027_ドローの話
体育館内では窓から舞い込んできた野良の補助キャラたちを見た生徒たちから、驚愕、歓喜、恐怖と様々な悲鳴が沸きあがった。
野良の補助キャラたちの侵入により、壁と化していた紫紺のカーテンが破られ、窓から陽の光が差し、キャラたちの姿が鮮明に確認できるようになっている。
その種類は様々でひよこはもちろん、二頭身二足歩行のカエル、毛がふさふさのタランチュラ、橙色の尾鰭をカーテンのようにゆらす金魚、ハムスター、スライム、リスざる、ニホンザル、しっぽの長いアイアイ、オウム、ドードー、ヤマネ、シーラカンス等々、あちらこちらから続々と集まってきている。
すべての補助キャラが丸みを帯びた10cm前後の大きさで、生物そのものを模しているようなものもあれば、二次元的に擬人化されているものもあり、その動きは個性的で、水の中を泳ぐように空中を泳ぐキャラもいれば、人の頭を飛び回るキャラ、足元をはい回るキャラ、地面をひたすらピョンピョンと飛び回るキャラなど、キャラの見た目だけでは動きが予想できないものもいる。
「デイビー様、こちらへ、わっ足元にタランチュラが!」
「私は大丈夫だから、タクトとココアを守るんだ。」
足元のタランチュラを潰さないように優しく持ち上げ腕に抱え、その頭を撫でている第二皇子を見たロルフが瞳を潤ませる。
「天使と悪魔の戦いに巻き込まれているというのに、デイビー様はお二人を気遣って、、、」
感動しているロルフの頭にハムスターが飛び乗ってきて、茶色の髪をかきむしり始めた。
「な、なんだ?髪をかきむしらないでくれ。
何でゴールデンが空を飛んでくるんだ。
いや、ゴールデンじゃなくてもハムスターは飛ばないだろ?」
ロルフはかきむしるのをやめさせようと頭に手を伸ばすが、ハムスターは自分を捕まえようと近づいてきた手に気づくと思い切り歯を立てた。
ロルフの声にならない叫びが響く。
頭を再びかきむしり始めたハムスターの仲間だと思われるハムスターたちが、叫び声に惹かれるように続々と飛んできてロルフの頭に停まりだした。
「ロルフ!」
ロルフを助けようとするヒューの周りには大量の金魚が泳ぎ回っていて近づくことができない。
金魚をかき分けようとすると、体と同じくらいの大きさの尾鰭でビンタが次々と飛んでくる。
小さいがかなり強烈な一発に、頭をふらつかせながらも、ヒューは足に力を入れ頑張って倒れずいる。
そして、それが精いっぱいでとても動くことができない。
「ヒュー、ロルフ、二人が大変なのに私は何もできないのか、何てふがいない。」
膝を折る第二皇子の足元では腕の中にいるタランチュラとは別のタランチュラが糸を吐いていた。
「ぴーーーーなーーーー!!」
体育館中を縦横無尽に好き勝手動き回っていた野良補助キャラたちに向かって天使ひよこが鳴くと、野良の補助キャラたちは集まりタクトを囲み始めた。
タクトを囲む野良の補助キャラたちをココアは両手を胸にあてて見つめた。
その目には寂しさが宿っている。
「タクト様、私がニコの野良キャラたちに囲まれたかったですわ。
本当に残念です。」
先ほどまでウキウキと動き回っていた羽が、しわしわになって、閉じて行く。
「ぴな!」
天使ひよこがまた叫ぶと野良補助キャラたちの背中に携えていたカードが、宙に浮き、タクトを中心に円を描いて回り、シャッフルされ、やがて山を作った。
「悪役令嬢にはバッドエンドが強く強制されるが、ヒロインにはハッピーエンドが強く強制される。
賭けで、この補正力、ヒロイン補正に負けて、好感度が上がるか、それとも勝って、好感度を下げることができるか。」
静かに息を吸い、そして吐く。
「仲間呼びカードの消失で、1枚、鏡像カード消費により手持ち空き1枚、合計2枚のカードをドローさせてもらう。」
タクトが目の前にできたカードの山にむかって手を伸ばすと、うなだれていたココアの羽が緊張でピンと開いた。
「皆さまお静かに!
タクト様が運命のカードを引かれますわ。」
ここで引くカードによっては、せっかく逆転した好感度が翻ってしまうためココアは緊張を高めた。
野良の補助キャラたちはその動きを止め、叫んでいた生徒たちも息をひそめ、騒がしかった体育館が一気に静かになった。
「ドロー。」
タクトは目の前のカードの山から、上2枚をまとめて引いた。
引いた2枚のカードがタクトの胸の当たりで消えると、残りのカード山は霧散した。
「タクト様、ドローして入手したカードは必ず1枚目をすぐに使用するルールですわ。
さぁ、何を引かれたのか見せていただきましょう!」
タクトが1枚目のカードを掌の上に乗せると、白いカードには2枚のカードの絵が浮かび上がり、ココアは目をみはらせた。
「カード複製カード!
相手プレイヤーの属性カードを1枚複製できるカードですわね、、、、何て強運な。」
ハンカチがあったらそのまま歯で噛んで引っ張りたい衝動にかられたココアは悔しさが隠せない。
「うん、いいカードを引いたかな。
それじゃ、手持ちの属性カードを見せてもらおうか、ココア?」
「相手の手の内にある属性カードをすべて暴き、その上、カードを複製するなんて、なんて卑怯な。」
頬を膨らませたココアに構わず、タクトはカードを発動させた。
「属性カード 複製 発動
対象は決め打ちで、相手プレイヤーの属性カード。」
ココアの意志とは無関係にココアの手持ちの属性カードが2枚タクトの前に現れて、カードに描かれている絵を浮かび上がらせた。
腕を組み、顔をツンッと思いっきり横に振って不満を表すココアが投げやりに説明を加えた。
「最初に使った言語矯正はランダムカードでしたの。
磁石カードが最初に選択したもの、もう一枚は途中で入手したものですわ。」
「磁石カード、パヒュームカード、か。
2枚というのは少ない、けど。
属性カードより小イベントカードを集める方に注力しているというところか、ココアらしい。」
複製カードの対象はあくまでも属性カードのみである。
他のカードを持っていてもそれを暴くことはできない。
「小イベントカードを1枚さっき使ってたけど、手持ちカードの枚数を考えると、もしかしてまだあるのか。」
小イベントカードを集める方に注力することが当然とばかりに胸を張るココアは、開き直って高飛車にカードの選択を迫った。
「イベントがこのゲームの醍醐味、小イベントカードを優先するのは当然のことですわ。
さぁ、選ばせて差し上げますから、さっさと、どちらのカードでもお好きな方を選択なさって。」
「磁石カード 入手」
間髪入れずにカードの名前を宣言したタクトの手にある複製カードがそのまま磁石カードの絵に変わると、タクトの前にあった2枚のカードが消え、持ち主である相手プレイヤーのもとに戻る。
複製カードから磁石カードに変わったカードは消え、発動したプレイヤーのタクトに保存された。
「磁石のことを考えると、賭けは引き分けという感じだけど、カードの複製では好感度を逆転することはできないな。」
体育館の生徒たちは相変わらず二人のことを見守っているが、どう見繕ってもタクトに集まっている好意的な視線が多い。
「せっかく、最初に磁石カードを選択したのに台無しだわ。
ヒロインと攻略対象者を強制的に離れられなくしたかったのに、よりにもよってこれが複製されてしまうなんて。
唯一の回避手段、磁石に磁石で応戦がなされてしまうわ。」
ココアを首を振り、一呼吸おいた。
「さすが、その強運は神様に愛された男ね。」
「ココア、、、、」
タクトを取り囲んでいた野良の補助キャラたちは、少し雰囲気の変わったタクトに全員が一瞬ピクッと身体を震わせるような反応を示したがそのまま留まっており、彼らの些細な動きには誰も気がつかなかった。
「そっちに話を持っていくのは止めないけど、マシロさんの前で俺のネタはやめてくれ。
心から。」
タクトの言葉にココアはキョトンとして、あまりにも当然とばかりに言い放った。
「あら、タクトのネタでもマシロはまったく気にしないと思うわ。
相手がシキであってもなくても。」
「それはそれで、まぁ、そうかな?
けど、逆なら俺は気にするから、やめて欲しい。」
ピンクゴールドの天使の輪をつけた可愛らしい少女と、紫紺に光る悪魔の角をフルフル動かしている妖艶な女性の会話なのだが、可愛らしい少女の方が悪魔的な笑顔を放ち、妖絶な女性の方がキョトンとして可愛い表情を見せている。
「その黒い笑顔、リアルで見たいわね。
マシロと付き合うようになって「こんな奴だったか?」と社内を騒がせてる、キャラ変一番の男、健在ね。」
「・・・大食漢の人たちがやる味変みたいに、、、。」
「あら、キャラ変一番の男はご不満?
じゃ、シキに愛された男にしておくわ。」
「それも、やめておいた方がいいと思うけど?
・・・シキとアオバどちらを怒らせたい?」
野良の補助キャラたちがまた一瞬誰にも気づかれないくらい些細な反応をしている。
「シキもアオバもどちらも嫌ですわね。
でも二人ともそんなこと怒る前に興味を持たないくらいのことはタクト様が一番よく分かっているのではなくて?
何故そんなことを?」
考え込んでしまったココアを見たタクトから悪魔的な笑顔が消え、極上の天使の微笑が現れた。
「今はメインのイベントじゃないから録画がされてないからかな。」
周りの野良の補助キャラたちが、今度は誰もがわかるような動きでソワソワとしだし、何らかの異変を感じている。
答えになっていないことを不信に思うココアの目の前に白いパネルが現れた。
「あっ!?これ、何故、今ですの?」
パネルに浮かび上がった4つの文字に、ココアは驚愕の声をあげた。