022_白衣の話
声を出せるようになったココアが「もう大丈夫ですから!」と第二皇子のお姫様抱っこを退けて無理やり解放させると、増えたひよこが消えた教室のあちらこちらでため息が漏れた。
制服を整えるココアの前に立ったロルフが恭しく頭を下げた。
「ココア様、タクトさんの暴走を止めて頂いて有難うございます。
さすが、未来の第二皇子妃ですね。」
「いえ!ただの婚約者ですわ。」
ココアは、腕を組んで顔をそらすも、それ照れ隠しだと誤解しロルフは表情を緩ませた。
「ふっ、ふふ。
あなたの良さを分かっていなかった私は何と愚かだったのでしょう。」
ロルフはココアに今までとは違う尊敬を込めた強い眼差しを向けて、微笑んだ。
その背景には深みのある落ち着いた濃い白の色合いを持つバラが咲き誇っている。
ココアはロルフの笑みに自分の負けを悟った。
図書受付カウンターにあった個人イベントカードが、ロルフの後ろに浮かんでそのまま咲き誇った白バラと一緒に消えて行った。
「イベント終了。
ロルフ様の力強い眼差し笑顔、個人イベントカードと同じ笑顔をココアがゲットしたな。」
ココアとタクトのもとに戻ってきた5羽のひよこたちは、いきなり仲間の数が減ったので物足りなさそうに頭上を飛びまわった。
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ログに rec start と表示された後、すぐにrec endと表示されたことに気がついたアオバは、後ろにいるシキの背中に声をかけた。
「シキさん、個人イベントカードのイベントが発生して、終了したようです。
録画機能が開始されて、約1分後に停止されました。
こちらの時間の1分くらいだとゲーム内では、この接続スピードだと約10分、前後だと思います。」
「そうか、想定外の速さだけど、何やってるんだ?
タクトたち?」
「タクトさんが個人イベントカード発動後にすぐに、属性カードの「沈黙」を使用、その後続けて属性カードの「鏡像」を使用しています。
ここまででゲーム時間で5分くらいです。」
アオバの言葉に、ストーリーを追っていたシキがある数値に気がついた。
「これ、ここはまずいな。
鏡像の対象が同じ場合、倍を繰り返している。
プレイヤーがend宣言を行うまで、ループするようになっている。」
「本当ですね、約2.5秒間隔で2倍となっています。
鏡像発動から停止までの時間が1分もないのはそのせいみたいですね。」
「これも単純ミスだな、対象が同じ場合の考慮がなされていない。」
「そうですが、この場合は何が正解でしょう?
同じ対象の鏡像を制限する、もしくは、1回だけの2倍で終わるように制限する、でしょうか?」
「俺は前者だけど、自分の鏡像なんてとんでもないし、考えたくもない。
けど、仕様はマシロに確認が必要だから、担当者に修正方法を確認するように伝えてくれるか?」
「わかりました。
さすがタクトさんですね、バグが出そうなとこ見分けてくれますね。」
「そうだな。」
嬉しそうな嫌そうな複雑な表情のシキをアオバは見逃さない。
タクトさんが褒められてうれしい、だけどバグは嫌だという感じだ。
「好感度は、ヒロインの方がずいぶん落ちてますね。」
タクトさんが勝ったようですとは言わない。
「該当の攻略対象者の好感度が50%、他三人は20%、それぞれ好感度がマイナスになっています。
悪役令嬢側は、それに反比例する形で上がっています。」
「どうしたんだ?
タクトは負けないからどこかで挽回すると思うけど、まだログアウトはしてないな。」
シキがログを見ながらソワソワしだした。
「シキさん、これ異様に展開が早いので、このままストーリークリアまで行くかもしれません。
本来は1日でクリアできる設計ではないですけど、あの二人ならやりかねませんし。
当分ログアウトされないと思いますし、だから、昼食取られてきてはどうですか?」
「いや、いい。」
即答するとシキは、タクトのログを追い出した。
昼食をなどどうでもいいようだ。
「・・・そうですか。
俺も、別にいいんですけどね。」
しかし食事はした方がいいことは理解しているので、自分はどうでもいいがシキには食事をしてほしいとも思うアオバ。
こんな時、トウリやタクトならどうするか、二人の言うことならシキも聞くかもしれない。
と、考えたアオバだが、その前に、二人がシキに何かを強制的にさせているところを見たことが無かった。
どうするか、タクトはゲームテスト中、トウリは今回AI担当をしており、かなり忙しい。
すべてのキャラクターの教師の設定を構築、キャラクターの性格は「教師の正答」に左右されるため、より細かに、最後の最後まで微調整を入れる必要があり邪魔することはできない。
昼食のことから考えが逸れたことに気づいたアオバはシキの来ているものに目を止めた。
「シキさん、そう言えば今日も白衣を着てるんですね。
白衣は汚れが目立つと思うんですが、大丈夫ですか?」
「汚れたら、誰かがすぐ教えてくれるから便利だろ?
自分で気にする必要が無いからめんどくさくなくて、だからいい。」
「なるほど、そう言えばそうですね。
カードで着替えるみたいにはいかないですが、サッと羽織りなおすだけですしね。
自分で気にするのも面倒だし、俺も白衣着てこようかな。」
「メガネをかけて白衣を着た男が背中を向け合って、パソコンログに集中する絵はシュールだからやめてくれ。
妖しい研究室そのものじゃないか。」
「あれ、ヨウキいつの間に。」
「ヨウキさん、何しに来たんですか?」
「昼食届けに。
今この部屋に入れるのは君たちと俺だけだから、俺がデリバリーしてんの。
どうせ朝から何も食べてないだろ、二人とも。」
ヨウキは二人のつれない言葉をスルーして、持ってきた紙袋から数種類のサンドイッチと飲み物を取り出した。
ーーーーー
生徒たちは教室に運び入れていた本と本棚、その他もろもろの図書館用品を運び出して、図書館に戻していた。
ココアも第二皇子たちと図書館や生徒会室に行っていたが、何やら上機嫌で戻ってきた。
「では、デイビー様、最後に図書館のネームプレートを戻してくださいませ。」
第二皇子はココアからネームプレートを受け取ると教室の前のネームプレートを掛け変えて、「図書館が教室に戻ったな。」と満足気に口に出した。
教室が図書館から教室判定に戻ったということだろう。
「次が1日目の最後の授業か。
何の授業か知らないが、なんにしろ油断できないな。」
次の授業までにまだ時間はあるが、時間割を聞いていないのでわからない。
「本来なら攻略対象たちが都度教えてくれる設定なんだ。
行き当たりばったりに教える仕様の方が、攻略対象たちと絡みやすいとはいえ、、、」
タクトは教室の窓の外を見ながらぼやいている。
「あら、タクト様、次の授業は体育館でダンスレッスンの授業ですわ。」
ココアは教室に入ってくるなり、手に持つリボン型のカードをタクトに見せつけた。
「ダンスレッスントラブルカード、小イベントカードか。
どうりで上機嫌で戻ってきたわけだ。
それにしてもココアの方が、小イベントカードの遭遇率、高いんじゃないか?」
タクトが窓に背中を寄りかからせると、取り巻き令嬢を従えたココアが、カードを見せつけながら側まで来た。
「図書館にありましたの。
今度こそ念願成就させてもらいますわ。」
必要以上に嬉々としているココア。
「怖いけど、何の念願成就か聞いておこうかな?」
「もちろん、ヒロインと攻略対象者との「ラッキースケベ」ですわ!」
堂々と宣言するココアだが、取り巻き令嬢たちはもうそんなことに動じない、一緒に胸を張っているようにさえ見える。
そう、堂々と。
「・・・諦めて?心の底から頼みたいんだけど。」
ヒロインタクトはあざと可愛く、上目がちに微弱スマイルでお願いしてみた。
「うっ、そんな可愛くお願いされましても、こればかりは譲れません!
でも、すぐには使いませんから安心なさって。」
頬を染めて仰け反りながらも、諦めると言ってくれないのはさすがにココアだ。
すぐに使わないと言われても、安心できる要素は全くない。
侯爵令嬢が涼し気な笑顔をタクトの耳に近づけそっと囁いた。
「体育館のダンスの授業は体操服で行いますの。
タクト様はまだ体操服をお持ちでないので、体育館の教務の先生から受け取ってくださいまし。
場所はお分かりになりまして?」
背筋にゾクッと何か走ったタクトは、思わず耳を抑えた。
悪役令嬢の取り巻きは基本的に従順思考のはずだが、ここまでの積極性を学習させているのはココアの才能なのかもしれない。
これも油断できない要素のひとつだ。
廊下から教室に入った第二皇子、ヒュー、ロルフがココアとタクトが話していることに気づくとみな若干怖い顔つきになった。
「(学園内の地図は全部網羅してるから)体育館への行き方は大丈夫。
本来のヒロインは攻略対象者の誰かに案内してもらうんだけど。」
気を取り直したココアが、手のひらにカードを乗せるとリボン型のカードはそのまま消えた。
その手をそのまま攻略対象者たちに向けながらタクトに尋ねた。
「エル様以外はお揃いですが、どなたかに案内を頼みまして?」
だ・れ・に・し・よ・う・か・な?とばかりにリズムを取ってみせている。
「断っとくよ。
というか、今度はヒューの個人イベントカードを発生させる気だよね?
発生条件は、体育館であること、男女合同のダンス授業であること、ヒューからの好感度が各プレイヤーともマイナスではないこと、か。
・・・クリアしてるだろうな。」
「あら、元気がなくなっていらっしゃるのね。
今度は受けて頂けないのかしら?
タ・ク・ト・さ・ま。」
ずいぶん自信ありげだ。
「もちろん、受けて立つよ。
対決はもちろんだけど、その前にこれがテストだって忘れてない?」
「何があっても目的を見失わない、さすが、バグ発見率NO1の男ね。
でも、マシロも言ってたじゃない、ゲーム楽しんでって。」
悪役令嬢らしからぬココアのウィンクに周りの令嬢どころか、教室のあちこちから悲鳴が上がった。




