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019_悪役令嬢の嫌がらせの話

教室ではココアが他の生徒たちと談笑を交わした後、三人の令嬢たちに熱く語っていた。

「嫌がらせは、人前で堂々と行わなければいけません。

誰もが、ヒロインを、高貴な身分の公爵令嬢である私が、蔑んでいると認識させるのです。」


ココアを囲む令嬢たちは、お互いに顔を合わせ頷きあった。

「さすがですわ、ココア様、堂々と!ですのね。」

ココアは目を閉じて小さく頷くと、胸に手を当て痛みを耐える仕草を行った。

「決して、「自分の自作自演だ」などと、ヒロインであるタクト様に言わせてはいけないのですわ。」


胸にあてた手を拳にすると強く押し当て、肩を震わせる。

か弱く震えるココアを、令嬢たちとその周りにいる生徒たちが見守っている。


「その為にも、午後の授業に攻略対象者である方々がお越しになってはいけないのですわ。

誰か一人でもいると、嫌がらせイベントカードが発生しないのです。」

耐えるようにクッと俯くココア。


「ココア様!」

ギュッ!

令嬢の1人、三人の中でも一番位の高い侯爵令嬢が、ココアの胸の手を両手で握りしめた。


「デイビー様たちは昼食を生徒会室で召し上がられています。

生徒会室の扉を開けられないように塞いでしまいましょう。

閉じ込めてしまえば、午後の授業には間に合いませんわ。」


ココアは侯爵令嬢の両手に、もう片方の手を添えて、優しく諭した。

「いえ、それでは、タクト様ではなくデイビー様たちへの嫌がらせになってしまいますわ。

もっと、他に、、、」


「まぁ、私ったらなんてことを。」

シュンと目を伏せた侯爵令嬢の頭に、ビーグル犬の耳が見えたココアが「あら?」と呟くと目を見開いた。

「いえ、よく考えるとそれも悪くない案ですわ。

攻略対象者に私への好感度を下げさせることができるかもしれませんもの。

一石二鳥の妙案ですわ。」

「ココア様、、、こんな私の駄案をそのようにおっしゃっていただけるなんて。」


ココアは瞳を潤ませる侯爵令嬢を両手で包み込むように抱きしめた。

「有難う。

もうあまり時間がありませんわ、すぐにあなたの案を実行しましょう。」

ピッピッピーピピ、意思疎通のとれたヒヨコたちが一列になり、そのままひよことは思えぬスピードで教室から飛び去った。


「わっ?」

ドサ、バササ、ゴトッ。

ちょうど教室に戻ってきたタクトが、猛スピードで飛んでいくひよこたちを避けた弾みで教科書を落としてしまった。


「まぁ、教科書をもらってきたのね、何て好都合なのかしら。

午後の授業が終わった後にデイビー様に、ヒロインに教科書をすぐに準備していただくようお願いしておいたかいがありましたわ。」

嬉々としてタクトが落とした教科書を見ていたココアだが、

「タクトさん、大丈夫ですか?」

タクトの教科書を持ったエルが後から教室に入ってきたのを見て顔を歪めた。


「エル様、何故あなたがこの2年生の教室にいらっしゃるのですか?

せっかく教科書があっても、攻略対象であるあなたが教室にいると、イベントカード発生条件がクリアされません。

あなたの出番は園芸部の花壇の前ですので、今では無いですわ!」

教室の上段の席から見下ろされ、咎められたエルはココアの迫力に圧倒されて何も言うことができない。


「何言ってる?教科書があって、攻略対象がいないだけでは発生しないだろ?

教室をステージにした嫌がらせカードの発生条件は、誰もいない教室で、三人の令嬢がいて、ヒロインの教科書がある、この3つクリアが必要だ。」

タクトは落とした教科書を拾いながら、淡々と条件を説明した。


ついでにエルの持つ教科書を自身の持つ教科書の上に重ねて、そのままエルの頭に手を置いた。

「エル様、教科書を運んでくれてありがとう。

もうすぐ午後の授業の予鈴が鳴るみたいなので、1年生の教室に急いで戻って?」

委縮しているエルを落ち着かせるために、数回頭を撫でて、出来るだけ優しい声を出したのだが。


「桃色の髪のタクト様と水色の髪のエル様、まるで対のようですわ。

何て麗しい。」

ココアの声で、つい先ほどエルから言われたことと同じような言葉が聞こえたが、それはスルーを決め込んだ。


「ところで、エル様。」

ココアの取り巻きの伯爵令嬢二人がいつの間にか、エルを左右から挟んでいる。


「何?僕はタクトさんの助けになりたかっただけだけど。」

ココアのときとは違って強気に出るエルに、伯爵令嬢二人はさら近づいた。


「先ほど、ココア様のひよこたちが、生徒会室の扉の鍵を外から掛けて、デイビー様たちを出られないようにしに行きましたわ。」


「えっ!?なんでそんなことを?」

エルは信じられず、二人の令嬢の顔を交互に見た。


「もちろん、嫌がらせのためですわ。」

「ココア様とタクト様のイベントのために、ココア様がひよこたちを向かわせましたの。」


「た、大変だ、助けに行かなきゃ!」

教室を出て走り出そうとするエルに伯爵令嬢たちはさらに声をかけた。

「エル様、ココア様がデイビー様たちを教室に来られないようにするために閉じ込めたのですわ。」

「ココア様です、絶対に忘れずにお伝えください。」


二人の令嬢がエルを見送っている間に、タクトは教科書を午前の授業で座っていた位置に置いていた。

攻略対象がいなくても教室にはまだ複数の生徒たちがいる、条件クリアはできない。

そう考えていたタクトだが、視界の隅、数メートル先の教壇の上に淡い光を纏って白いカードが現れてくるのを感じ取った。


「皆さま、特に女子生徒の方は教室から出られましたら、廊下側の窓からしっかりと中を覗いておいてくださいませね。」

侯爵令嬢が、教室の生徒たちを廊下に出るように誘導しながら可愛くお願いしている。


ココアは教室の最後列にある机に脚を組んで座って、侯爵令嬢に誘導されている生徒たちに高飛車な声をかけた。

「皆様には、先ほどお話ししましたように、公爵令嬢である私が、タクト様に、嫌がらせをしていたと証言するための証人になっていただきますわ。

タクト様のために快諾いただいたこと、感謝して差し上げますわ。」

タクトを見下ろし、悪役令嬢らしく「おーほっほっほっ」と高い声で笑うココア。


白かったイベントカードに破かれた教科書と壊れた文房具の絵が浮かび上がっていた。

生徒の最後の1人を締め出した侯爵令嬢が教室のドアを背中越しに閉めて、ココアに目配せをした。


「嫌がらせイベントカード、発動ですわ。」

ココアがビシッと音がたつほど鋭く、素早く、扇を持った手を教壇のカードに向けた。


廊下側の窓から中を覗いている生徒たちはいるが、”誰もいない教室で、三人の令嬢がいて、ヒロインの教科書がある”という条件が満たされてしまった。

この場合、加害者である金の巻毛の公爵令嬢と、被害者である桃色のショートカットの髪のヒロインはカウントされない。


扇でカードを指したことが合図でもあるかように、伯爵令嬢二人が教科書に近づいてくる。

タクトは瞬時に目の前の教科書を持って思いっきり引っ張った。

令嬢たちの誰かに教科書を破かれては嫌がらせが成立してしまう。

それより先に、今ここで自分が教科書を引き裂き、自作自演を成り立たせようと考えたのである。


「思ったより硬い、引き裂けない。」

一定の重量を感じないのは安全対策として制限されているだけで、腕力、握力などはヒロインの属性が適用されている。

十代の女性に分厚い本を素手で引き裂けるような力が無いことをタクトは失念していた。


普通、悪役令嬢側のプレイヤーはざまぁ返しをするために、「ヒロインが嫌がらせを自作自演した」という証拠を揃えるのに苦労するはずで、タクトはそれに協力の姿勢をとっていた。

のだが、相手がココアの場合、利害が一致しない、ココアは自分が嫌がらせをしているという複数の証人を嬉々として揃えていた。


「タクト様、御免あそばせ。」

侯爵令嬢が、風魔法を使い小さな竜巻を作ると、タクトの手から教科書を巻き上げ、机の上にあった重い教科書をも巻き上げてしまった。


タクトは少し考えて、自分の周りでくつろいでいるひよこたちを見た。

「ひよこたち、あの竜巻の中の教科書、持ってこれるか?」

ぴよ!

1号が元気な声を出してくれたが、2号、3号、4号、5号は

ぴよー ・・・

と、下がり調子の情けない声を出している。

「・・・1号以外は、嫌、みたいだな、やろうと思えばできるけど。

せっかく日向ぼっこしてふわふわになった羽を乱したくないのか、じゃ、仕方ないな。

1号だけだと、無理だよね、あの数は。」


「御免あそばせ。」

扉の前にいた伯爵令嬢の1人が竜巻に向けて小さな炎の柱を伸ばすと、竜巻の円周に沿って炎が伸び、火を教科書に燃え移らせた。


「ひよこたち、あれ消しに行って欲しいけど、嫌か、そうか。」

さすがに、1号も首を振った。


「御免あそばせ。」

もう一人の伯爵令嬢が、水柱を伸ばし、半分程黒焦げになった教科書に水をかけると、当然ながら火が消える。

侯爵令嬢が風魔法を止めると竜巻が消失し、教科書はそのまま教壇の周りにボトボトと落ちて行った。


「火事になる前に消化は大事だよね。

教科書的にはある意味、引き裂かれるよりもハイレベルな嫌がらせだ。

表紙、裏表紙から周りが燃えて焦げた上に、かろうじて燃え残っている中のページも水浸しになって捲ることもできない。」

水にぬれた薄い紙を剥がそうとして破ってしまう想像は誰にでも容易にできるだろう。


タクトの諦めた声を耳にしたココアは、机から下りると満面の笑みでその場に立ち、取り巻き令嬢たちと、廊下の生徒たちに向かって声をかけた。

「さすがですわ、よくやりましたわ!

皆さま、見て頂けましたわね。

私が命令して、三人の令嬢が見事にタクト様への嫌がらせをやってのけたのです。」


廊下で、拍手が巻き起こると、嫌がらせイベントカードがココアの前まで飛んでいき、そのままココアの中に消えた。


「ココアのターン終了という感じか。」

タクトはため息をついてそのまま自分の席に座ると、教壇の周りに落ちている焼け焦げて水浸しになった教科書を眺めた。

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