034_悪役令嬢ログアウトの話
「何を言っているんだ、ココア。」
第二皇子が駆けつけた階段の踊り場では、二人は折り重なっており、どう見ても一緒に落ちた状態だったのだが、周りを見まわすと、一部始終を見ていた生徒たちが残念な生き物を見るような目をして首を振ったり頷いたりしている。
「あんなに小動物にも優しいココアが、令嬢を突き飛ばすなんて、、、
だけど君まで階段下に落ちていたじゃないか。
突き飛ばしたのなら、タクトだけが落ちているはずだ。」
目撃者の生徒たちの頷きを信じたくない第二皇子は藁にもすがる思いでココアの否定の言葉を待った。
だが、ココアは得意げに、自慢げに第二皇子の期待を裏切った。
「確実に落ちて頂くために、勢い余っただけですわ。
しかも落ちるときに私がタクト様を下敷きにしましたので、全くどこもケガをしておりませんわ。
ほら、先ほど聞かれましたように、複数人の証人もおりますでしょ?」
それでも信じたくないという思いで碧眼の瞳をココアに向けるが、更にダメ押しとばかりに、ココアはお姫様抱っこをしている第二皇子の首元にギュッと抱き着き、耳元で囁いた。
「確かに私は小動物を愛してやまないのですけど、小動物はデイビー様に色目を使いませんもの。
これでも私はとても嫉妬深いんですの。
デイビー様の態度次第ではきっとこれからも同じように、タクト様(扮するヒロイン限定)を階段から突き落としてしまいますわ。」
「ココア、何故君はそんなことを、、、」
耳元で甘やかにささやかれる声に寒気を覚えてしまった第二皇子は冷静にものを考えられない。
「いや、今はよそう。
何ともないのならそれでいい、先に教室に戻っていてくれ。
私は後から行く。」
第二皇子はココアを腕からそっとおろすと、マッチョな男性の肩を叩きついてくるように促して階段を下りて行った。
階段つき落としイベントカードが天井から剥がれ落ち、ひらひらと揺れながらココアに吸い込まれていった。
二人の間に薄白いパネルが浮かび上がる。
<階段つき落としイベントカード終了>
<断罪イベントカードが解放されました>
「ふふふふ、やはり、考える隙を与えずに急襲するのが一番ですわね。」
ゲーム内では好感度のステータスが確認できないが、これまでの結果を考えると、ココアの好感度は個人イベントカード入手という点では高く、嫌がらせイベント効果では低い。
総合的に言って攻略対象者からの好感度はかなり高い。
それに比べてタクトは、個人イベントカードは1枚も入手しておらず、小イベントカードでもココアの好感度を上げることに成功している。
総合的に言って攻略対象者からの好感度はかなり低い。
「だけど、嫌がらせイベントの影響がどれほど出るかわからない。
ヒロイン補正がある以上、どこで逆転されるか不明瞭だ。」
考え事をしているタクトの横でココアの声が聞こえた。
「ちょっと所用がありますので抜けさせていただきますわね。
すぐ戻りましてよ。」
「んっ?」
「ログアウト」
ココアの意図を確認する間もなく、間髪入れず言われた言葉の後に、白い薄透明のパネルがタクトの前に表示され<悪役令嬢:ログアウト>の文字が浮かんできた。
「ログアウト?」
パネルには続けて文字が浮かぶ。
<相手プレイヤーがログアウトしたため、すべてのイベントは停止します。>
<プレイヤーが二人揃うまで好感度のアップダウン及びカード発生・発動も停止状態となります。>
<ゲームを続けることは可能です。学園生活をお楽しみください。>
片方のプレイヤーがログアウトしたときのテンプレートな文字が表示されている。
白い薄透明のパネルが消え、目の前の金髪巻き毛の令嬢の瞼が半分閉じ、そこからゆっくりとロードされAI悪役令嬢に変わっていく。
「なるほど、プレイヤーのログアウトで、キャラがAIに変わるのがわかるな。
少しだけキャラクター全体にぶれも生じてる。」
感心して見ていると、ロードが終わったようでAI悪役令嬢の半分閉じた瞼がゆっくりと上り、奇麗な瞳がしっかりと見開いた。
「ふふ、タクト様、怪我がなかったのは幸いでしたわね。
ですが、デイビー様に馴れ馴れしい態度を取るようでしたら、、、、
分かっておりますわね?」
立ち姿も美しく、気品のある眼差しと微笑み。
姿勢を正して立つ姿はまさに高位貴族としてもプライドを持つ公爵家の令嬢だ。
「あ、はい。
さすが、絶対に言質を取らせない匂わせるだけのセリフ。
しかも蔑む瞳は天下一品だな。
さすが、トウリ、キャラの性格の作り込みには苦労したろうな。」
「えっ?トウリ様?」
AI悪役令嬢の雰囲気が一瞬ではあるが、陶酔する瞳に変わり、その声でトウリを神様と言ったのが聞き取れた。
「えっ?まさか、プログラム開発の関係者メンバーの名前NGなのか?」
AI悪役令嬢の一瞬の変容を冷静に観察するタクト。
それは本当に一瞬で、すぐにまたタクトに蔑む瞳をむけるとふわりと金の巻毛を後ろに流した。
「まさかですって、ふふふ、私は何も言っておりませんわよ。」
「ココア様、こんなところにいらっしゃったのですね」
1階から悪役令嬢の取り巻きの令嬢たちが登ってきてAI悪役令嬢を囲むと、同じようにタクトに蔑みの瞳を向けた。
「ココア様、教室に戻られるのですよね?」
「私たちも一緒に戻らせてくださいませ。」
「こんな田舎令嬢に構うだけ時間の無駄ですわ。」
最後に辛らつな言葉を残して、AI令嬢と取り巻きの令嬢たちはゆっくりと2階への階段を登り始めたが、最上段まで登り切ろうとしたときに、また薄白いパネルがタクトの前に現れた。
<プレイヤーが一人ログインしました。>
<プレイヤーが二人揃いましたので、イベントを再開します。>
<現在、ヒロイン転校1日目の放課後です。>
「もう、戻ってきたのか。」
階段を登りきったところで悪役令嬢が振り向き無言でタクトを見下ろしてきたが、一瞬前までの気品のある笑みは消え、悪戯を行う前の子どものような笑みを浮かべている。
だが、すぐにその顔を背けると、まわりの令嬢たちに順番に視線をよこして合図し、4人は教室に向かって歩き出した。
その周りでココアのひよこたち5羽は楽し気に歌うように囀り、野良ひよこたち5羽もココアの後ろを慌てて追っていった。
「なんだ?何か変わった?
あれ?お前たちも?」
そしてタクトのひよこたち1号から4号までもが慌ててココアの後を追っていった。
「なんだ?なんで俺のひよこたちまでついて行ったんだ?」
後に残った5号までソワソワして、他のひよこたち同様にココアについていきたがっている様子だった。
「何かカードを使ったのか?
いや、そんな気配はないし、相手プレイヤーの補助ひよこまでを惹きつける属性カードはなかったはずだ。」
タクトも急いで階段を駆け上がって教室に向かうと、一足早く教室に向かっていたココアと三人の令嬢、そしてひよこたちが教室に入っていくのが見えた。
特にひよこたちはかなり浮かれた様子だ。
タクトはそこで足を止めた。
「なんだろう、バグ?それにしても変だ。
ログアウトの時に何かしたと考えられるけど。
AI悪役令嬢と入れ替わり、その後の会話、取り巻き令嬢たちとの合流、そして階段をゆっくり登っていっただけで。
総合してもゲーム内での時間は10分くらいとしたら、ログアウトしていた時間は十数秒、だからリアル時間だと本当に一瞬で。
それで何ができるか、トイレに行く時間もないはず。」
タクトが考え込んでいると、その横をロルフ、ヒューとエルまでもが横目でちらっとタクトの方を見ただけで声もかけずに通り過ぎていく。
「攻略対象者の態度からして、明らかに現段階での好感度は俺の方が低いしココアの方が高いというのは合っているだろう。
断罪イベント前だから、とりあえずといったところだけど。」
1年生のエルまでもこちらの教室に行っているということは、ココアは教室で断罪イベントを発生させるつもりかもしれない。
「それにしても、補助ひよこたちのあの態度の変わりようが、謎だ。
あんなに俺に懐いてくれてたのに、何か対策できるか?」
ひよこがココアについて行ったことにへこみながらも考え込むタクトの前に、また、白い薄透明のパネルが表示された。
<悪役令嬢:ログアウト>
「ログアウト?また?どうして?」
困惑するタクトの前のパネルには続けて文字が浮かぶ。
<相手プレイヤーがログアウトしたため、すべてのイベントは停止します。>
<プレイヤーが二人揃うまで好感度のアップダウン及びカード発生・発動も停止状態となります。>
<ゲームを続けることは可能です。学園生活をお楽しみください。>




