028_天使勝利の話
「裏技発動
これも賭けだったけど。」
天使の微笑みを深めて、文字を読み上げるタクト。
タクトとココアがそれぞれの目の前に現れた薄白いパネルに、<裏技発動>の4つの文字を確認すると、どこからともなくゆっくりとこの世界全体に波が押し寄せ、また逆に引いていくような体感を起こした。
波は空気の波動のようなものという表現が合うだろうか、風ではなく空気を波上にした塊にさらわれるような体感。
波が引くと異変を感じてソワソワしていた野良の補助キャラたちは落ち着きを取り戻し始めた。
「なるほど、ゲーム世界全体に影響があったと感覚的にわかる気がする。」
タクトと天使ひよこたちが感心して頷きあっている。
そして周りに目を向けると、生徒たちの表情が、雰囲気が、変わっていた。
タクトに好意的だった目が悪意的に、羨望が嫉妬に、ココアへのまなざしはその逆に変わったのが手に取るようにわかる。
わなわなと震えるココアに慌てる悪魔ひよこたち。
「裏技、一発逆転の裏技。
どうして、これはゲーム終盤という条件が付いていたのではなくて?」
悪魔ひよこたちが必死でココアをなだめようとする様子を見るに、ココアは本気で動揺しているようだ。
「終盤というのは曖昧な言葉だよね?
例えば、個人イベント終了数や、メインイベントの階段落ちが発動可能状態だから、ゲームストーリーは3分の2から4分の1を終えていると判断できる。
ストーリー的な終盤と言えなくもないならプログラマーが終盤ととらえてもおかしくはない。」
「シキやアオバがそんな中途半端なことするはずありませんわ。
こんなバグを見落とすことも。」
どこに隠していたのか、悪魔ひよこたちが繊細なレースで作られている紫紺の奇麗な扇を持ってきてココアに差し出した。
ココアはフッと息を吐くと、
「有難う、そう、私は公爵令嬢、こんなことで取り乱した姿をさらしてはいけませんわね。」
扇を受け取りゆっくりと顔の前に広げた。
「タクト様、何かしましたわね?」
広げた扇で顔の半分を隠しながらも、厳しい目でタクトをカッと睨みつけた。
周りが明るくなったと言っても、姿は悪魔的で妖艶な雰囲気を保っているため、瞳からビームを発しても誰も驚かないだろう、そんな凄みのある睨みだった。
「何も?」
タクトが微笑みをそのままにコテンと首を傾け頬に手を添えると、ココアの凄みのある睨みを軽く拡散させた。
天使と悪魔の戦いはまだ続いている。
「裏技はチャナが突然言い出した案で、スケジュール外のもの。
アオバが「それくらいなら、チームの誰でもできるから工数に影響はない」と言ってたのを思い出して、あの二人の役割では、スケジュールに小さくても何かを差し込むのは難しい。
ということは、担当者は他メンバーが割り当てられるよね。」
そこまで聞くとココアは自分の見落としに気づき、ハッとさせられる。
「そうですわ。
私はどこかであの二人が担当してチェックすると思い違いを。。。」
完全に顔を隠した扇の拡がりにおでこを当てて、自分の思い込みを自覚した。
「事情を知らないプログラマーたちが終盤と指示されて、判断をどうするか。
俺なら、ストーリー進行のパーセンテージで判断。
そして、もう一つの条件、「勝敗率の確定前」を付け加えるかな。
流れと、終盤の判断自体はプログラム動作的なバグではないので、チェック者もそのまま通すと思う。」
タクトは天使の微笑みを考察状態に変え、ココアは扇の下で表情をくるくると変えていたが、悔しさを通り越して諦めに、そして自嘲に達したようだ。
「そうですわね。
盲点でした。
私としたことが、タクト様の悔しげな顔を見られる楽しさに舞い上がっていましたわ。」
「ココア様!」
そこにココアの取り巻きの侯爵令嬢、伯爵令嬢たちが駆け寄ってきて、タクトを睨みつけた。
「ココア様にこんな悲しげな顔をさせるなんて、非道だわ!」
「タクト様、何とか言ったらどうなのですか?」
「ひれ伏して謝るべきでは?」
令嬢たちの好感度は逆転しないのかと思いつつ、タクトは無言の微笑を返した。
「・・・・。」
割り込んできた令嬢たちの非難の言葉を無言の微笑みで交わしたタクトに人差し指を向けるココア。
「そう、それですわ!
人の行動に振り回されず、いつも泰然自若なくせに、シキに優しく、マシロには執着して態度を変える。
そんな男の慌てぶりを見たかったのですわ。」
三人の取り巻き令嬢たちを背に、金髪巻き毛の妖艶な悪役令嬢扮するココアが、ドレスを切り裂かれた桃色の髪の可憐なヒロイン扮するタクトを指している様子は、トラブル発生後に悪役令嬢たちがヒロインを貶めているワンシーンのようだ。
体育館に散らばった野良の補助キャラたちでさえこのワンシーンを固唾をのんで見守っている。
気を取り直したココアは腕を組みタクトを見下ろし疑問を投げる。
「プログラマーたちの判断とは言っても、ストーリー終盤と言うと、一番盛り上がる「断罪イベント発生状態」ではなくて?」
立ったまま上半身で考える人のポーズを取り、少し考えるタクト。
「転生物のストーリーを熟知していたり、プログラム全体を把握していれば、そう考えるかな?
けど、今回みたいに大がかりなものはソース、モジュール等々で分業制は当然。
分業の担当者は自分の組む関数やライブラリ、ソース、モジュールだけ見ていればいい。」
考える人のポーズをやめ、見下ろすココアの目を真っ直ぐに見上げたタクトは、明るく清々しい天使の微笑を輝かせた。
「だから、突発的なことをプログラマーに依頼するときには、より用心して、きちんと値で条件を伝えた方がいいという例かな?」
「「「眩しい!!!」」」
二人の様子を見守っていた野良補助キャラ含む生徒たちが一斉に手で目を覆っている。
「ヒロイン補正を一瞬忘れていた、せっかく下げた好感度が、、、」
タクトは第二皇子たちの様子を伺ったが、腕で作った影で光を抑えている三人からは忌々しげな瞳が向けられている。
「セーフみたい、かな。」
「・・・仕様不具合ですわ。
分かっていて放置していましたわね?」
「事前にソースを見ていたら、シキに聞いたと思うけど、今回は見ていないから、放置とは言えないと思う。」
両手を組んでそのまま頭の上にあげて伸びをしてとぼけるタクト。
「あら?
もしかしなくてもマシロにソースを見せないように言ったこと、ずいぶん根に持っていたのね。
怖すぎるわ、タクト。」
タクトを追い詰めていることだけは確かなようなので、怖いと言いながらも、得意げな笑みを浮かべたココアは敗北を認めた。
「わかりました、今回も私の負けということを認めましょう。
仕様バグはともかく、言葉の誘導を受けてしまうなんて、私もまだまだということ。
悪役令嬢的には、やはりキーッと言いながら噛むハンカチがほしいところですわね。」
悪魔ひよこたちが一所懸命ココアの顔をモフモフと慰め、取り巻き令嬢たちが悲し気にココアに抱き着くと、午後の授業の終わりを知らせるチャイムがなった。
目の前に四角い薄透明のパネルが現れ、文字が現れては消える。
<小イベントカード ダンスレッスントラブルカード 終了>
<天使カードと悪魔カード>
<悪魔の敗北を認める宣言により終了>
<天使勝利>
パネルが消えると二人が纏っていた光が消え、それぞれの羽、輪と角も消え元の姿に戻り、ひよこたちも頭上の輪や角が消えて、デフォルトの羽だけに戻った。
野良の補助キャラたちも役割を終えたとばかりに体育館から出ようとして、生徒の間を駆け、飛び、泳ぎ、這いずり回ったため、キャラたちが入って来た時と同様に生徒たちから、驚愕、歓喜、恐怖と様々な悲鳴が体育館のあちこちであがっていた。
悲鳴の上がる体育館の中央で、去っていく野良の補助キャラたちに向かって名残惜しそうに手を振っていたココアに、第二皇子が近づいてきてエスコートのための手を伸ばした。
「ココア、とても勇敢だったね。
教室に戻ろうか。」
ヒロインタクトには見向きもせず、ヒュー、ロルフ、そして取り巻き令嬢たちもその後に続く。
素直に第二皇子のエスコートを受けて体育館を出たところで、ココアはふと気がついた。
「そういえば、タクト様はカードを2枚引いてましたわ。
もう一枚が魅了のカードでは無いと良いのですけど。」
ココアは、小さく、「あらフラグを立ててしまいましたかしら」とおどけながら体育館を後にした。




