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030_終盤の話

「また、イベントが発生したようです。

最後の攻略対象者の個人イベントカード、発動のログです。

ついさっき、裏技も発生していたので、タクトさんとココアさん、ゲーム展開がかなり早いです。

さすがと言っていいのか。」


ヨウキが持ってきたサンドイッチを食べようとしていたアオバだが、ストーリーログにrec start と現れたのを見てすかさず背中越しにいるシキに伝えた。


「アオバ、食べているときくらいログ見なくてもいいんじゃないか?

消化に悪そうだ。」

シキの隣に持ってきた椅子をアオバの方に向けて座ろうとしていたヨウキが、ディスプレイを見つつサンドイッチを口に入れようとしているアオバに顔をしかめた。


「簡単に食べられるものを選んで持ってきたけど、ディスプレイを見ながら食べて欲しかったわけじゃないからな。

ほら、ディスプレイから離れて。」


ヨウキがアオバの椅子を軽く押しても、その言葉をスルーして、アオバはサンドイッチを一口かじった。

シキの方は、サンドイッチに手を出そうとさえせずに、ディスプレイに見入っている。

「裏技って、チャナが発案したあのワードのか。

負けている方しか使えないはずだけど、まさかタクトが使ったんじゃないよな?」

シキは別のログを見ていたが、裏技のワードを思い出して微妙な顔つきをしている。


「はい、裏技を使ったのはココアさんの方です。

イベント中にココアさんの好感度が低くなっていたようですが、裏ワザ使用で一気に好感度が逆転してます。

だから、きちんと、好感度は反転処理できてますね。」


「そうか、プログラムは順調だな。

裏ワザはゲームストーリー終盤に差しかかってすぐに使われたという感じなのか。

想定より使うタイミングが早いな、そんなものなのか?」

ヨウキがシキの目の前に袋をはいだサンドイッチを差し出すと、シキは条件反射で無意識にサンドイッチを手に持ってそのままぱくつきだした。

手の中のサンドイッチが無くなると、今度は袋から水の入ったペットボトルを取り出した。


「夢中になると他がどうでもよくなるのはいつものことだけど、まあ、食べてるだけましか。」

二人をディスプレイから離すのを諦めたヨウキは、サンドイッチを食べる二人の机の上にペットボトルを置きながら、先ほどの会話で気になったことを聞いてみた。

「ゲームストーリー終盤に差し掛かったって、裏ワザが使える範囲ってそんなに広くしたの?」


ヨウキの声と置かれたペットボトルに気がつき、そこでシキは自分がサンドイッチを食べていることにも気がついて、噛むと急いでのみ込んだ。

「終盤と言えば、ストーリーが半分以上進んだ後半の方のことだろ?

言うなら、序盤、中盤、終盤のように、全体を3分割して考えるのが当然だから。」


「普通そうですよね?

何か問題でもあるんですか?ヨウキさん」

置かれたペットボトルを手に取ってキャップを開けながら、アオバはヨウキを振り返る。


「いや、言ってることは、それは正しい、うん。

二人ならそう考えるよな。

でも、ココアは終盤をクライマックスの断罪イベントと考えてたんじゃないかな。」


「どうして?」

「どうしてでしょうか?」

シキとアオバは、椅子を体ごとヨウキに向けて首をひねっている。


やっとディスプレイから目を離した二人にヨウキはホッとしながらも、ココアが裏ワザを使った経緯を考えた。

「乙女ゲームやラノベ、転生物のストーリーを知らないならそうなるのは当然か。

ははは。

ココアは裏ワザを使ったんじゃなくて、タクトに使わされたんだろうな、後で話を聞くのが楽しみだ。」

楽しそうに笑うヨウキに二人はまた首を傾げる。


「ところで、その、乙女ゲームやラノベ、転生物のストーリーでの常識なら、断罪イベント中だけ裏ワザが使えるように修正した方がいいでしょうか?」


「そうだな、マシロに相談してみようか、あと、そのついでにワードも変えとこうかな。

やっぱり俺の名前なんか使わない方がいい、というか使いたくないし。」


シキの言葉にヨウキが驚いている。

「名前?裏技のワードにシキの名前があるのか?」


ヨウキの反応に、シキがハッと目を見開きアオバに顔を向けた。

「ヨウキにワード教えても良かったんだっけ?

何か内緒にしとくように言われていたような気がするけど。」


焦り出すシキにアオバは首を振って答えた。

「大丈夫ですよ。

ワードじゃなくて裏ワザをβ版に入れたことを内緒にって話だったと思います。

どちらにしろ俺たちが教えなくても、きっと誰かが教えます。

実際に、裏ワザのこともすでに知ってるみたいですし。

ワード自体はカフェに集まってたメンバーしか知りませんが、ヨウキさん、ほとんどのプログラムマーを手懐けてじゃないですか。

知られるのも時間の問題というだけです。」


「そうか。

じゃぁ、大丈夫だな?」

安堵するシキ。


「はい。

ヨウキさんが勝手に来て、俺たちの会話を聞いただけなので、シキさんが教えたことにすらならないですよ。」

満足そうに笑うアオバ。


「はい、ソウデスネ」

コクコクと頷くヨウキ。


「ところで、アオバはどうする?」


「そうですね、俺も外してほしいです。

なんで、シキさんと俺の名前を選ぶようなワードにしたんだか。」


二人の会話に飲んでいた水を吹き出しそうになってしまったヨウキだが、何とか耐え抜いていた。

何ごとかと呆れてシキとアオバがヨウキの方を見ると、またおかしそうに笑っている。


「ははははは、

とりあえず、ワードの修正は待ってよ。

俺とチャナがテストに入るから、それが終わってからということで。

たぶん裏ワザは断罪イベント中に使われることになると思うから、それも大丈夫。」


「そうなんですか?なんで断罪イベントなんですか?」


「そこが一番盛り上がるところで、殆どクライマックスだから。」


「「断罪イベントがクライマックス?

へぇ、そうなん(ですか)だ。」」

二人ともあまり納得していないようだ。


「ところで、二人がゲーム始めてからどれくらいたってるんだっけ?」


「ログインしてからは、1時間くらいです。

最初に、プレイヤーのキャラクターのカスタマイズとカード選択、その後のゲーム時間だと、420分くらいです。

途中でタクトさんが不具合の強制ログアウトで10分程度、ゲーム時間だと、100分前後離脱しました。

正確な時間必要なら、ログの記録時間辿りますけど?」


「正確な時間を知りたい訳じゃなくて、どのくらいのペースで進めてるのかなと思って。」

参考までにねと言いながら、ヨウキはまだ笑っている。


ーーーーー


誰かが荒らしてしまった花壇に怒っていたのに。

自分が踏み荒らした芝桜の中で、ポロポロと泣き出してしまったエルの涙はいつまでたっても止まらない。

とめどなく流れる涙は地面に落ちずに宙に浮いたまま、沢山の水の球を作り出してさらに数を増やしている。


「あら、魔法トラブルカードの効果も出てきているようですわね。

魔力が低い設定のエル様の水玉がたくさん出てきてますもの。」


2年の校舎の先ほどココアが飛び降りた出窓の隣の窓から、第二皇子、ヒュー、ロルフが中庭を見下ろして驚いている。


エルが流しながらつくった水の球が、あちらこちらで1つ2つと集まり、沢山の直径10cmくらいの水玉となって、ふわふわと漂い始めた。

そんな中、パヒューム効果が広範囲に届きだしたようで、さらに引き寄せられた男子生徒が中庭に集まっている。


園芸部の道具小屋に隠れてパヒュームをやり過ごそうかと思っていたタクトだったが、時すでに遅しのようだった。

「個人イベントカード、魔法トラブルカードにパヒュームカード。

さっさと終わらせたいのは、パヒュームかな。」


2階の窓を見ると、先ほどのココアと同じように出窓の窓台にヒューが立ち上がっているのが見えた、と思ったらやはり同じように飛び降りている。

ココアと違い、ザッと大きな音を立てて片膝をつけて着地したヒュー、着地点はやはり芝桜の花壇の中だった。


「ココア様、僕、それにヒュー様まで、芝桜が、、、」


ココアが周りの水玉をツンッと指でつつくと風船が割れるようにパチンとわれ、水しぶきがあたりに飛び散った。

「いやだ濡れてしまいましたわ。」


「ココア様、ちょうどよかった、着替えならこのカード、リボンのたくさんついたピンクの体操服のカードが・・・」

カードを出したヒューの手を、最後の言葉を言わせずに扇ではたき落としたココア。


「いやですわ、水で手が滑りましたわ。」


そんな二人の横でエルはハッとして、周りをキョロキョロと見まわすと、道具小屋の前にいるタクトに目を止めた。

「いや、その前に、僕は可憐な香りを放つ桜色の髪のタクトさんに謝らなくては。」


エルは瞳に溜まっている涙を拭うと、道具小屋の前のタクトに向かって歩き出し、歩くエルと一緒に、先ほどより大きくなった複数の水玉も近づいてきた。

「パヒューム効果かな。

エルがさっそく香りに引き寄せられている?」

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