトが座っていたソファに二人で並んで腰を下ろした。
「ついさっき、ヨウキから連絡があって、タクトがゲームクリアしてログアウトした見たいだから、様子見てって言われたんだけど。」
「ヨウキさんが?
ログアウトがわかったのなら、シキと一緒にシステム室にいるってことかな?」
「そうみたい、ココアと接戦で、すごい楽しんだみたいね。」
「うん、そうかな、ちょっとへこむくらいには、楽しめたよ。」
並んで座るマシロの肩に軽く頭を乗せて、テーブルの上のノートパソコンの画面に表示されているゲーム結果を指した。
ヘッドセットの上に座っていたホワイトタイガーが立ち上がり、隣に置いてあるノートパソコンのキーボードの上を歩いてくると、表示結果をペチペチとたたき出した。
「そうなんだ、そいつ、負けてへこんだなんて言いやがるから、俺がミルクで乾杯して元気づけていたところだ!」
「いや、負けてへこんだとは言っていない。
補助キャラに選んだひよこたちが、すごく懐いてくれてたから、何というか、喪失感、かな?」
「負けじゃなくて、ゲームキャラに会えなくてへこんでたのか!?
俺というものがありながら!!!
元気づけるんじゃなかった。」
ホワイトタイガーが黒い瞳を潤ませながらキーボードの上でカチャカチャと地団太を踏み出したが、本人はホログラムな上にスピーカーから出ている音が当てられているだけなので、パソコンには一切害はない。
「ニコがイメージキャラをトウリがITを頑張ってたから。
意志を持ったキャラクターとの交流でタクトにそんな喪失感を与えるなんて。
喪失感、気持ちの問題だけど、それは問題よね。」
マシロがソファに深くもたれると肩に乗せていたタクトの頭にその振動が伝わり、心地よさげに目を細めるタクト。
「油断してたと思う。
ところでマシロさん、ココアから聞いたけど、何で溺愛されるハーレムルートを了承したの?」
細めた目をそのまま閉じてマシロの声を待つタクト。
「タクトがハーレムルートに入りたければ、そのままだろうし、入りたくなければ入らないだろうと思って。
ココアには悪いけど、タクトが自分の意志に反して負けるとは思えなかったから。
もし、入りたければ、私の了承があったほうが後ろめたくないでしょう?」
マシロの肩が揺れているので、面白がっているのがわかるが、タクトは目を閉じたまま眉間にしわを寄せている。
「無理、おれはマシロさんしか溺愛したくないしされたくない。
もし、マシロさんとこのゲームでデュエルしたら、絶対クリアできない自信がある。
攻略対象者たちをどんな手を使っても追い堕とすし。」
「は、はははっ」
笑った弾みで肩から落ちそうになったタクトの頭を、マシロは両手で受け止めてそのまま膝に落ち着けた。
「俺様はおまえらに何を見せられているんだ。
以前のクールなお前はどこに行ったんだか。
さすが、キャラ変一番の男だな。」
地団太を踏むのに飽きたホワイトタイガーが、キーボードの上で胡坐に肘を立てて頬を支えながら二人を見物していた。
マシロの膝から見るホワイトタイガーの目線が平行になりお互いを見つめ合う形になっている。
「だから、なんで、大食漢の人たちがやる味変みたいに言うのかな?」
頭にマシロの手が添えられたまま、視線だけホワイトタイガーに向けていると上からマシロの声が聞こえた。
「キャラ変一番の男って、ココアが言ってたの?
そういえば、ココア以外からもオフィスで誰かそんなこと言ってたような。」
ホワイトタイガーがキラッと黒い瞳を光らせた。
「あと、もう幾つか、何とかの男って言われてたよな。」
ホワイトタイガーの物言う目に宿った光を見てとったタクトは、せっかく録画されていない状態でココアに振った会話をマシロの前で暴露する気だと気づいたが、ホログラフなホワイトタイガーの口を塞ぐことはできない。
サウンドをオフにしても不自然なだけなので、どうしたものかと考えて思いついたことをそのまま言葉に出した。
「AIキャラって、初期化できるのかな?」
タクトのつぶやきにホワイトタイガーは頭をガーンッと打たれたてショックをうけた顔をし、瞳はわなわなと揺れ出した。
「な、なんてことを言うんだ!
そんなこと許される訳ないだろ、お前はそんな奴じゃないよなっ、なっ!
もしそんなことしたら、絶対、喪失感が半端なくなるからな!」
ホワイトタイガーに滝のような汗が流れる効果がプラスされている。
「ゲーム内の一言一句記憶されているということだよね?
人間みたいに記憶が薄れる訳もないし、忘れてもらうにはどうしたらいいかと思ったけど、そんなに焦るということはできるのか。」
「勝ち誇った顔しやがって、お、お前なんか、、、クッ
膝枕してもらってるからっていい気になるんじゃねーよ!
覚えとけ!」
キーボードの上にいたホワイトタイガーは回れ右をしてパソコン画面の中に入ると奥に走って消えていった。
画面にはゲームクリア時のヒロインタクトの3Dとステータスが表示されている。
「ヘルプキャラが喧嘩するくらいにタクトに懐いてる。
補助のひよこキャラも、ゲームはじめて1時間くらいの間で、それくらい仲良くなったってこと?」
「こっちでは1時間でも、あっちでは、この結果だと約9~10倍速くらいになってたみたいだから、
7~8時間くらいで、朝から夕方までかな。」
「そんな時間ゲームしていて、実は1時間しかたっていないってわかったときの感想は?」
「1時間でも、半日でもマシロさんに会えない時間は長いよ。」
タクトの答えに微妙な顔をしたマシロ。
「一応このゲームのコンセプトでもあるんだけどなぁ。
ゲームしてたら夢中になって、「もう!こんな時間!」というのが普通だけど、このゲームは、「まだ!こんな時間!」と思えること。
売りなのよ?」
「ソウデシタ。
ごめんなさい。」
顔を膝から起こすとマシロの両肩を持って、そのままゆっくりとソファに押し倒そうとするタクト。
「悪いと思ってないって顔で言われても、ね。」
パソコン画面の方を見て、指差しするマシロ。
パソコン画面には先ほど消えたはずのホワイトタイガーが、立体状の丸いモフモフの顔だけを画面から飛び出させていた。
「おい、仕事忘れんなよ。
まだ昼前だぞ、チェックリスト潰すんだろ。」
「そうか、まだこんな時間だった。」
リアル時間で1時間でも気分は残業だなと、残念そうにマシロの肩から両手をは離す。
マシロは少し離れたタクトをギュッと抱きしめてからソファを立った。
「私も仕事の続きするから、お昼ごはんは一緒に食べに行こっ。
また、声かけるから。」
「わかった、俺もさっさと終わらせるよ。」
タクトが立ったマシロを抱きしめ返すと、ホワイトタイガーが「おれにみせつけるんじゃねーー」とばかりに、画面から飛び出た顔の口を大きく開けて「がおおおお」と鳴いている。
威嚇するように鳴いても10cm程度のモフフワなホワイトタイガーは可愛いだけなので、タクトとマシロはほんわかとした目で見つめている。
見つめた先に、ミーティングアプリからの通話アイコンが表示されたのをマシロが気づいた。
「シキからの連絡が入ったみたい。」
「そう言えば、今日はちょっと連絡してくるタイミングが遅かったな。」
「じゃ、あとでね。」
マシロが廊下に向かうと、タクトはパソコン画面に表示されていたシキからの通話アイコンに応答した。




