013_個人イベントカード発生条件の話
広々とした空間で重厚感のあるホールを挟み、反対側に延びるいくつかの廊下の壁に各教室への案内がある。
「こちらのホールから、2年生のメインクラス、特別授業クラス、別校舎への渡り廊下に行くことができます。
私たちは1組ですので左側廊下を進んで一番奥の教室になります。」
先導するロルフが丁寧な案内をしてくれた。
「わかった、ありがとう。
それにしても校舎内が思ったよりデコボコしすぎて、カードが探しにくそうだな。」
中途半端にルネサンス様式が取り込まれているため、壁や柱など白を基調として装飾が凝られているものが多い。
ゲーム内でプレイヤーが入手できる属性カードは、どちらのプレイヤーでも入手可能だが、現れる場所もカードの種類も完全ランダムなため、ゲーム終了までに入手できない可能性もある。
「タクト、この校舎は珍しくて、何より美しいよね。
この設計は、私の祖父が考えたものなんだ。」
第二皇子はタクトが注意深くカードを探しているのを、校舎に見惚れていると受け取り、意気揚々と説明を始めた。
「デイビー様の祖父、ですか。」
いや、このデザインはマシロさんが頼み込んで某有名アニメでデザインを手がけたデザイナーが、、、というのは、野暮だな。
「私の祖父は、最初は王位継承者から外れていた為、学生の頃は自由に数か国に留学して様々なことを学んだそうだ。
祖父の兄が王位を継いだが、子が無い状態で亡くなり、私の祖父がそれを継いだ。
そこで、建築そのもののデザインや耐久性を学んでいた祖父が、新しい制度の学び舎として作ったのがこの学校なんだ。」
校舎内や窓から見える中庭、他校舎を感慨深げに見渡している第二皇子の瞳は輝きを増している。
「そう、そういう設定でしたね。(棒読み)
皇族の方が自ら設計されるなんて、すばらしい設定だ。」
タクトはマシロにもらった設定資料を思い出し、キャラクターの背景まできちんと考えてあると感心したことを思い出した。
「へー、タクトにはこの校舎のよさがわかるんだな。
俺は苦手なんだよな、ちょっとぶつかっただけで壊れしそうだし。」
「ちょっとぶつかったくらいでは壊れませんよ。
ヒューの体が頑丈すぎるだけです。」
そうこう話しているうちに、一番奥の教室の扉の前にいた。
ホールや廊下にカードは無かったが、注意しなければいけないのは、条件が揃うと発生する、メインのイベントカードと個人のイベントカードだ。
「教室では、授業中に発生するデイビーの個人イベントカードに要注意だけど。
まだ転校初日で校舎に入ったばかりの1限目、まさか大丈夫だろう。」
本当は嫌な予感がしているのだが、ゲームを始めてまだ1時間もたっておらずその可能性を否定した。
個人イベントカードは攻略対象者一人に対して1枚ずつあり、発動したイベント内では攻略対象者からの好感度が必ず上がる仕様である。
4種類のカードはそれぞれ特定の条件の下に自動発生し、条件が認定されると強制的に発動する。
が、万が一攻略対象者からの好感度が、両方のプレイヤーともに上がらなければ、または下がってしまうとゲームオーバーとなってしまう危険なカードでもある。
「ここが1組の教室だ。」
ヒューが教室の教壇側の扉を開けると、教壇から2mほど離れて4人ほど座れる長い机が3つならべられており、そこから階段状に後ろの方が高くなるように8段ほど並べられている。
1つの机に二人から三人が座っていてタクトたち4人が全員座れるのは、最前列の真ん中の机だけだった。
タクトが教室内を見渡すと、想像通り窓際の席にココアが座っている。
扇で隠してはいるが品のある悪役令嬢らしからぬドヤ顔をしているのが気になる。
「最前列の席にちょうど4つ席が空いています。」
教室に入り最前列の席を目指すロルフの背中が遠ざかる。
タクトは入り口すぐの場所に立ち止まったまま、個別イベント発生の条件を思い出していた。
「デイビーの個別イベント発生の条件はたしか、
デイビーからの好感度、プレイヤーの1人が50%以上、もう一人が50%以下であること。
好感度の低いプレイヤーが窓側の席に座っていること。
そして、最前列の席に好感度の高いプレイヤーとデイビーが隣り合って座ること。」
好感度のパーセントはゲーム内では確認することができないが、恐らくクリアしているだろう。
「あとは、授業の内容が「魔法生物」もしくは「魔法道具」だったな。」
ロルフが最前列の中央の長机の一番端の席に座った。
条件を確定させないためにはタクトとデイビーの間にヒューを割り込ませるしかないが。
「タクト、後ろから先生が来ている早く教室に入ってくれ。」
ヒューが考え込んで止まっていたタクトの肩に手を置きそのまま教室内に押し入れた。
タクトの肩を取られたひよこたちがヒューの手を邪魔だとばかりに一斉につついているが全く気にする様子はない。
「タクト、さぁ」と第二皇子がタクトに向かって手を差し出している。
「まずいな。
この流れだと座る席が必ず隣り合う。回避するには、、、」
教室を見まわしてみたが、とりあえずまだ、イベントカードらしきものは見受けられない。
「デイビー様、1限目の授業は何ですか?」
差し出された手をスルーして、タクトは自分の肩を押すヒューの手をはたいた。
残念そうに首をかしげて手を下ろした第二皇子が少し迷って、教師の足音が聞こえてくる廊下に目をやりながら答えてくれた。
「確か、数式の授業だったと思っていたけれど。」
「そうですか、とりあえずは大丈夫みたいですね。」
とりあえず、イベント条件の1つでもクリアしていなければ、イベントカードが発生することはない。
「タクトは数式が得意なんだな。
自分で大丈夫だって言えるほど、俺は全然だめだ、体動かすのは得意なんだが。」
数式と聞いて後ろからヒューの憂うつなため息が聞こえた。
タクトは念のために、ヒューにも「1限目って本当に数式ですか?」と同じ質問をしてみたが、覚えていないらしく首をひねって、
「デイビー様がそう言うなら間違いないだろう。」
と自信満々に頷いてくれた。
そんなヒューを見てイベントを気にしすぎて用心深くなりすぎていたと、タクトは肩の力を抜いた。
「そうだよな、普通は苦労して条件を揃えるものだ。
何の苦労もなくすぐに条件が揃ってイベントが発生するなんて、、、」
通路を挟んだ隣の席に座る生徒からロルフが何か話しかけられているのが目についたので、あきらめて第二皇子の横に座ろうとしたとき、席の前方にある教壇の上に、白いカードがぼんやりと浮かび上がった。
「デイビー様、本日の1限目の授業は「魔法生物の授業」に変更になったようです。」
ロルフの声にタクトは座ろうとした椅子をすばやく蹴って立ち上がり、そのまま机に両手をついて飛び越えると教壇の前まで走った。
教壇の上に個人イベントカードが発生している。
タクトはそれを取ろうとしたが、色が薄っすらとしており、まだ完全に発生した訳ではなさそうだった。
「俺がデイビー様の隣に座って、先生が教壇に立つと確定認定されるわけか。」
「何故、さっきのココアのドヤ顔の理由を思いつかなかったんだ。
授業内容が変わっていなければ、窓際に座る意味もないんだ。」
教壇から後ろを振り返ると、生徒たちの視線が一斉に教壇の前のタクトに集まっている。
窓際に座っているココアとその周りの令嬢たちはタクトを見てひそひそ話をしている。
恐らく、ここは通例通り、田舎者の令嬢は礼儀がなっていないとか、常識知らずとかそんなことを言っているんだろう。
「攻略対象者からの好感度を考えると、イベントが発生したら俺への好感度がさらに上がるだろう。
これを回避するのは容易じゃないな。」
高さ50cmほどの黒い鳥かごを左手に持って、右腕に分厚い本を2冊挟んだ教師が教室に入ってくると、教壇の前に居るタクトに気がついた。
教壇の上のイベントカードに手を置いたまま、タクトは肩越しに振り向き静かにココアを睨んでいる。
「君、ピンクの頭の君だよ、見かけないけど転校生?
学園長が何か言ってたな、そう言えば。
自己紹介は後でいいから、早く席に座りなさい。」
ピンクのショートカットの少女が、窓際に座っている金髪巻き毛の公爵令嬢をあからさまに睨んでいるにもかかわらず、教師はそれを気にすることもなくタクトに声をかけた。
「ふふふふ、おーほっほっほっほ」
リアルでは絶対に見ることのできない自分を可愛らしく睨むタクトにココアは堪らず声高く笑った。
その声を聴いたタクトは、スンと冷静になり、
「悪役令嬢はまってるな。
いや、ココアはあれが素だな。」
仕方なく1つだけ空いている最前列にあるデイビーとヒューの間の席にタクトが座ると、教壇の上にある薄白い個人イベントカードに絵が浮かび上がった。
黄色の薔薇に囲まれた、麗しい第二皇子であるデイビーのはにかみ笑顔ショット。
なのだが、絵が確認できるかできないかという間に教師が持ってきた黒い大きな鳥かごがその上に置かれ、
ダン!ダン!
続いて鳥かごの横に、教師の腕から分厚い本が2冊乱暴に放り出された。
黒い鳥はカラスを巨大化して嘴と瞳の色を銀色にしたような容貌で、一際するどく長い嘴を開き、
キエェェーーーーーーー
イベント発動の合図だと言わんばかりに、高らかに響きわたる鳴き声を上げた。
教室にいるほとんどの生徒が耳を塞ぐなか、
「黒い鳥か。
次は俺のターンにさせてもらう。」
タクトらしからぬ、薄っすらとした笑を浮かべた。