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014_個人イベントカード発動の話

ログに rec start と表示されたことに気がついたアオバは、後ろにいるシキの背中に声をかけた。


「シキさん、イベントの録画が開始されました。」


「・・・なんで?

ゲーム内での時間がリアルの数倍速だと言っても、まだそんなには経ってない、よな?」


「はい、ゲーム内の時間でも1時間前後程度のはずです。

ログを確認しますね。

ログだけ見ると、初めての教室入室、好感度の低いプレイヤーの位置、好感度の高いプレイヤーと個人イベントカードに該当する攻略対象者の位置、1限目の授業で、すべての条件が揃っていて、イベントカード発生、発動されています。

出会い、挨拶、教室への移動、1時間目の授業となるので、条件クリアが早すぎますね。」


「まさかとは思うけど、バグの可能性は?」


「イベントログ、カードログを見る限りでは低いです。

ただ、1限目の前、タクトさんのIDが教室に行く前に、ココアさんのIDが少しの間、教室から離れていますね。

プレイヤーの移動経緯などをすべて追えている訳では無いので何とも言えないですけど、まぁ、何かしたとは考えられます。」


「わかった、ログアウト後の報告待ちだな。

タクトがログアウトしたらすぐ連絡してみる。」


「わかりました。

けど、ココアさんが先にログアウトしたらどうしますか?」


「何もしない。

チェックリスト潰してもらって、既定の報告してもらうだけでいい。」


「そうですね。」

僅かにアップダウンしたシキの声に、アオバは申し訳ないと思いつつ、またディスプレイのログを追い始めた。


ーーーーー


「では、授業を始めます。

先週の授業のおさらいですが、この黒い鳥の特徴を答えてもらいます。」


奇麗な刺繍が施されている中のジャケットとは裏腹に、上下無地の真っ黒なスーツを着て、黒い手袋をした教師が教室を見まわして、タクトに目を止めた。


「ああ。

あなたは転校生ですので、他の生徒の回答を聞いて覚えれば大丈夫ですよ。」

スーツも鳥籠も鳥も黒で、黒い手袋をした手を鳥籠から放さそうとしない姿は怪しげだが、気遣いはできる教師のようだ。


「では、タクトの代わりに私が答えよう。」

隣に座っていた第二皇子が、教師に向けて片手をあげた。

「では、デイビー君・・・」と、教師が回答を促そうとしたのをタクトは制した。

「黒い鳥は金色に光るものが好きです。とてもね。」

ゆっくり立ちながら答えると、ひよこ五羽を手の平に集めてサッと放り投げた。

ひよこたちはそのままパタパタと羽ばたきながら、黒い鳥籠の上を旋回し始めたが、その羽は次第に金色の光を帯び始めた。


「今は鳥籠の中にいますので羽を動かすくらいですが、そこから出るときっと食らいつきに行くでしょう。」


「その通りです。」

鳥籠の中の黒い鳥が上を飛び回る金色のひよこたちを気にしてしきりに自身の羽を動かし始めた。


「この黒い鳥は金色に光るものが好きなのが特徴です。

なので、このように金色のひよこたちに興味津々になって動き始めています。

予習をしてきたのですね、なんてすばらしい。」

教師は、教壇の上を飛び回るひよこたちを瞳を潤ませて興味津々にというよりも愛おしそうに見つめ、鳥籠の上に置いたままの手を感動で打ち震えさせていた。

「この鳥たちも、魔法生物ですね。

ココア君以外にも魔法生物の祝福を受けている方がいるとは、とても驚きました。」


本来このシーンは、答えられない転校生に変わり第二皇子が回答するも、それに憤慨した悪役令嬢が転校生を罵倒するというシナリオが組み込まれている。

行動としては、プレイヤーが自分の好感度を上げるために、または相手プレイヤーの好感度を下げるために試行錯誤することが正解だ。


さらに、逃げ出した魔法生物が、窓際で大きな声を張りあげて一際目立つ光り物(悪役令嬢の金髪)を目がけて飛んでいき、逆にボコボコにされるというストーリーが組み込まれている。

動物愛護の観点から、悪役令嬢の好感度が下がり、何故かヒロインの好感度が上がるというシナリオが想定されているところだ。


窓際の席で罵倒する言葉を考えていたココアだが、そのシナリオが潰されそうな展開に舌打ちをした。

だが、気を取り直し、令嬢らしい気品のある姿でその場で立ち、背筋を伸ばして金の巻き毛をスッと後ろにかきあげて、腕を組むと凛とした声を張り上げた。


「そこのあなた!

デイビー様の隣に座るなんて、厚かましいにもほどがあるわ。

あまつさえ、代わりに回答しようとしたデイビー様の行為を踏みにじるなんて、恥を知りなさい!」

生徒たちが一斉にココアの方に振り向くと、周りの席の取り巻き令嬢たちも立ち上がり、長い髪をスッと後ろにかきあげた。


「本当ですわ、デイビー様の寛大なお心に甘えるなんて、厚かましいにもほどがあるわ。」

「本当なら、デイビー様の隣は婚約者でいらっしゃるココア様が座るべきですわ。」

「本当は予習などされていらっしゃらなくて、目立ちたいだけなのでしょう?」


タクトは三人の令嬢が言葉を発する度に納得するように頷いた。

まぁ、目立ちたいというのは違うが、概ねその通りなのだから彼女たちの言っていることは正しい。


「君たち座りなさい、授業中は静かに。

転校生も座りなさい。」


金色に光るひよこに見とれていた教師が、我に返り突然騒ぎ出した令嬢たちに毅然と注意したのは良かったが、そのはずみで鳥籠の上の手を滑らせて、鳥籠を教壇の前に倒してしまった。

ガシャン!!!

鳥籠はそのまま教壇の下に転がり落ちた。


鳥籠の扉が開いたのを見たタクトは、ココアを振り返った。

よし!と、心の中でグッと拳に力を入れたのをおくびにも出さずに。

「このままではシナリオ通り、鳥籠から脱走したカラスもどきが、窓際で陽の光を受けている巻き毛の金髪令嬢を襲うシーンとなって、ココアの好感度が下がってしまう。」(棒読み)


ココアはタクトを横目で見ながら、満面の笑みで自身の補助キャラであるひよこを、瞬くほどの金色に変えていた。

自分を襲いに来るように念には念を入れているのだろう。


「ストーリー通り。

だが、ここで俺のターンだ。」

教壇の上を飛んでいた金色に光るひよこたち1号から4号までがはすばやく鳥籠の中に入った。

タクトは机を飛び越えると教壇の前の鳥籠に近づき手のひらを鳥籠にかざす。


「属性カード、鏡像。」

手のひらに白いカードが浮かび上がり、鏡越しに自分を見ているような絵が浮かび上がってきた。

「発動対象は籠の中にいる俺のひよこたち、鏡像対象は黒い鳥、発動。」


カードが光ると、籠の中のひよこたちは黒い鳥に姿を変え、大きくなった体が鳥籠を突き破り、五匹の黒鳥が教室に舞い上がった。

キエエエエーーーーー

キエキエキエーーピッ

キエピヨキエッ

ピピッキエエエエーーーーー

ピヨウウキョ?


それぞれ思い思いに鳴いた後、窓際で陽の光に透けてひときわ輝き目立っている金髪に直進した。


「「「キャー!」」」

ココアの周りにいた令嬢たちが自分たちに真っ直ぐ向かってくる五羽の黒鳥を見て悲鳴を上げた。


「タクト、どういうことだ。

わざとココアたちに黒鳥をけしかけてるように見えるぞ。」

教壇の前に立つタクトに第二皇子が非難の声をあげた。


「あの魔法生物は、鳥籠の中だからこそ大人しかったが、一旦籠からでると欲望が抑えられなくなり、光るものをすべて奪いに行くんだぞ!」

「ココア様がいくら強くても、五羽を一度に相手にするのは無茶です!」


タクトに向かって、デイビー、ヒュー、ロルフから非難の声が上がったが、そんな三人にタクトは冷たい笑顔を返した。

「もちろん、分かってる。

織り込み済みです。」


三人の瞳は揺れ、信じたくないと言う思いを滲ませている。

冷淡な笑顔からため息が漏れ、さらに憂うつな表情を見せたタクトを見て、三人はさらに肩を揺らした。


「好感度が高い分、まさかの行動にもっとギャップ萎えしてくれるかと思ったけど。」


シナリオでは、黒い鳥を返り討ちするココアを誰も助けたりはしない。

このままでは誰もココアを助けに行きそうにないと踏んだタクトは教壇の前の階段から、ゆっくりとココアのいる窓際に近づいた。

五匹の黒鳥に構われているココアは、補助キャラのひよこを駆使して追い払っているが、三人の取り巻き令嬢に抱きつかれて思うように動けなくなっている。


タクト越しに見えるココアに、今更ながらに気づいた攻略対象者たちが、先を登っていたタクトを押しのけて進んだ。

「ココア、大丈夫か!今助けるぞ!」

「「ココア様、今、参ります!」」


「好感度が下がったことは確実だ。」

笑いが漏れそうになった口を塞ぐタクトをすり抜け、他の生徒たちは教室の廊下側の隅に逃げている。


あっけにとられていた教師が、やっと拾った鳥籠を持って近づいてきた。


「ココア君、ご友人をかばって助けていらっしゃってとても勇敢です。

しかし、何故、攻撃なさらないのですか?

あまつさえ、助けに来た男子生徒の攻撃を止めているようにも見える。」


攻略対象者三人が、手で払ったり、魔法で脅かしたりしているが、黒い鳥は少し離れるとすぐにまた、ココアの金の巻き毛に戻ってきて、その長い巻き毛を嘴でひっぱたり、自分の羽に絡めたり、後ろから力任せに自分の鳥頭を擦りつけたりと、やりたい放題にココアの金の巻き毛を弄んでいた。


「何故ですって?

この中の四羽はニコが作った可愛いひよこなのよ。

攻撃なんでできる訳ありませんわ!」


「ココア。

私たちの邪魔をしているのではなく、小動物をかばっていたのか。

今まで君のそんな優しさに気がつかなかったなんて、、、、」

デイビーの憂いを含んだ悔いる顔に、ココアは思わず見とれてしまっていた。

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