012_好感度の些細なアップダウンの話
ログに rec end と表示されたことに気がついたアオバは、後ろにいるシキの背中に声をかけた。
「シキさん、タクトさんとココアさんがプレイ中の最初のイベントを終了したようです。
録画機能が停止されました。」
「そうか。
初回出合いイベントは挨拶だけなのに結構時間がかかったみたいだな。」
「ログを見ましたけど、自己紹介だけではすまなかったみたいです。」
「どうして?」
「時系列で行くと、タクトさんのIDが学園の中に移動、学園名の中に隠されていた初回の出会いイベントカードが発動。
その後すぐに、言語矯正カード、その後に、はぁとトラブルカードが発動して消費されています。
はぁとトラブルカードは、補助キャラ5回分消耗して消去。
初回イベント条件達成で初回の出会いイベントカード、言語矯正カードが消去。」
アオバは椅子を少し回転させ体だけシキの方に向け、目でディスプレイのカード情報ログを追いながらシキに伝えた。
シキの方はディスプレイにイベント終了結果のログを表示させていた。
「ああ、だからタクトのIDの方は、平均100%以上あがってるのか。
攻略対象者の好感度が。
順調に勝ち進めているようだな。」
いつもより少し高いシキの声に、シキの喜びを感じ取ったアオバは、カードを使用したプレイヤーのIDの報告は、その喜びに水を差す不要な情報と判断し、それは省略した。
「・・・初回イベントで攻略対象者のヒロインへの好感度が100%を振り切らないように、ちょっと調整した方がいいかも知れません。
挽回が難しくなると、負けている方はモチベーションが下がりますし、そうなるとゲーム的に面白くなくなるのでは、と。」
「ん、そうだな、マシロに相談してみる。」
ーーーーー
校舎入り口の中央の開けはなれた扉を入ると、学年ごとの下駄箱が並んでいた。
カードが紛れていた左側入口の扉に近づくと、水を滴らせながら第二皇子たちも移動した。
「かなり濡れてしまいましたね。」
ロルフが内ポケットからハンカチを出すと、眼鏡をはずして拭き始めた。
「他の生徒たちは濡れていないようですので、迷惑にならないように端によったんですね!
さすが、タクトさんです。」
純粋に尊敬のまなざしを向けてくるエルの言葉を聞き流しながら、タクトはまったく別のことを考えていた。
ココアが初回イベントで使用した、はぁとハプニングカードは桜吹雪の中で入手したもの、言語矯正カードは初期配布のランダム配布か選択で入手したカードのどちらかだろう。
手元には1枚だけカードが残っているはず。
「俺の方は、これで1枚増えて、3枚だ。」
タクトが貼りついていたカードをペリッと剥がすとカードの絵が浮き出てきた。
「みんなで濡れてしまいましたね、タクトに着替えを用意させましょう。」
ずぶ濡れになった第二皇子が、メガネを拭き終わったロルフに指示を出そうとしたが、タクトはカードから目を離さずに断った。
「濡れてないからいいです。
デイビー様たちはずぶ濡れのようですので、早く着替えてきてください。」
「いや、濡れてないはずないだろ。」
とがらせていた赤い髪が濡れて顔まで落ちてきているのをかきあげたヒューは、カードに見入ったままのタクトを一周すると、二カッと爽やかに笑った。
「って、ほんとに濡れてないな。
よかった、デイビー様の上着のおかげだな!」
その同じ上着を羽織っていたデイビー様を含め、他三人は髪や制服から水が滴り落ちるほどに濡れているのだが。
「とりあえず、私の風魔法で、ある程度は乾かせますので、その後一緒に教室に行きましょう。」
ロルフは指を翳して風をおこすと、その風の強さと温度を調整し、第二皇子、ヒュー、エル、そして自分に向けて空気の流れを丁寧に作って流しながら制服を乾かした。
風を気持ちよさそうに纏う攻略対象者をよそに、タクトは多少闇を感じさせなくもない笑を浮かべて、先ほどまで見入っていたカードを手の平に乗せた。
「保存」
と、唱えるとカードは消えた。
取得したカードは、それを保存したプレイヤーが発動権限を得ることができ、対象者が指定できる場合はその指定権限も持つことができる。
「有難う、ロルフ。
奇麗に乾いたうえに、前より柔らかくなって動きやすくなった気がする。」
ヒューが両腕を振って、乾いて軽くなった制服を確かめながらロルフに礼を言うと、第二皇子も、エルもロルフに礼を伝えた。
「これくらい、容易いことです。
礼には及びません。」
「ところで、魔法で乾かせるなら、着替えの用意とか要らないよな。
着替えさせるように仕向けようとするなんて、もうラッキースケベの効力ないはずなのに。
男子学生向けAIの教師からの学習効果か?バグ報告必要か?」
風の層から元の姿に戻っていた五羽のひよこもタクトの肩や頭の上で頷きあっている。
「いや、誤解しないでくれ。
仕向けた訳ではなく、魔法で乾かしたとしてもブレザーがごわつくかと思ったんだ。
私たちはともかく、転校初日の朝から、そんな制服で教室に向かわせるのはかわいそうだと思ったんだ。」
デイビーは前屈みになって、タクトの目を真っ直ぐに見て続けた。
「ロルフの風魔法で制服を乾燥したのは初めてだった。
だから、魔法で制服がこんなに柔らかくなると分かっていたら、真っ先に君の制服を乾かすように言っていた。」
そこまで言った第二皇子だったが目元を抑えて首を振った。
「会ったばかりだというのに、君には言い訳ばかりしているな。
自分が情けないよ。
ハハ、、、」
第二皇子は力なく笑った。
「うっ・・・」
この国の皇子なのに、まるで叱られてへこんでいるワンコ、そう金色の大型犬、ゴールデンリトルバーのようで思わず頭をなでたくなってしまう。
「デイビー様、そのような機会が今までありませんでした。
私の魔法の精度をご説明していなかった私の落ち度です。
タクト、私の責です。」
ロルフが乾いたはずの額に一筋の汗を流して、タクトと力なく笑う第二皇子に頭を下げた。
タクトは、我に返り出そうとした手を下げた。
ロルフが割り込まなければ、第二皇子の頭を撫でてしまい、危なく好感度がまた上がるところだった。
タクトはロルフに感謝の念をおくっておいた。
「もうじき授業が始まる時間だ、ほら、ココア様たちも2年の校舎に向かっている。」
ヒューが階段途中の踊り場にいるココアたち令嬢の姿を目線で促した。
制服を乾かしている間に、他の入り口から入ったココアはずぶ濡れの攻略対象者たちをさっさと追い抜いたようで、こちらを気にすることもなく他の令嬢たちと楽し気に階段をあがっていった。
イベントが発生しないときでも、行動によっては好感度がアップダウンするのだが、そんな些細なことはどうでもいいらしい。
廊下や階段にはまばらに他の生徒たちもいるが、皆、足を速めて歩いている。
「それじゃ、僕は1年の教室に行きますね。
では失礼します。」
さらさらに戻った水色の髪を滑らせながら、丁寧に頭を下げたエルは、とっとっとっと足音を立てて、軽い足取りで走りだした。
廊下の先にある1年の校舎に向かうその後姿は、ポメラニアンのようでとても可愛らしい。
リアルなタクトの周りには全くいないタイプでもある。
「甘ったれかどうかはともかく、末っ子というとあんな感じなのか?」
タクトが微笑ましくエルを見送っていると、他の三人にその視線を遮られてしまった。
「タクトは年下が好きなのか?」
ヒューが頭の後ろで腕を組み、不機嫌そうに尋ねてきた。
「確かにエルは可愛らしいですよね。
好きといっても、末っ子の弟のように、ですよね?」
ロルフが落ち着き払った声だが、「末っ子の弟のように」をかなり強調している。
「タクト、できれば私を見て欲しい。」
第二皇子が両手でタクトの両手を取って、自分の口に近づけようとしている。
攻略対象者たちの様子がかなりおかしい。
まだ、初回イベントを終了したばかりなのに、好感度が100%を振り切っていそうな嫌な予感がする。
もしそうなら、これをマイナスに挽回するのはかなり難しそうだ。
「もう、授業が始まるんですよね?
俺はどこに行けばいいのかな?」
「そうですね、急ぎましょう。」
「タクトも同じクラスだから、大丈夫だ。
教科書はまだそろってないから、俺が見せてやるよ。」
三人に促されてそのまま階段を上り2階まであがると、広いホールがあった。
「思っていたより広いな。」
見回してみたが、ここにカードはなさそうだ。