017_悪役令嬢とは?の話
ゲーム開始からそれほど時間も経っておらず、ココアがまだログアウトしていないためゲームに戻ることにしたタクトに、シキから、強制ログアウト不具合が修正されるまで令嬢たちへの愛嬌マックススマイルは避けて欲しいとお願いされた。
申し訳なさそうに言うシキに気にするなと言っても気にするので、修正待つよ、と答えて通話を終えた。
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<ログイン>
再びゲーム内に戻ると、口の中にプリプリ、コリコリした食感と醤油ベースで潮騒を感じる旨味が広がった。
パクリ、もぐもぐもぐ、もぐもぐもぐ、ごくん。
箸から口の中に渡された食べ物をしっかり咀嚼、徐々に喉を通っていく食べ物たち、どうやらヒロインは食事中だったようだ。
このおいしい瞬間を横取りしてしまって申し訳ないことをしたと思っていると、テーブル越しにココアと取り巻き令嬢たちが座っていた。
タクトの正面に座るココアの前には、半透明のパネルが現れており、その表示を目で追っている。
半透明のパネルはタクトの目前にも現れると、現在の状況が1行ずつ表示されていった。
<プレイヤーが一人ログインしました。>
<プレイヤーが二人揃いましたので、イベントを再開します。>
<現在、ヒロイン転校1日目のお昼休みです。>
パネルが消えると、持っていたナイフとフォークを皿の上に静かに置いたココアが、タクトの方を見て残念そうに眉を下げた。
「あら、戻ってきてしまいましたのね、せっかくAIヒロイン様と一緒に昼食をとっていたのに。
楽しい食事が台無しですわ。」
ココアは片手で頬を抑えながらとても残念だと言わんばかりに、金の巻毛を揺らしながらフルフルと首を振った。
補助キャラのひよこがプレイヤーのそばにいないのに気づいたが、食堂の出窓を見るとその張り出し部分にひよこが集まって、日向ぼっこをしていた。
ふわふわの羽の間に空気を取り込み更にふわふわ、もこもこになって、10羽のひよこがピヨピヨとやっている。
「海鮮丼、おいしいな。
世界観がどちらかというと西洋風なのに、AIヒロインはお箸で海鮮丼食べてたんだろう?」
パクッ、もぐもぐもぐもぐもぐ、ごくん。
「ふふふふふ、午前の授業が終わってすぐに、私が食堂にお誘いしたのよ。
快く承諾なさった上に、AIヒロイン様は(誰かと違って)キラキラ瞳で食堂のメニューのお勧めを教えて欲しいとお願いしてこられましたの。」
「ふーん。それで海鮮丼をすすめた?
確かにおいしいけど。」
ココアの隣にいた令嬢が、持っているスプーンを静かに置いた。
「ふふふふ、先ほどもこの食堂にの入り口のサンプルケースを前にして申し上げましたように、この学園は奥深い山の中にあるにも関わらず、大変な手間をかけて運搬されるおかげで、新鮮な海鮮が数種類も重ねられた豪華な丼が食べられるのですわ。」
その隣に座る令嬢もフォークを置いて、海鮮丼について説明を加えてくれた。
「ふふふ、他の食物は、日持ちもしますし、運搬にもそれほどの手間はかかりません。
ですから、いつでもどこでも食することができますが、海鮮丼はそうはいきません。」
ココアを挟んで反対側に座っていた令嬢も、自分の持っていたスプーンを静かに置いて、ナフキンで口を拭き、
「ふふ、そう、いわば、この学園で一番の贅沢な一品なのですわ。」
両脇を占め、拳を固く握りしめながら胸の前で合わせた。
タクトは仕様書を熟読していたが、そんなことは書かれていなかったと思い、仕様書記載漏れとして報告する、と、頭の隅にチェックマークを入れた。
もぐもぐもぐ、ごくん。
「それにしても風味や味覚が再現されているから、食べがいはあるけど、満腹感が伴わないのは残念だな。」
フォークとナイフでステーキを切り分けて、口にしていたココアがナフキンで口を拭き、強く頷いた。
「そう、そこは完全同意しますわ。
満腹中枢を刺激していただかなければ、ここでお替りを永遠に繰り返してしまいますわ。」
「本当に、学園の食堂なので期待されない方が多いようですが、皆さま一度食堂のメニューを食されましたら必ずリピートされますわ。」
ココアの両隣に座る令嬢たちも、各々チーズグラタンや切り分けられたローストビーフと葉野菜のサラダ、クラムチャウダー等々、をおいしくいただいている様子だ。
タクトの視線に気がついた令嬢が笑顔を振りまいてくれた。
「ふふふ、タクト様がおいしそうに食べていらっしゃるので、私も明日は頑張ってそれにしようかしら。」
「頑張って?」
何を頑張るのだろうと怪訝な目を向けたが、それでもニッコリと返してくれた。
「海鮮丼は毎日限定数10と決められていますので、今日のように午前の授業が終わりましたらすぐに来なければいけないのですわ。」
「明日もご一緒出来たらうれしいのですけど。」
「是非、ご一緒しましょう?」
令嬢たちから出る波動に、まだかなりの好意を感じるタクトは無表情を装った。
次のログアウトでバグ報告をするつもりだが、ここでまた強制ログアウトされてしまったらシキの落ち込みが倍増しそうだ。
口を拭き終えたココアがナフキンをテーブルにおいた。
「私は先に教室に戻りますわ。」
その声を聞き逃さなかった給仕たちが、食堂の待機位置からすばやく近よってきて、タイミングを合わせてココアの椅子を引いた。
ココアの椅子を引くことができなかった給仕たちがテーブルから数歩離れた位置で、ガクンと膝を床につけたかと思うと伏せて悔しがっているのが見えた。
「人気あるんだな、悪役令嬢と言えど。」
「あら、この美貌にスタイル、私のネガティブな噂に関係ない方たちが、私を嫌う理由はなくてよ。」
いつの間にか片手に扇子を持ったココアが、金髪の巻毛を大きくかきあげて、眩しいほどの笑みを浮かべ奇麗な立ち姿を披露した。
大きな胸を強調するようなピタリとしたブレザーに、タイトなスカートの膝下から技術を凝らしたレースが広がる美しいマーメイド型のスカート。
そこから伸びる白い肌のふくらはぎに閉まった足首、白いソックスと白い革製のヒール付きのローファー、どこから見ても美しさを隠せない。
「あれ、さっきの授業ではフレアスカートの制服じゃなかったか?」
タクトが食べ終わった丼の上に箸を揃えておいて、両手を合わせてご馳走様をしながら聞いた。
「ええ、あなたのおかげで保健室に行ったのよ。
そこで、御髪を整える間に、着替えまで用意していただいたの。」
「へぇ、第二皇子は用意周到だな。
もしかして、今朝のあれこれで濡れてたら、俺がもらう羽目になってたのかな?」
初回イベント後に攻略対象たちがずぶ濡れになったときのことを思い出して、タクトは首をひねった。
「そう、下手したらタクト様にこれがわたってしまうかもと考えてぞっとしてしまったわ。
それを回避するためにも、私がもらい受けることにしたのよ。」
ココアは自分で自分を抱きしめている。
保健室で、渡されたマーメイドスカートを見てゾッとしたのは本当のことだろうけど、
「そこまでのことなのか?」
タクトには理解できない。
「もちろんそうよ。
せっかく、スレンダーなスタイルに可愛いスカンツを履いて少年のような容姿なのに。」
「ああ、、、、」
「それが台無しになってしまうなんて、ゾッとしますわ。」
「理解できたよ。
ココアの考えは、、、。
そういうやつだ。」
「ここは悪役令嬢である私が被害を被るべきだと判断いたしましたわ。」
ココアが、両手で顔を抑えて、今にも”泣きます”と言わんばかりに体をくねらせると、周りの令嬢たちは顔を青ざめさせた。
「あ、悪役令嬢とは、そんな、ココア様、違いますわ。
タクト様、ココア様になんてことをおっしゃるのですか。」
ココアの隣に座っていた令嬢がシュンッと俊敏に立ち上がり、タクトに厳しい目を向けた。
「そうですわ。
こんなに美しく、気品がありながら、男前でいらっしゃるココア様を愚弄するなんて。」
ココアの反対側にいた令嬢も立ち上がると、涙目で訴えてきた。
「タクト様には、やはりココア様のすばらしさが理解できないのですわ。
田舎令嬢には、馬の耳に念仏でしてよ。」
「「「こんなに頼もしくて、妖艶で、愉快で、優しく、男前でいらっしゃるココア様を悪役令嬢だなんて!」」」
さすがに爵位の肩書のある親を持つ令嬢たちだ。
皆、取り乱して立ち上がる姿であってもとても所作が美しい。
「悪役令嬢を悪役令嬢と言って、何が悪いんだ?」
シキをこれ以上落ち込ませないためにも、令嬢たちからの非難の声は、好感度判定をマイナスにするためにも有難い。
「悪役令嬢、ふふふ。
皆さま、タクト様を責めないで、タクト様は間違っていませんわ。
悪役令嬢とは、この私のためにあるような言葉ですわ。」