031_花壇荒らしの話
エルの周りには、人が入れそうなほど大きくなった水玉がぷよぷよと浮かんで、先ほどココアがつついただけで割れてしまった水玉を見ていた面々は必死でそれをよけている。
にもかかわらずその周りではパヒューム効果によって引き寄せられた男子生徒が集まってきていた。
「今更、園芸部の道具小屋に逃げ込んでも、香りは抑えられないから袋のネズミになるだけか。」
ぴよ!
先ほど脚立を借りたときにいた野良の補助ひよこだろうか?
数羽止まって、道具小屋の屋根からこちらを伺っていた。
「可憐な甘い香りを放つタクトさんなのに、僕とてもひどい誤解をしてた。」
また一歩近づいてきたエルに、一歩下がったタクトの背後数センチのところには道具小屋の木張りの壁がある。
「可憐な香りから、可憐な甘い香りにアップグレードしたようだけど、なんでそんな誤解を?」
にじり寄ってくるエルにあわせて、後ろににじり寄ると、とうとう背中が園芸部の道具小屋の木張りの壁にあたってしまった。
「タクトさんたち2年生の教室のひよこ騒動が終わった後、僕は一年の校舎の教室に戻ったんだけど。
その教室の窓から中庭を見たら、タクトさんが園芸部の道具小屋から脚立を持ち出すのが見えて。」
「そういえば、体育館に行く前に脚立を借りに行ったな。
とりあえず、その辺で足を止めてくれると助かるんだけど。」
道具小屋を背にしているタクトには後が無いが、エルとその背後の大きな水玉は容赦なく迫ってくる。
逃げようがないのでどうしたものかと前を見ると、エルの真っ直ぐな瞳があっった。
自分に向けられたタクトの真っ直ぐな視線にエルは頬を染め、足を止めると一緒に水玉も動きを止めた。
「だから、さっき荒らされた花壇を見たときに、タクトさんが荒らしたんだって勝手に思い込んじゃって。」
肩を揺らしてヒックとしゃくりあげるエルの瞳から、せっかくぬぐった涙がまた溢れてきた。
「気にしてないから、泣かなくていいから、ね?
俺はなにも気にしてないから。」
いたたまれなくなって、泣いて下を向いてしまっているエルの頭を、思わず優しくなでてしまったタクト。
さらに肩を震わせているエルの肩に手をおいた。
「足を止めてくれってお願いを聞いてくれたし、感謝してるよ。」
その二人を暖かく見守る周りの目の中で一人冷たい視線を送っていたのはココアだった。
「まぁ、ああいうところが、身長とか顔とかで寄ってくる女性に受けてたんですわ。
マシロと付き合う前は。
でもここでは、来るもの拒まず、去る者追わずの男、復活ですわね。」
遠巻きに二人を見ていたココアは納得したように頷くと、羽ばたかせて風を送り濡れたあちこちを乾かしてくれているひよこたちも一緒に頷いた。
「なに?来るもの拒まず?」
ココアの隣でボーっとしていたヒューが覚醒して、いきなり早口で喋りはじめた。
「じゃ、去らなければずっとそばにいられるってことだな?
何故か惹きつけてやまないこの燃えるように熱い香りを放つタクトのそばに!」
パヒューム効果が表れてきたヒューはタクトに直進しようとしたが、すぐ前にエルの涙で作られた大きな水玉が通せんぼするように前を塞いでいる。
「こんな水玉、俺の火で蒸発させてやる。」
体中にうっすらと炎を纏いそのまま水玉に突っ込んだが、水玉は蒸発するどころかそのままヒューを取り込んでしまった。
「わっぷっ!
何だ、ガボッ!」
水玉の中にすっぽりと入ってしまい、炎も沈静化され、出ようにも出られなくなったヒューは、息ができずに必死でもがいている。
「あら?
ヒュー様、やっぱり相手がエル様と言えど、火属性は水属性に弱いようですのね?」
水玉の中のヒューにココアが話しかけているが、それどころではないヒューは顔が赤くなって、水の中なのに目から涙がにじんでいるのがわかる。
ヒューが溺れている水玉の下の土がいきなり盛り上がり、その土に乗ったヒューが中から水玉を壊して飛び出すと、土の塊は細く伸び2年の校舎の2階の出窓まで折り返しのあるステップのある階段の形状を作った。
「はぁ、助かった。
触ってもはじけるだけだと思ってたら、そのまま水の塊を維持するなんて、エルの性格を反映してるぞ、これ。
あいつ、あれも絶対泣きまねで演技だ。」
土の塊が水玉を突き抜けてくれたおかげで脱出できたヒューは、エルの本性を語りつつ四つん這いで下を向いてゼーゼーと呼吸している。
土の階段を使って2階の校舎の出窓から下りてきたのは第二皇子のデイビーとロルフだった。
「せっかくひよこたちに乾かしてもらっていましたのに、また濡れてしまいましたわ。
しかも髪まで濡れて水が滴って、自慢の縦ロールが、ただのカールになってしまいましたわ。」
髪を触りながらぼやいているココアの周りのひよこたちも、はじけた大きな水玉の被害にあい羽が濡れて飛べず、ココアの肩に申し訳なさそうに止まっていた。
「ココア、すまない。
また保健室に行って着替えを用意しよう。」
「いえ、これがあります。
これに着替えてはいかがでしょう?」
ヒューが四つん這いになったときに拾いなおしたお着換えカードをココアの頭上に掲げようとするより早く、2階の窓から飛んできた3つの扇がお着換えカードをはじいたうえに二つに割っていた。
「ココア様にあんな田舎令嬢が来た体操服を進めるなんて。」
「なんて不埒な人なのかしら。」
「ココア様には高価で質の良い、洗練されたデザインのドレスがお似合いになるのですわ。」
扇を投げたのは2階の出窓から顔を出していた悪役令嬢の取り巻きの令嬢たちだった。
令嬢たちも第二皇子が作った芝桜で飾られた土の階段から中庭までおりてきた。
「タクトさん、有難うございます。
おかげで元気が出てきたし、やっぱり僕たち対の間柄かも知れません。
ハグしてもいいですか?
あなたの香りを僕が独り占めにしたいです。」
泣いていた目をこすりながら、あどけない笑顔でお願いをしてくるエル。
「あどけない笑顔?あざとい笑顔?
何が違ったっけ?」
エルの変わり様に驚きはしたが、背中は園芸部の道具小屋で、目の前に手を広げて待つエルとその周りに大きな水玉が多数。
「やはり、ここは私の出番ではないでしょうか?
私の繊細な風魔法で、質の良い制服も見事に乾かして見せましょう。
もちろん、実績もあります。」
ロルフが風魔法を繊細に操り、ココアを乾かそうとした。
「あれ、そんな、風が渦巻く、コントロールが効かない?」
何故かうまくコントロールができず風が中庭を掛けるように流れ、中庭にいる令嬢たちのスカートを膝上までまくり上げてしまった。
「「「「きゃーーーーー」」」」
「魔法トラブルカードの影響か、犯人をあぶり出すというより、やっぱりココアは何かしらラッキースケベを狙っていたのか。
自分で自白してるし、俺の目論見は論外だったんだな。」
スカートをまくり上げられた令嬢たちと一緒にロルフに冷たい視線を投げるタクト。
そして第二皇子とびしょ濡れになったココアとひよこたちまでロルフに冷たい視線を浴びせている。
そんな視線を受けてロルフは「こんなはずでは!わざとではない!」と第二皇子とココアに向かって釈明をしている。
風が吹き荒れるどさくさに紛れて、二つに割れたお着換えカードを拾ったヒューもまた、「何故ココア様に体操服じゃダメなんだ!」と熱く叫んでいた。
熱くなったヒューの周りにうっすらと炎が現れ、風にあおられ炎が大きくなっていく。
第二皇子の土魔法で作られ芝桜で飾られた土階段のおかげで、花壇の半分は跡形もなくなってしまったうえに、ロルフの風のせいで他の花壇の花も半分が散ってしまっている。
そして、ヒューの暴走のおかげで、植物に火が付きだした。
園芸部の道具小屋の上で様子を見ていたひよこたちあたりに煙が届き始め、ピヨピヨッピヨピヨッと騒ぎ出すと、タクトしか目に入っていなかったエルもさすがに辺りを気にし出した。
振り向いて中庭の様子を見ると顔いろが変わり真っ青になっている。
「な、何?何が起こってこんなことに?」
体が妙にフルフルと震え出したかと思うと、青かった顔色が白く変わり、大きな眼を細めると水色だった目は色をなくした。
「そういえば、自分の大切なものに害が加わると性格が変わるタイプだったな。
バッドエンドのときに監禁コースになるタイプ、とか補足があったような。」
エルの雰囲気が変わっても好感度が下がりそうにないと考えたタクトは、自分に背を向けたエルとの距離が若干開いた隙に手のひらを上に向けた。
「みんな、みんな、溺れてしまえばいい。」
先ほどまで可愛らしく明るかった声が、ドスのきいた低い声のつぶやきに変わり、エルが両手を大きく空に向かってあげると水玉がすべて集まってきて空いっぱいに広がりぐにゃりと歪んだ。
「あの大きな水玉で中庭をプールにでもする気かな。」
手のひらに浮かんだ白いカードを発動させた。
「属性カード 磁石 発動。
対象はココア、プラス、もう一人の対象はエル、マイナス。
プラスにマイナスが吸着。」
カードが光り発動すると、エルが土の階段付近にいるココアに引き寄せられ始めた。




