011_初回イベント終了の話
ひよこが出ていった後のブレザー内側の空洞を襟を正しながら直し、校舎に向かって足早に歩くタクトの耳に、離れた位置にいるはずのココアの鼻で笑う声が聞こえた。
「ふふん、どうりで。
タクトにしてはマシロ並みに大きな胸を選んだと思っていたわ。
胸にモフモフのひよこを二羽ずつ忍ばせていただけですのね。」
「うっ」
マシロさん並みの・・・
思わず立ち止まったタクトの、つま先から順にストレートに近くなった胸を経て頭までを眺めたココアは、扇の先をタクトの後を追うを拳くらいの黄色いヒヨコたちに向けて移動させた。
「四羽、肩に乗っているひよこで五羽、ですわね。」
「・・・・」
ここで喋ってしまってはココアの思う壺になる、何故マシロのサイズを知っているのか問いただすのを堪えながら、気を取り直して再度足早に校舎を目指した。
パシッと扇を手で止めたココアは自分を横目で見るタクトを面白そうに見たあと、ニッコリ笑う頬に手を当て、コテンと首を倒す。
「あら、女性同士ですもの、マシロとは色々と機会がありますのよ。」
動揺を誘われているのは分かっている、分かってはいるが。
どんな機会があるのか問いただしたい思いに駆られ、口を開きそうになったタクトだが、見据えていた十数メートル先の校舎入り口の大きな扉の下側に紛れている1枚のカードが目に入った。
危うく声を出しそうになった口を手でふさぎ、後ろを振り向くと攻略対象たちがタクトを追いかけてきているのが見えた。
このまま攻略対象たちと校舎に入ればイベントも終了し、カードも入手できそうだ。
「それにしても、胸がスレンダーになって、スカンツから細い足が伸びて、白い靴下にスニーカー。
その短めショートカットのピンクの髪、攻略対象のエルと同じくらいの背丈ですが、キャラ被りではない計算高さを感じるお顔といい。
いいですわ。萌えますわ。
やはり、ヒロイン(タクト(中男性))と攻略対象とのハーレムルートの為に、協力は惜しみませんわ。!」
いや、要らないから!
声には出さずに思いっきりお断りの目を向けた。
「なるほど、機会はいろいろあるか、魔法以外の何らかを取得する機会があったということは、今の強風はあなたが犯人だな。ココア」
タクトを追いかける足を止めた第二皇子がココアに厳しい目を向けた。
「あら?
断罪にはまだ早くてよ。
証拠などないですし、何よりデイビー様はじめ皆さま方には、とても喜ばしいハプニングのようにお見受けいたしましたわ。」
グッと言葉を詰まらせる第二皇子に追いついたロルフたちも、同じように言葉を詰まらせ額に一筋の汗を滑らせている。
「可憐な少女のスレンダーな胸や細い足など見せつけて男心を弄び、、」
「あまつさえその気持ちを暴露してしまうなんて、、、」
ロルフの言葉にエルが続き、二人は右手を垂直に上げ、ビシッと音がしそうなほど水平に伸ばして叫ぶ。
「「ココア様にはデイビー様の婚約者たる資格はありません!」」
「いや、誰もケガしてないし、俺は素直に嬉しかったけど。」
そう言ったヒューをロルフとエルが、すかさず睨んだ。
どちらにしろ正直な感想が入っている言動なのだが、ココアはヒューの言葉に難色を示している。
「私へのヒュー様の好感度が、何故か上がったような気がします。
このままではダメですわ。」
「ああ、すまない。
タクト待ってくれ、正直に言おう、確かに嫌ではなかった。
だが、誰にでもこんなに心を動揺させられはしない、あなたが初めてなんだ。」
金髪碧眼の美形に憐憫な笑を向けられタクトは思わず「っ」と息をつめて胸をギュッと抑えた。
「美形の憐憫&はにかみ笑顔の攻撃力、半端ない。
ヒロインのデイビーへの好感度が、絶対上がってる。
けどどうせなら、悪役令嬢の取り巻きの、マシロさんに似た令嬢を攻略したい。」
それも有りか?有りであって欲しい、ココアが企画者なら絶対ありだろうけど、などと考えるタクトの耳に、小さな鳥の羽ばたきが聞こえてきた。
見ると、ココアの肩に止まっていたひよこが忙しげに羽ばたきだすと、空に向かって飛んだ。
「そうか。
ピンクハートの小イベントカードが発動して消えたから油断していた。
まだ、その効果は持続していた。」
タクトはピンクハートの小イベントカードの詳細を思い出した。
正式名称 はぁとハプニングカード 、補助キャラを使用してハプニングを発生させ、発動対象のキャラへの攻略対象者からの好感度を上げることができるカードだ。
しかも、その場にいる攻略対象はこのハプニングを避けることはできないという制限付きだ。
そう、補助キャラ数の初期値は5、つまり、ココアは五羽のひよこを使用してハプニングを起こすことができるのだ。
「補助キャラはイベント中の増減が可能だが、ゲーム開始の初回イベントの今であれば、その数は5のままのはずだ。
さっきつむじ風になったのは四羽、ということは今羽ばたいているのが五羽目。
最後のひよこで何を発生させるつもりか。」
定番のハプニングは、雨に濡れてとか、着替えている更衣室でとか、なんならシャワールームで、「誰もいないと思って」などと焦っているうちにこけて倒れて、体が密着するようなものだろう。
それは無いにしても、広範囲に何かをされては不利だと踏んだタクトは、踵を返して攻略対象者たちの方に戻った。
ぴっ、ピピ、ピーピ、ピヨ
元来た方に踵を返したたタクトの後を四羽のひよこもあわてて方向を変えて追っている。
戻ってきたタクトを見て第二皇子はホッと息をついた。
「タクト、戻ってきてくれてありがとう。
さっきのは、本当に悪気があった訳じゃないんだ。
どうか、誤解しないでほしい。。。」
両手を差し出して近づいてきた第二皇子の、眉を下げてワンコを思わせるような可愛らしさを片手でブロックし、タクトが頭上を見ると、思った通りだった。
真っ青に晴れ渡っているはずの空なのに自分たちの上の狭い範囲だけ雨雲が広がりかけている。
「その通り、偶発的な、いや、意図的か?
どちらにしろ、デイビー様の意志ではなく、いきなりの突風に足を取られたうらやましいハプニングだ。
しまった。本音まで。」
ヒューが第二皇子の横から顔を出してフォローになっていないフォローをしている。
「タクトさんは、恥ずかしくて走り出してしまったんですね。
まぁ、びっくりしますよね。」
一番後ろを小走りにしていたロルフガ、追いついてきて胸をなでおろした。
そこに雨雲から、ポツンと1つ目の雨粒が降ってきた。
「あれ、雨みたいです。」
エルが雨を受け、手のひらを上に差し出した。
デイビー、ヒュー、ロルフが見上げる中、タクトは自身の肩に乗るひよこの五号を頭の上に乗せた。
発動対象者であるヒロインとその場にいる攻略対象者は、コンテンツカードの強勢によりハプニング現象を受けざるをえない。
「だが、その現象をどう受けるかは、ある程度コントロールできる。」
ひよこ1号、2号、3号、4号もタクトに追いつきぴょんぴょんと頭の上に飛びあがった。
ひよこたちは一生懸命羽ばたき始めると、姿を変えタクトにレインポンチョのような風の層を作った。
「いきなり雨が降ってきましたね。
私のブレザーを羽織ってください、校舎まで走りましょう。」
ロルフが自身のブレザーを脱ぎタクトの頭に被せようとしたが、風の層に遮られてしまった。
「そんなに遠慮することないですよ。
案外奥ゆかしいですね。」
ロルフの瞳が揺れている。
このアクションでも何故か好感度が上がっているようだ。
今度は第二皇子がブレザーを脱ぐと、自身の頭とタクトの頭の上に広げた。
「校舎まで走ろう。」
「校舎まで走るのは大賛成。」
頭からスッポリひよこが作ってくれている風の層を纏ってので、第二皇子の上着があろうが無かろうが濡れないのだが、イベントを終わらせたいタクトは渡りに船とばかりに、校舎に向かって一緒に走り出した。
「定番ハプニングを起こすのなら、次は水責めでくると思ったが、そのとおりだったな。」
自分が濡れなければ、濡れた衣服を着替えるのは攻略対象者だけですむ。
ココアが思い描くエッチ系のハプニングはまた回避できるはずだ。
雨雲の外にいるココアたちは、雨雲に追われながら校舎に走っていくタクトたちを見送っている。
「何故、あちらだけ集中的に雨が降っているのでしょう?」
「魔法の発生も感じられませんから、自然現象ではあるのでしょう。」
「あら、校舎に入られてしまいましたわね。」
ココアとその後ろにいた三人の令嬢たちが、雨に追われていた五人を冷静に見つめていた。
校舎の入り口を数歩入ったタクトの前に、薄透明のパネルが表示し、「初回イベント終了」「言語矯正属性消去」の文字が表示し、消えて行った。
何とか初回イベントが終了したらしい。
周りを囲むずぶ濡れの攻略対象の隙間から令嬢たちの方を見ると、ココアの前にも同じようなパネルが表示されているのが見えた。




