038_エンディングの話
第二皇子がタクトの追放を宣言すると、イベントのシーンを切り取ったスクリーンが徐々に消えていき、タクトとココアの前に表示された薄白いパネルが属性カードの効果が終了したことを告げた。
続けて、薄白いパネルはゲームの結果を告げる。
<ヒロインの追放が宣言されました。>
タクトは拳を強く握り、小さく振りあげていた。
<悪役令嬢のハーレムルートイベントが解放されます。>
ココアが入手していた第二皇子、ロルフ、ヒュー、エルの笑顔ショットのカードが、ココアから飛び出ると教室を回り始め光り輝きながら飛び散り、その光はココアに全て降り注がれた。
それぞれの席についていた生徒たちから、何故か拍手が沸き起こっている。
ココアも残念には思っているものの、このデュエルの勝者であるタクトに拍手を送った。
「いや、ここは、公爵令嬢のココアへの称賛だろう?
ヒロインは追放だよね?」
負けたはずの自分に送られる拍手に微妙な気分を味わっていると、廊下から力強い足音が近づいてきた。
「第二皇子、デイビー君!
さっき頼まれた追放の件、学園長から許可証をもらってきた。
もちろん、学園長の印も押してもらっている正式文書だ。」
大声で叫びながら教室に入ってきたのはマッチョな男性教師だった。
「そういえば、階段つき落としイベントのとき、デイビー様と一緒にどこかに行ってたな。
学園長のところにお使いに行かされていたのか。」
マッチョな男性教師は両手を上下に許可証を持ち、まるで勝訴報告のように皆に見せながら第二皇子に近づいた。
「ああ、ご苦労様でした。」
第二皇子がマッチョな男性教師から許可証を受け取り確認すると、許可証には、確かに追放の許可とその理由、追放者の名前と追放の日、最後に学園長の名前と印が押されていた。
「ちょっと修正があってね、まあ、私のサインも入れるから。」
穏やかな口調で胸のポケットからペンを取り出すと、まったく表情を変えずに許可証を教壇の上に置き、ある部分を二重線で消してさらに書き加えた。
「じゃぁ、ココア君、君は今日限りでここを追放だ。
私と一緒に玄関まで、、、」
マッチョな男性教師がココアに腕を伸ばそうとしたが、それを書類にサインをしていた第二皇子が片手で遮り、「これでよし」と呟くと、書き直した書類を皆に見えるように広げた。
「ココアじゃなく、追放はタクトの方だ。」
書類に書かれていたココアの名前に二重線が引かれており、その上にタクトの名前が記載されている。
訂正印の代わりなのか、デイビーと第二皇子のサインも添えられて。
マッチョな男性教師は許可証を見て、第二皇子の顔を見て、また許可証を見てと繰り返し、ココアに伸ばそうとして遮られたままの手を慌てて引いた。
「えっ?あれ、本当ですね。
ココア君からタクト君に名前が変わっている、気がつきませんでした。
いや、うっかりでした。」
おかしいなと首をひねりながら、窓際のタクトの方に行くと、タクトに手を差し伸べ直した。
「じゃぁ、タクト君、君が今日限りでここを追放だ。
玄関先に馬車を待たせているから、私と一緒に来てもらおう。」
「以外に紳士らしい追放の案内だな。」
舞台は学園、通っているのは貴族の令息令嬢の設定だ。
さすがに、騎士に取り押さえさせたり、いきなり学園外に放り出すことはしないらしい。
マッチョな男性教師の後で第二皇子が追放の許可証を丸めながら、業務連絡とばかりにタクトに伝えた。
「外に馬車を待たせているは学園長のせめてもの君への気遣いだ。
これまで慣れ親しんだ学園を去るのはつらいだろうが、君の自業自得だ。
謹んで受け入れなさい。」
今朝来たばかりで、学園長に会ったこともないし、何も慣れ親しんでもいないが、
「はい、もちろん喜んで。」
スカンツのスカートの左右をつまむと可愛らしいカーテシーを披露したタクト。
「ああ、なんて可愛らしいのかしら、やっぱり見たかったわ。
ボーイッシュなヒロイン(中の人がタクト)のハーレムルート。」
「ココア様、これ、よろしければ。」
悔しがるココアに、侯爵令嬢が柔らかな布にレースが編み込まれた白い奇麗なハンカチを差し出した。
ココアはそれを受け取ると、そっと目頭を押さえる。
周りの取り巻き令嬢上たちも、思わずもらい泣きをしている。
「ココア、タクトのために涙を流すなんて、、、。
そんな君をこれ以上傷つけないように私は全力で君を守るよ。」
熱い眼差しを向けて、ココアに誓いを立てる第二皇子と頷く攻略対象者たち。
段上の席から見学していた生徒たちは、生暖かく見守ったり、割り込めない悔しさに涙したりと様々だ。
「ハーレムルート、無理だな。
やっぱり俺は追放で正解。」
タクトは差し出されていたマッチョな男性教師の手を遮り、そのまま回れ右させるとその背をひよこたちと一緒に両手で押して、ココアと盛り上がる攻略対象者たちの横をすばやく抜け去った。
廊下まで出ると、
「タクト君、何をするんだ、押すのはやめてくれ、君はどこまで俺を振り回すんだ。」
背を押すスピードがあまりに早かったため体育のときのダンスを思い出したのか、マッチョな男性教師が冷や汗をかきながらタクトに懇願し始めた。
逞しい体を持つ男の瞳に滲む涙に、本気で気の毒に思えてきたタクト。
「うん、何かごめん。
とりあえず、早くあの場から避難した方がいいかと思って。」
ひよこたちも一緒に頭を下げて誤った。
二人が去った教室の中では、さっそく攻略対象者たちがココアを囲んで愛を語り始めて、その声は廊下まで聞こえる。
そして、攻略対象者たちからの愛だけではなく、彼らに張り合いながらココアを称賛し、憂いを取り払おうとする三人の取り巻き令嬢たちの声も負けてはいない。
「ココアへの好感度って攻略対象者だけじゃなく、取り巻き令嬢の方もかなりのものだったということか。
俺の方はバグで封じられたんだけど。
どちらにしろ、好感度をそこまで高くなるようにAI学習させるココア。
素でやってるところが怖かったかな。」
今までのデュエルを振り返るタクトだが、歩き出した足は無意識にだんだんと早くなっていき、前を歩いていたはずのマッチョな男性教師がいつの間にか置いて行かれている。
今朝、攻略対象者たちと歩いて来たルネッサンス調の長い廊下を今度は反対に進み、やがて見えてきた大きなホールを突っ切って迷わず玄関に続く階段を下りる。
階段を下りた先にある玄関の扉が大きく開いたままになっていたので、外に停まっている木製の質素な馬車が見えた。
「あの馬車が学園長の心遣いでいいのかな?」
マッチョな男性教師に確認しようと振り返るが、タクトのすぐ後ろにいると思っていたマッチョな男性教師がいなかった。
「なんで、追放される君が、俺を置いていくんだ?」
置いて行かれていたマッチョな男性教師が階段の途中から小走りで、息を切らしながら追いついてきてた。
ゲームイベント的にはまったく関係のないモブな先生だが、色々とタクトのせいで被害にあっていることも事実なため、さらに申し訳なくなってきた。
「なんか、また、ごめん。」
タクトに二度も謝られてしまったマッチョな男性教師は、分が悪そうに頭を掻き、目を閉じて頭を下げた。
「いや、教師なのに力及ばず俺の方こそ申し訳ない。
これでも、体力には自信があったんだが、俺も今回のことで自分を過信しすぎていたと十分に反省したよ。」
下げた頭を上げると息を整えたマッチョな男性教師は、大きく開かれた扉を出て、玄関先に停まっている馬車の前まで行くと馬車の扉を開けた。
「ここでお別れなのが残念だが、もう決まったことだ。
この馬車に乗って行ってくれ。」
「ありがとう。」
開けられた扉からタクトと補助キャラのひよこたちが馬車に乗り込むと、ゆっくりと扉が閉められ、「言ってくれ」と御者にかける声が聞こえた。
馬の鳴き声と共に動き出す馬車。
「やっと、終わりだ。」
揺れる馬車の椅子の背にもたれて外を見ると、桜が舞い散る中、夕日でオレンジに色づいたマッチョな男性教師が両手を大きく振っている。
沈みかけた陽の中へ走り出した馬車は大きいアーチ状の門をくぐり「ローズイースト学園」を後にした。
馬車に座るタクトの膝の上に補助キャラのひよこたちが五羽とも集まり固まって寄り添い目を閉じてスヤスヤと休みだした。
「そうか、これでひよこたちともお別れか。
それだけは名残惜しいな。」
ひよこを撫でていると、夕日が沈むのに合わせて馬車の中が暗くなり、窓の外の景色が森の中に変わっていき、更に森を奥に進むに連れて暗くなっていく。
真っ暗とは言えないが視界がほとんど効かなくなったころ、いくつかの白い光りが蛍の光のように浮かんできて、それが徐々にカードに形を変えていった。
撫でていたはずのひよこのモフモフを感じなくなると、白く光ったカードがひよこたちの絵に変わり、最初にログインしたステージに戻ってきていた。
「補助キャラは、やっぱり最初に選択したカードの状態に戻るのか。
ありがとう、楽しかったよ。」
エンディング曲が流れだし、タクトの目の前には薄白いパネルが現れた。
<追放先はゲーム世界の外の世界です。>
<エンディング曲終了後自動的にログアウトします。>
<エンディング曲の終了を待たない場合はすぐにログアウトしてください。>




