026_天使と悪魔の話
天使カードと悪魔カードはプレイヤーが片方を入手すると、対のカードが相手プレイヤーの手に渡る特殊カード。
これらは、プレイヤーがカードを発動させて対象プレイヤーを宣言すると、自動発動した対のカードの対象が強制的にもう片方のプレイヤーとなるもの。
カードの仕様を思い出している間にもタクトに天使カードの影響が発現している。
頭上の金色の輪の輝きを受けて、ヒロインタクトの桃色の髪にピンクゴールドの輪が映し出された影響もあり、可愛らしさステータスが10倍増しになり、さらに、胸元やスカートの裾に黒の刺繍で複雑な模様を描いている赤い膝上丈のラッフルたっぷりの可愛らしいドレスにもピンクゴールドの光が散りばめられ、小悪魔的な魅力までをも引き出している。
天使カードのセイクリッド、ルミナス、そしてキュートな影響を受けるヒロインタクトの目の前に悪魔カードが現れ、オート発動した。
ココアの金の巻毛を分けるように、その背に先がとがった紫紺の悪魔の羽が広げられた。
「ふふふふふ、さぁ、ここから好感度を逆転させて見せましてよ。」
頭には同じく紫紺の10cmの長さで先が矢印のようになった角が生えて、紫紺の光を放ちながらゆらゆらと揺れ、さらに、紫紺の光はココアに散りばみ、イーブル、ミスティ、セクシーな影響を与えている。
そんな二人を目の当たりにしている体育館中の生徒たちが、ざわつかずにいられるはずは無い。
「タクト様、ピンク、かわいい。
ヒュー様のハサミ男なんてもうどうでもよくなるくらい、輝いて、かっこよくて、魅力的で。」
「沢山のレースのスカートから伸びる華奢な足の膝こぞうが見えてるのも可愛い。」
「周りのひよこの可愛ささえ、あなたを引き立てる僕に見えます!」
「ココア様、素敵です。
なんて妖絶で、嫋やかで、魅惑的で。」
「僕も僕になって、ココア様の足元に侍りたい。」
「ああ、どちらも甲乙つけがたいぃぃぃぃ!!」
多数の天使派、少数の悪魔派に加えて中立派が生まれ、それぞれ二人のいいところを言い争っている。
派閥の多い、少ないの別れ方はカードの影響もあるかも知れない。
「行きますわよ。
さぁ、ひよこたち、攻略対象者にタクト様をアピールしなさい。」
手を振りかざすと、紫紺のオーロラが体育館の壁を覆い尽くし暗闇を纏わせ、二人のプレイヤーの光さえも抑えたが、そこに一筋の光がスポットライトのように照らして、タクトを浮かび上がらせた。
「暗闇はともかく?
悪魔の攻撃に光なんてものは、、、」
タクトは、まるで舞台に立つアイドルのように、スポットライトを浴びている状態だ。
「キャー!タクト様、歌って!」
「踊ってください!」
嫌がらせのために持っていた令嬢のハサミの先がペンライトのように光、振り回されている。
盛り上がる会場?
「そうか、小イベントカードの効果か、ダンスレッスントラブルカードが、まだ終わっていない。」
タクトが天使の羽を意識して羽ばたかせると羽は思い通りに羽ばたいた。
体育館の天井を見上げてスポットライトを発しているライトを見つけると、光の届く範囲から逃げようと移動するが、タクトを何故か追いかけてくる。
「ふふふ、マッチョな教師がうっかり1つだけスポットライトをつけてしまって、天使のタクト様を輝かせているようですわ。」
ココアも背の羽をバサッ羽ばたかせると、それに合わせて周りのひよこも羽を大きく羽ばたかせた。
「さぁ、ひよこたち
可愛らしいタクト様を更に可愛らしくダンスさせて差し上げて!」
ぴなー!
ココアのひよこたちがデフォルトの羽を万歳して返事をすると、鋭くとがった羽を羽ばたかせタクトに向かってかまいたちを投げてきた。
ヒューン!ヒュン!ヒュン!
迫ってくるかまいたちを冷静に対処するタクト。
「かまいたちを相殺。」
タクトがひよこたちに手を振りかざすと、ひよこたちはキリッと表情を整えながらデフォルトの羽を万歳し、天使の羽を羽ばたかせてかまいたちを発生させ、向かってくるかまいたちにぶつけた。
しかし、天使の羽のかまいたちは悪魔の羽で起こしたかまいたちより威力が弱く、多少スピードを落とす程度になってしまった。
タクトはそのかまいたちを見極めて冷静に避けたが、片方の肩ひもを少し掠ってしまった。
「ふふ、スポットライトを浴びて、まるでステップを踏むようにかまいたちを避けるタクト様。
素敵なダンスだけど、それ、いつまでもつかしら?
偶然リボンの肩紐を両方とも切れてしまうのも時間の問題だわ。
どちらにしろ、好感度は瀑あがりね。」
悪魔の角をピコピコ揺らす金髪巻き毛の悪役令嬢ココアは、悪魔的微笑を浮かべている。
スポットライトを浴びて、優雅にかまいたちを避ける、可愛らしいピンクゴールドの天使。
「デイビー様はどちら派でしょうか?」
ロルフが聞くと、第二皇子は甲乙つけがたいとばかりに二人を目で追いながら無言で唸っている。
「俺は、やっぱり天使派かな。」
ヒューがステップを踏むタクトを指しながら自身も同じようにステップを踏んでいる。
「先ほどのココア様への言葉は何だったのですか?」
ロルフがメガネをあげて意外そうに尋ねた。
「あれ?」
ヒューは、先ほどココアに言いかけたセリフの先を忘れてしまったようで首をかしげている。
「俺、確かにココア様に恋情のようなものを覚えた気がしたんだけど?」
銀縁メガネを整えたロルフが、先ほど令嬢が投げ捨てたハサミを拾うと、光っている刃先を閉じ、持ち手を持つと大きく振り回しはじめた。
「私も天使派です。異論はありませんよ。」
「キュートな魅力、セクシーな魅力、私はどうしたらいいんだ。」
頭を抱える第二皇子をよそにヒューとロルフは天使を応援している。
タクトはココア(のひよこ)のかまいたちをよけながら、周りが豹変していることに気づいた。
「これがヒロイン補正か、最強すぎだな。
どれだけ好感度を下げても、下げても、下げても、すぐ上がる。
転生ものの悪役令嬢がバッドエンド回避に必死になるのも頷けるな。」
「あら、考え事をしながらもステップを踏んで、軽やかにかまいたちというトラブルを避けるタクト様。
悪役令嬢の気持ちを理解している場合ではありませんわよ。」
ココアが指示すると5羽の悪魔ひよこが集まってモフモフとお互いを抱きしめ合い、丸くなるとポンッと音を立てて1つになった。
ココアが大きくなった悪魔ひよこの頭をよしよしと撫でると、悪魔ひよこが「ぴよぴよ」×5の鳴き声で返していた。
「さぁ、この大きなひよこから繰り出されるものを避けられるかしら?」
大きいと言っても10cmのひよこのが5羽集っているだけで、総面積はほとんど変わっていないように見える。
「さぁ、遊んであげて。」
ココアがタクトを指すと悪魔ひよこは羽を羽ばたかせた。
ひよこ自体は縦横が倍の20cmくらいになった程度なのだが、そこから繰り出されるかまいたちは、威力が5倍になっている。
「回避!」
さすがにこれは天使ひよこたちが防げるものではないと判断したタクトは、ひよこたちに避ける指示を出し、しかし、自身はよけきれずスカートの裾を切られてしまった。
「タクト様!負けないで!」
「タクト様!優しい!」
天使派の生徒たちがタクトに激励を飛ばす中、
「ココア様、応援します!
もっと攻撃を!」
何故か天使派のはずの生徒からココアへの激励の声も上がっている。
「ココア、女性になんてことを、君はそんな女性じゃないと思っていたのに。」
第二皇子がスカートを切られたタクトを愕然と見て顔色を変えている。
「あれほどココアの好感度が高かったデイビー様の好感度が落ちてきてる?
個人イベントカードの結果を翻しかねないな、この天使と悪魔のカードは。」
天使ひよこを抱えて、二投目のかまいたちを避けたタクトは、攻略対象を眺めながら低く呟く。
「個人カードイベントの意味がないじゃないか、仕様バグ報告としておくか?」
ココアはタクトの落ち着いた様子に眉間にしわを寄せ、自身の悪魔の羽を大きく広げた。
「まだ余裕があるようですわね、面白くありませんわ。
手が塞がっているうちに、サッサとドレスを切り裂かせていただきますわよ。」
「はは、実は余裕ないかな。
ココアの野望だけ阻止できたらいいかなと思っていたけど、それさえもできそうにない。
しかたない、仲間呼びカードを使う。」
タクトは天使ひよこを肩腕で支えると、もう片方の手を前に出した。
「あら、珍しいですわ。
タクト様が賭けをするなんて。
そんなに追い詰められましたの?」
広げた羽がココアのウキウキ度を表すように閉じたり開いたり動いている。
「属性カード、仲間呼び 発動」
カードが光ると、体育館の周りがざわつき始めた。
「野良の補助キャラたちが集まってきたようですわね。
ニコの傑作たちが集まるなんて感無量ですわ。」
ココアのウキウキ度がさらに増し、先のとがった紫紺の悪魔の羽がパタパタと可愛らしく動き出したとき、紫紺のオーロラの壁をものともせず、体育館の窓からたくさんの小動物たちが舞い込んできた。
その背には属性カードが携えられている。