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025_鏡像対象が複数だった場合の話

タクトとヒュー、ココアと第二皇子のデイビーのペアはダンスの最後の礼を終えても体育館の中央にいた。


「タクト、名残惜しいからもう一曲俺と踊ってくれないか?」

ヒューがもう一度手を差し出してきたが、タクトは後ろから近づいてくる令嬢の気配を感じて手を避けて一歩進み出た。


「あら、きゃっ!」

「えっ?」

ぶつかる予定のタクトに寸前でよけられた令嬢は、バランスを崩して目の前のにあった手にしがみつき、差し出していた手を掴まれたヒューが令嬢をかろうじて支えた。

助けられた令嬢は慌てて反対の手を後ろに隠したが、ヒューは令嬢が隠した手に小さなはさみが握られているのを見逃さなかった。


「後ろに隠した手を見せてくれないか?

何か持っていただろう?

タクトに何かするつもりだったのか?」


「いえ、そんな、偶然ですわ。

それより、今度は私と踊っていただけませんか?」


怒りをあらわにするヒューに、令嬢は果敢にもダンスを申し込んだが、手を振りほどかれただけだった。


「女性に手荒なことをするつもりはないが、偶然にしても危なさすぎる。

はさみはしまってくるんだ。」


「ヒュー様が、あんな田舎令嬢にお揃いのドレスを贈るなんて、、、、。

私耐えられませんでしたの!」

はさみを体育館の床に投げ捨てた令嬢が、再挑戦とばかりにヒューの胸に飛び込んだ。


「何を言ってるんだ、お前たちが体操服を着たタクトを貶めるようなことを言うからだろう?」

ヒューは胸に飛び込んできた令嬢の肩を押して自分から剥ぎ取ると、大いに呆れた口調で令嬢を窘める。


「でしたら、私、今度のダンスの授業では一人だけ、体操服で参ります。

そうしたら、ドレスを贈っていただけるのですか?」


「いや、それとこれとは、、、」

しつこい令嬢にヒューもしどろもどろになってきて、第二皇子とココアに「助けてくれ」のアイコンタクトを送っている。


そんな二人の攻防とは別に、タクトは間合いをジリジリ詰めながらよってくる令嬢たちがいることにも気づいていた。

「はじまったな。

これは、嫌がらせとトラブルのどっちだ?」

つぶやきながら周りを飛んでいたひよこたちに手招きして、肩や背中のリボンの上に乗せた。

「とりあえずではあるがリボンが切り取られることを多少なりとも防げるはずだ。」


「あら、何のことでしょう?

本日は、皆さま、偶然、そう、ぐーぜん、糸を切るための小さなはさみをご持参されていらっしゃるだけですわ。

それが偶然タクト様にあたって、ドレスが落ちても、やっぱり偶然ですわ。」

ふっと、体育館の窓から外を見るココア。

「偶然、そう偶然なのですわ。

それこそがラッキーな出来事になるのですもの。」

指を口元に当て恍惚と微笑むココア。


「ラッキーと言っても、ドレスが少し破けたり、万が一落ちてもインナーになるだけ。

インナーは、はずせない可愛らしい仕様だろ?

だから、ここにはレストルームもないしね。」


タクトとココアの会話を聞いていた、小さなはさみを携えた周りの令嬢が隣の令嬢に耳打ちした。

「レストルームって、何かしら?」

聞かれた令嬢も心当たりが無いらしく、???を散らしている。

「レッスンルームの間違いでは?」

「レッスンルームなら音楽室の隣にあるじゃない。」


「タクト様に聞きに行きましょう。」

「そうしましょう。」

にこやかに令嬢たちが近づいてくるが、その手には、やはり、はさみが隠されている。


「まったく、ココアのこだわりには脱帽するよ。

カードの強制力とか言う前に、どうやって令嬢たちにはさみを持たせたんだか。」

近づいてくる令嬢たちを警戒しつつも、それを嬉しそうに見ているココアの方に手を伸ばし、手のひらにカードを浮かび上がらせた。


「あら、それは、鏡像カード?

また、ひよこたちを利用する気なら、許しませんわよ。」

ココアが本気で睨んでくる。


「ひよこは対象にしないから、安心して?

同じ事を何回しても、テスト的に面白くないしね。

俺のターン。」


疑わし気に睨むココアに笑顔を向けたタクトはカードを発動させた。

「属性カード 鏡像発動、対象はヒュー様。

鏡像対象は令嬢が持っているはさみたち。」


「えっ?????」

ココアは睨んでいた目を丸くして驚いている。


「最初に、対象4羽に対して、鏡像対象が1羽だっただろ?

次が、対象と鏡像対象が同じもので、数は10。

で、最後に対象が1に対して、鏡像対象が複数だった場合どうなるのか、試してみたかったんだ。」


カードが光ると、ヒューの赤い髪はハサミの刃のように鋭くなり、指が小さなはさみになり、色々なところからハサミが生えだした。

「ま、まってくれ、これは何だ?」

ヒュー本人の驚いている顔はそのままで、耳がハサミになっているが生きるのに支障はなさそうだ。


「また、タクトか!」

ヒューに肩を押されていた令嬢がハサミになったその手を見て、一目散に逃げだしたのは言うまでもない。

ヒューを助けに行こうとしていた第二皇子、ロルフも足を止めて、そのまま後ずさりで逃げている。

「「シュールすぎるだろ。」」


「そうきたか。

対象1で鏡像対象が複数のときは、部位をパーツと認識して対象とするのか。」


携帯用の小さなはさみ、糸切狭、リッパー等々十数個を体にくっつけてヒューは悲痛な叫びをあげている。


「これは私も少しやりすぎだと思いますわよ。

タクト様。」

ココアの周りのひよこたち、タクトのひよこたちもドン引きした目で頷いている。


「タクト様、私たちが悪うございました!!!」

「お願いですから、ヒュー様を助けてください。」

「今度の授業で体操服など来て来ませんから!」

「普段あんなに明るく、陽気で優しいヒュー様が!」

「あんなに助けを求められています!!」


「「「「「しかも、誰にも助けてもらえないなんて、心が痛すぎますわ!!」」」」」

令嬢たちの悲痛な叫びに、心を痛めたのはココアの方だった。


「タクト様、今回も私の負けで構いませんわ。

好感度アップ引き受けさせていただきましてよ、サッサとやめてあげさない!」


「ココア様、何て美しくてかっこいいのかしら。」

令嬢たちがうっとりとココアを見つめ呟くと、

「「「ああ、本当に。」」」

攻略対象者3人も同意の声をあげた。


「鏡像カード、終了」

タクトが終了を宣言すると、鏡像カードはそのまま消えて行った。


先に発動していた、嫌がらせイベントカードがココアの前まで飛んでいき、そのままココアの中に消えた。

嫌がらせイベントはココアの方に軍配が上がったようだ。


いつも表示される薄白いパネルには「嫌がらせイベント終了」「鏡像カード消去」と表示され、続けて「嫌がらせイベントが2回クリアされました。階段つき落としイベントが解放されます。」と表示されている。


ココアも同じパネルを見ただろう、これでゲームクリアに一歩近づいた。


元の姿に戻ったヒューは、わずかににじんだ涙を手で拭うと迷わずココアの前に歩み出た。


「ココア様、有難う。

本当に、助かりました。

あなたは私の・・・」


熱い眼差しを向けるヒューの周りに情熱を思わせる真紅の薔薇が現れ、丸い額縁を模すようにヒューを囲みだした。

そこに再びヒューの頭上に個人イベントカードが浮かぶ。


情熱を思わせる真紅の薔薇の輪に囲まれた、眩しい笑顔ショット。


「仕方ありませんわね。

まだ、逆転のチャンスはありますもの。」


ヒューがきらきらと光る眩しい笑顔をココアにむけると、情熱を思わせる真紅の薔薇とともに個人イベントカードは消えて行った。


結果、好感度のアップダウンで言うと、悪役令嬢扮するココアが圧倒的に勝っているのだが、それはココアの野望とするところのヒロインタクトのハーレムルートが遠のいてしまうことを意味する。


ココアは俯いた顔をあげると、足を一歩前にドレスの裾を翻して姿勢を正し、声高らかに宣言した。

「ここで、使わせていただきますわ、天使(エンジェル )カードを!」


白い上品なレース手袋をはめた手を勢いよく前に差し出すと、その手のひらにカードが浮かび上がった。

「私のターン!

天使カード、発動しますわ。

選択対象のプレイヤーはもちろんタクト様、と、補助キャラひよこたちも一緒に。」


カードが光り、発動すると瞬時に消え、逆にタクトとその周りのひよこたちが光り出す。

タクトの背中には自分を包み込めるくらい大きく白い、美しい天使の羽が生えてきた。


天使の羽は、タクトのひよこたちの背中にも現れた。

「ヒヨコの背中にもデフォルトとは別の天使の羽が生えるのか。

まさに、ダブルウィング?」

タクトがひよこにはえた珍しい天使の羽を観察していると、更にタクトとひよこの頭上に天使の輪が、更に大きな羽に重なるように小さな羽が生えてきた。


「ひよこの場合は、ダブルじゃなくて、トリプルウィングか。

この羽、どっちが有効なんだ?」

後光を放つタクトの周りを、同じく後光を放つ小さなひよこ天使が五羽ぴよぴよと飛び回っている。

その姿を見て、攻略対象者を含む生徒たちが皆、当然のように手を合わせている。


「「「「「まさに天使!いや、天国!」」」」」


その気持ちは分かりますわと言わんばかりに、手を合わせる生徒たちと目を合わせて頷きあったココア。

「さぁ、タクト様

天使(エンジェル )悪魔(デビル)の戦いをはじめましょう。」

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