036_断罪イベントの話
「ニコ」
もう一度、今度は名前だけを言ってみると、腕にしがみついていたアイアイが爪を立てながら肩まで登ってきて辺りをキョロキョロと見まわしだした。
「体全体が丸っぽくなっても、鋭い爪は有効なんだな。」
肩に登ってきたアイアイは爪を制服に食い込ませながら、大きくふわふわな黒い尻尾を振り回してはタクトの頬をペチペチと叩いてくる。
「これは、自分たちの生みの親の名前を気安く呼んだから、もしかして腹いせかな?」
野良キャラのはずのアイアイだが、コクコクと頷いて目を細め、片手を前にだしている。
元々中指が長いので、手を前に出すだけでそれらしく威嚇しているように見えるのが可愛らしいかも知れない。
「やっぱり、スタッフの名前、何かしら組み入れてるのか、いつの間に。
遊ばれてるな。」
仕方ないと嘆くタクトの肩を占領されてしまったタクトのひよこたちが、アイアイたちとにらみ合い一触即発といったところだ。
「さっき、トウリの名前を出したときのAI悪役令嬢の様子とはまた違って可愛らしい反応だけど、、、」
トウリの名前を出すと、補助キャラたちどころか、攻略対象者たちどころか、すべての生徒が立ち上がって天を仰いだ。
「・・・トウリ様?」
プレイヤー以外のすべてのキャラたちが、天井を見上げて声を揃えていた。
AI担当のトウリをすべてのキャラが神と呼んでいるということだ。
それは本当に一瞬で、皆すぐに我に返り、攻略対象者たちは、ココアを睨みつけ、野良の補助キャラたちは相変わらずタクトを囲んで騒いでいる。
他の生徒たちは、何かが始まるという緊張感に包まれた。
緊張感の中、第二皇子デイビーが、タクトの腰を更に引き寄せながらもう一方の手を教壇の上にある先ほど投げ置いた資料に伸ばしたが、タクトがいち早くその資料を手で押さえた。
資料を抑えるタクトの手から腕、そして顔に視線を移動させた第二皇子が、「何故?」という瞳をタクトに向けるが、その瞳に気づかないふりをしたタクトは生徒たちの中にいるココアに向かって声をかける。
「名前だけだと騒がしくなったり、静止したりするだけで、とても、補助キャラたちに何かの行動させることができるとは思えないし、そういった属性のカードもない。
ということは、本人を降臨させたということか。」
「あら、気がつかれましたの?」
ココアの扇の奥の瞳と口がさらに弧を描く。
「さっきココアがログアウトした後にログインしたのはココアではなく、」
タクトが第二皇子の手を振り払って、目の前の段差を登りココアの席に近づくとココアはあっさり認めた。
「ええ、そのとおり、ニコですわ。
ふふふ、降臨、ニコがログインしたとたんに教室の窓から補助キャラたちが瞬時に集まったと聞いたので、その表現通りだったと思いますわ。
ニコがゲームプレイはしなくてもいいけど、自作のキャラがどんな感じなのか知りたいっていうものですから、少し変わったのですけど。」
ニコの名前に補助キャラたちがまたソワソワウロウロとしだしたのだが、ココアが扇を補助キャラの方に向けそのままタクトの方に移動すると、タクトからいったん離れていた補助キャラたちがタクトに再度集まりよじ登り始めた。
「自分たちにとっての生みの親だから、それを察知して一斉に集まっていったのか。
そして、そのときニコが補助キャラたちに何か入れ知恵でもしたと。」
「ふふふ、ご推察通りですわ。
テストプレイならではの手段でしょう?」
「いや、テストプレイはユーザー目線でするべきで、これは明らかにスタッフ間の内輪の遊びだ。
だから公開する前にスタッフの名前で反応するような制御は除外だろ?」
タクトはかなり呆れながら続けた。
「後もう1つ、ログインユーザーの変更は公式的にはアウトだ。」
「アウト、上等ですわ。
ユーザーは何をするかわからないということは、タクトが一番よく分かってる事じゃなくて?
単独プレイのように仲間の助けを呼べないゲームでは、自分が攻略できな部分を他の人に頼る、常識よ。」
扇を回して得意げに語るココアに、常識を今更語るのか、という目を向けたタクト。
「まあね。
公式でアウトでもできてしまうことは、やるよね。
個々のプレイヤーを制御するようなことはしていないし。」
体中を野良キャラに乗っ取られているタクトの周りで、自分の領地を取り戻そうと戦うタクトのひよこたちは多勢に無勢という感じで、追い払われている。
「タクト、こっちに戻ってきてくれ、君がココアをかばう必要はないんだ!」
教壇の方から第二皇子がタクトに向かって叫ぶと、ロルフ、ヒュー、エルがタクトに向かって登ってくる。
「ココア様!」
三人の取り巻き令嬢がココアの前に出ようとしたのをココアが制して自分の後ろに下がらせた。
「大丈夫でしてよ。
きっとうまくやり遂げて見せますわ。
何しろ、私たち一人に見せかけたチーム戦をやり遂げましたもの!」
「チーム戦、、、サシの勝負はどこに、いや。
それで、生みの親本人が補助キャラたちに何をしろと?」
ここまで来て好感度を逆転されたのだから、うすうす分かってはいるものの。
「ふふふ、その額に滲むのは冷や汗かしら?
もちろん、持っている力すべてを使ってタクト様の好感度を上げるようにお願いしていたわ。」
ちょっとしたことで好感度が上がるヒロイン補正はやはり強敵だった。
「真の敵は、ヒロイン補正、、、。」
タクトのすぐ後ろにロルフ、ヒュー、エルの三人が控えている状態になり、その後ろに第二皇子が追いついてきた。
「断罪が始まりますわ!」
ココアの瞳が輝きを増し、扇をパシンと大きな音を立てて閉じた。
「追い詰めましたわよ。タクト様」
金色の巻毛をかきあげ、壇上に立つココア。
「小リボンチーム、まさかとは思ったけど、チーム戦に代えてあのログイン、ログアウトの繰り返しで好感度を逆転させたのか。」
「そのとおりですわ。
私のすぐ横で読書していたニコと交代して、補助キャラたちと接触後またすぐに交代したのですわ。
よく、見破っていただけました。」
閉じた扇を振りかざしてタクトに向けるココア。
「ですが、時すでに遅しですわ。」
第二皇子が手に持っていた資料をロルフに渡すと、タクトの横に立ちその肩を抱き寄せ、ココアに厳しい視線を向けた。
「いや、遅くはない、ココアの悪事の証拠はすでに掴んでいる。
タクトへの数々の嫌がらせ、さらに先ほど、タクトを階段から突き落としたという事実!」
タクトを更に自分の胸に引き寄せながら、もう一方の腕でココアを指した第二皇子。
このままでは婚約破棄宣言につながると考えたタクトは攻略対象者たちを黙らせようと考えた。
「属性カード 沈黙」
白いカードが浮かんだが、突然、タクトの手の上にタランチュラが飛び乗ってきて、白いカードを背に抱えるとサッと飛び去った。
「・・・・・えっと?」
さすがにこれには言葉を失うタクトとココア。
「野良の補助キャラが属性カードを奪うって、ありなのか?」
「いえ、なかったと思いますけど。」
「「バグ??」」
声がそろう二人。
逃げたタランチュラが、教室の隅に行って糸を繭のように張ってその中に隠れてしまったのを見たタクトは思わず、ふっと笑いを漏らしてしまった。
そしてタクトの横で第二皇子までもが体育館でのことを思い出したのかタランチュラを生暖かく見守っている。
「ただ、私にとっては僥倖ですわ、ね?」
同じように和やかな目を向けていたココアだが、先に我に返った。
「さぁ、ヒロインであるあなたに、悪役令嬢である私を断罪させてあげましてよ。」
「しないから。」
自分の肩を抱く第二皇子の手を思いっきりはたき落としたタクト。
しかしその手はすぐに元の位置に戻ってきた。
「そして、タクト様は、攻略対象である4人の令息とのハーレムルートに入るのですわ。」
「だから俺は、マシロさんだけでいいから。」
「マシロの了承は取ってるから安心して溺愛されなさい。」
「マシロさんが了承してるって?」
動揺のあまり、第二皇子が戻した手をひねりあげてしまったタクト。
痛さに顔を歪めながらも、「大丈夫だから心配ないで」とにっこり笑う第二皇子。
「ココア様、あなたは、デイビー様の婚約者に相応しくありません。
少なくとも俺は認めることはできない!」
第二皇子の腕をひねりあげるという不敬を咎めもせず、ヒューが二人の隣に力強い一歩を踏み進み出てきた。
「その通りです、ここに、あなたの悪事のすべてが記載してあります。
そして証人はここに居る生徒たちです。」
ロルフもヒューと同様に二人の隣に立ち、持っていた資料の束を放り投げると、風を起こして資料の内容を見せつけるように教室中に回し始めた。
「まずは、タクトさんに誤っていただきましょう。」
エルもまた、ヒュー、ロルフと横並びになるように前に出て、ココアにタクトへの謝罪を求めた。
ここでココアが謝罪しようがしまいが、次に第二皇子からの婚約破棄宣言がでれば、悪役令嬢の断罪による追放が成立する。
完全にストーリーが悪役令嬢追放のエンディングに進行してしまう前に、タクトは、最初にランダム入手した属性カードを出した。
「属性カード フラットショット 発動
対象は、嫌がらせイベント以外のイベント」