020_2つ目の個人イベントカード発生の話
午後の授業の予冷が鳴り、廊下で「嫌がらせは見事だったわ」と楽しそうに騒いでいた女子生徒たちが教室に戻ってきた。
焦げてずぶ濡れになった教科書を放置して、タクトが机の上でくつろぐヒヨコたちと戯れていると、廊下を走る複数人の足音が近づいてきて、デイビー、ロルフ、ヒュー、エルが勢いよく飛び込んできた。
「これは、何事、だ、、、。」
教室に入ってすぐ、教壇の周りの焼け焦げた教科書を前に足を止めた第二皇子が、唖然として呟いた。
イベント終了後に取り巻き令嬢と窓際の席で談笑していたココアが令嬢たちに目配せを送る。
取り巻き令嬢たちがさらに周りの女子生徒たちに目配せを送ると、生徒たちはデイビーたちを取り囲み始めた。
「私たちが教室に来たときには、既にこの状態でしたの。」
「え、でも、僕がタクト様と一緒に教科書を持ってきたのはついさっきですよ。」
エルが焼け焦げた教科書に近づき拾おうとするのをロルフが静止した。
「エル、触るんじゃない、この惨状はどう見ても人為的に行われたものだ。
状況が把握できるまで、大事な証拠として誰にも触らせずに生徒会室で保管しておく。」
ココアは自分たちが行った意地悪を今は秘匿するらしい。
賢明な判断だと思いつつ、ひよこと戯れ続けるタクトは素知らぬ顔を続けた。
今、自分の所業を明かされるか、もしくは、後から他の誰かに暴かれるかで、好感度下落パーセントに大きく影響する。
勿論下落幅が大きいのは後者の方だ。
「積もりに積もったものを、追い詰められた結果一気にバラされる方が効果あるよな。
小さな穴から罅が広がって、ダムが一気に決壊するように。
ヒロインが下手に耐えるならそれはあり得るけど、俺は逆手にとらせてもらおうかな。」
ピピピピピピ プルプルプル
「ごめん、笑顔が怖かった?
さて、どうしたものかな?」
本来はいくつかの嫌がらせが密やかに行われ、傷ついたヒロインが泣きながら攻略者たちに訴えることで、断罪イベントのトリガーが引かれることになる。
「嫌がらせが密やかに行われる」
×これは可能性”低”と判断。
事実として、今回は証人を作った上で、嫌がらせイベントが大々的に行われている。
最低あと1回は嫌がらせイベントを発生させなければならないけど、ココアは用意周到に証人を用意するだろう。
大々的に行うかどうかは重要ではなく、証人の準備が重要なポイントだ。
「これをどう潰すか。」
考え込むタクトにデイビー、ヒュー、エルが近づいてきた。
ロルフは焦げた教科書すべてを丁寧に風魔法で浮かせて、そのまま教室をでていった。
「何故、タクトの教科書があんなことになっているんだ!」
ドンッ!ピッ!ピッ!ピッ!ピッ!ピッ!
机を強くたたくヒューに驚いたひよこたちが、タクトの背に隠れた。
「断罪イベントでの材料になるから、それを逆手にとろうとしている俺にとっても、今ばらすのは得策じゃないよな?」
ココア勝利?としてイベント成功が判定され完了してしまった以上、その値を変えることはできない。
「何?特撮に失敗したのか?」
ヒューがうまい具合に話を勘違いしてくれたので、タクトは乗っかることにした。
机に置かれたままのヒューの拳に手を添えて、申し訳なさそうな弱々しい笑顔を作ったヒロインタクト。
「はい、そうです、さすがヒュー様、勘が冴えています。
本当には無かったことを、さもあったことのようなビジョンを作りたかったのです。
魔法を使って皆さまにご協力いただいたのですが、残念な結果になってしまいました。」
そして、頬に手を当て、さらに弱々しく困った仕草をする。
辻褄があっているのかどうか自分でもよくわからないが、ヒュー様への説明はこんなものでいいだろう。
「そんなことは俺に言ってくれ。
失敗しても何度でも付き合ってやるから!」
赤く燃えるような色の髪と同様に熱く語る姿は頼もしさを感じるが、せっかく下げた好感度がまた上昇しているだろうことは嘆かわしい。
「それでは、ココアは何故私たちを閉じ込めるような真似を?
いたずらが過ぎるような気もするが?」
第二皇子は窓際のココアの机の前まで数段上がると、拗ねた口調で尋ねながらも頬を染めている。
「特に理由はありませんわ。
ただ、そうしたかっただけです。
ただの可愛いいたずらですわ。」
令嬢たちから第二皇子へと視線を移し、第二皇子の顔を見たココアはほんのり頬を染めた。
「なんですの!その顔は。」
第二皇子は手で口元を隠しながら顔を窓の方に背けたが、その窓にもココアの映る姿があった。
「すまない、不躾に見て。
その、、、私が渡したスカートがとても似合っていて奇麗だったので、つい顔が緩んだ。」
午後に入り教室に直接日差しは入っていないが、デイビーの金の髪が輝いて見える。
「よし、デイビー様の好感度はまだココアの方が高く維持されている。」
意思疎通のできるひよこたちがヒューの赤い髪を嘴で強く引っ張りタクトから放そうとしているのを放置して、その様子をじっと見守っていたタクトは隠した拳を強く握る。
エルはヒューの後ろから、窓際の二人の様子を凝視するタクトを見て、「彼女がココア様とデイビー様の仲良さげな姿に心を痛めている」と思い違いをしていた。
「僕は騙されてあげませんよ。
あんな人、庇う必要はないのに。」
「いてててて、タクト、このひよこたち止めてくれよ。」
エルの独り言は、ヒューの大きな懇願に被って打ち消されてしまった。
「エル、見ていないで、ひよこたちを何とかしてくれ。」
剛健なヒューが目に涙をためているのを見たエルは、慌てて自分に近いひよこを両手でそっと掴んで離そうとしたが、ひよこはそれくらいでは赤い髪を放さない。
「そういえば、ココアのひよこたちはまだ戻っていないな。
男子生徒数も足りない、午後の授業が始まる気配がない。」
タクトが今の状況を怪しみ始めるとほぼ同時に、本棚、ブックスタンド、その他図書館にありそうな諸々のものを持った男子生徒たちが教室に戻ってきた。
ココアのひよこたち先導のもと、手際よく本棚が黒板を隠し、また長机の間にも立てられる。
教室にいた女子生徒たちも率先して、置かれた本棚へ本の設置を手伝うものだから本が次々と配置されていく。
「デイビー様、少しお手伝いをお願いしてもよろしいかしら?」
「ああ、もちろん、ココアの頼みを断るわけはないだろう?」
ココアが第二皇子たちと一緒に教壇の方に下りてきていた。
相変わらずの良い雰囲気で見つめ合いながら、ココアは後ろの侯爵令嬢の前に手を出した。
侯爵令嬢は図書館から戻ってきた男子生徒から受け取っていた、重厚感ある木製のネームプレートをココアの手にゆっくりとのせた。
「これを、この教室のネームプレートと交換してきていただきたいの。」
ココアは受け取ったプレートを第二皇子の目の前に差し出して見せた。
「これを?
なるほど、わかった、午後の授業をこんな風に変えるなんて、奇想天外なあなたは第二皇子妃に相応しい。」
ネームプレートを受け取った第二皇子からの熱い視線に、ココアは素で冷たい視線を返してしまった。
「あら、私はただの婚約者でしてよ。」
「ココア様、暖気と冷気がぶつかって小さな前線ができておりますわ。」
「あら、大変。
ネームプレートが濡れてしまうわ。
デイビー様、雨が降る前に掛け変えてくださいまし。」
あっという間に教室に本棚にが整備され、教壇が図書館の受付カウンターに変わっている。
タクトの目の前を通る第二皇子が持つネームプレートには「図書館」の文字があった。
「ロルフの個人イベントカードの発生条件、図書館であること、ヒロインが本に躓いてこける、または、本に埋まっている(物理攻撃を受けている)状態、その状態のときに後から図書室に入ってきたロルフがヒロインを助ける、この3つの条件のクリアだったな。」
ココアのひよこたちが第二皇子たちと一緒に戻ってこなかったときに、すぐに怪しむべきだったとタクトは頭を抱えた。
デイビーが教室の前のネームプレートを掛け変えて、「教室が図書館に早変わりだ、ココア以外こんなことを考えつかないだろう」と満足げに語っているのが聞こえた。
それは、この場所が教室から図書館として判定が変わったことを意味するだろう。
「デイビー様の好感度の高さは、俺の方が有利だが、後の攻略対象者は不利だ。
このイベントどう回避すべきか。」
イベントは必ず発生させなければゲームをクリアすることはできない。
早めのイベント発生は、有難いと言えば有難いのだが、間髪入れずに仕掛けてくるココアにタクトは脱帽した。
「甘く見すぎていたかな?
即席の図書館だ、しかも、ロルフは生徒会室に行っているだけだから、もうすぐ戻ってくる。
後は俺に誰かが本をぶつければ、条件クリア、、、」
ヒューはぐよこたちに絡まれてタクトから離れた教室の入り口付近にいる。
ひよこを邪険にできないエルもヒューの側であたふたとしている。
「その通り、条件クリアさせますわ。
それはそうと、私たちプレイヤーは何があっても決して怪我をすることはないわ。
だから、覚悟はよろしくて?タクト様。」
図書受付カウンター席にいるココアは、扇を広げて口元を隠し挑戦的な目をタクトに向けた。
「受けてたつよ。」
タクトは立ちあがると、ココアに向き合った。
火花は散らないが、先ほどできた前線から降っていた小雨は吹き飛んだ。
その表情を挑発から妖艶な笑みに変えたココアが、音を立てて扇を閉じると、タクトの後ろの本棚が大きく揺れ出した。
本棚の揺れを気にも留めずにそのままタクトとココアが向き合っていると、図書受付カウンター上に白いカードが浮かび上がってきた。




