001_スタート前の話
とりあえず、話が始まります。
「今回企画が通ったプロジェクトのタイトルは、
デュエル・コンテンツ(仮)
で、今回も蒔白さんの企画です。
私が率いるグラスチームの企画は、”要見直し"が入りました。」
オフィスの5階にあるセルフサービスのカフェルームで、立ち席専用の直径1Mほどの白い丸テーブルを囲んでいるうちの一人の女性が、コホンッと咳ばらいをし、栗色の肩まである髪を右手で耳の後ろにかけると話を続ける。
「そこで、葉稀さん、蒔白さん、桃里さん、次回に向けてアドバイスをいただきたいです。」
テーブルを囲んでいる他の3人に画面が見えるように、テーブルの上のノートパソコンをゆっくり回転させた。
四人の中で唯一の男性であるヨウキが、向けられたパソコン画面上に手を置くと静かそれを閉じた。
「改まって何を言うのかと思ったけど、茶菜。
ここ、ミーティングルームじゃなくてカフェルームだけど、通っていない企画書見せて大丈夫?」
「ヨウキさんたちなら大丈夫。
画面に出している部分は、プロジェクトのプレゼンテーションで情報公開したものだし。」
「大丈夫と思っても、とりあえず話を聞くかどうか返事を待ってから見せような。」
ヨウキは再び画面を閉じた。
「要見直しって、どこをどうって行き詰まってしまって、うぅ。」
チャナは閉じられたパソコンの画面を再び開けて、三人の顔を伺うように見た。
マシロとトウリは聞いてくれそうだが、ヨウキが呆れたような顔をしている。
「それでちょうど、前回アドバイスをもらったヨウキさんが、二人の女性を侍らせてカフェルームにいるのが見えたので、渡りに船だと思ってお願いしに来ました。」
チャナは両手をパチンと合わせると、その手と一緒に首を傾げた。
パタン。
ヨウキが涼やかな笑顔を作ってもう一度パソコンの画面を閉じた。
「チャナさん?
誤解を招くような発言は控えて頂けますか?
それがお願いする言葉なのかな?
マシロさんと トウリさんの彼氏に聞かれたら、俺の立場が悪くなるの。
彼ら二人に敵視されたら、俺、泣くよ?」
ヨウキは丁寧な物言いながら片手に力を入れたまま、パソコンを開けられないように抑えている。
チャナはヨウキの手を両手で掴んで剥がそうとしたが、全く剥がれそうにない。
「ヨウキさん、パソコン開けられないから手を退けて。
何で、笑顔で丁寧に怒ってるの!」
チャナは剥がすのを諦めて、ノートPCの両端の方を持ちヨウキの手の下から引っ張り出した。
トウリはテーブルを挟んで正面にあるヨウキの涼やかな笑顔を見て首を傾げた。
「んー、どうかな。
シキは気にしないんじゃないかな。
ヨウキさんと私がどうこうとか、考えないと思う。」
ヨウキは軽く首を曲げ、肩をすくめた。
「だとは思うけど、万が一でもシキを怒らせると怖いんだよ。」
マシロも同じくヨウキの涼やかな笑顔を横目で見て、首を傾げた。
「タクトはどうかな。
嫉妬するというよりは、静かに拗ねそうな気はするけど。」
ヨウキの手の下から引っ張り出したノートPCを両手にしっかり抱きしめたチャナは、マシロの発言に意外そうな声を出した。
「えっ、そうなんですか?
何事にも動じそうにないあのタクトさんが拗ねるって、ヨウキさんが拗ねるより想像できない。」
チャナがヨウキの方を見ると、チャナの後ろに向かって手をヒラヒラと振っていた。
「誰が何に拗ねるの?」
カフェルームの入り口側に背を向けていたチャナの後ろから、片手に紙コップを持った背の高い男性が声をかけてきた。
チャナが声の方を振り向くと、今話題にしていたタクトが近づいてきており、さらに後ろにもう一人、タクトより少し背が低く黒メガネをかけている男性がいた。
「タクトさんに、シキさんまで。」
チャナは気まずさを感じて胸の前のノートPCをギュッと抱えなおした。
チャナの左側にいたヨウキの涼やかな偽の笑顔が二人を見て柔らかな表情に変わった。
「タクト、シキ、お前たちも休憩?
今、チャナが俺がお前たちの彼女を侍らせてるって話をしてたの。」
「自分で言う?それ!」
思わずチャナはヨウキに突っ込んでしまったが、それがヨウキの言葉を肯定したことになっていることに気づいた。
タクトの視線が自分に移動したことを感じたが、チャナにはその視線を受ける勇気がなく思わず瞳をうろつかせた。
何故このタイミングでマシロの彼と、トウリの彼が一緒にくるんだか。
「えっっと、違います。
マシロさんやトウリさんがどうのって話じゃなくて」
ヨウキが涼やかな笑顔で意地悪な態度にでるので、ちょっと仕返しをしてみたかっただけだったのに、チャナはここでも行き詰ってしまった。
「大丈夫、誤解なんてしてないから。」
タクトはチャナに声をかけると、テーブルを挟んでチャナの正面にいるマシロの隣に行くとテーブルに両肘をつけて肩を並べた。
本当に気にしていないようでチャナはホッと息をついたが、今度はタクトの背に隠れていたシキがそのまま立っておりチャナの横にいたトウリを見ている。
「トウリさんも、違います!
確かに言いましたけど、ヨウキさんっていつも女の人に囲まれてるイメージがあったんで、冗談で・・・」
チャナはさすがにヨウキにされた意地悪の意趣返しのために根も葉もないことを言ったとは言えず冷や汗をかいている。
プログラマーのトップに立つシキを敵に回すのが怖いのはヨウキだけではない。
そんなチャナの様子を見て、ヨウキはわざと力の抜けた残念そうな声をだした。
「チャナ、酷いな。
聞かれたらいつもアドバイスしてあげてるのに、そんな恩人の俺に向かって”女の人に囲まれてるイメージ”って、俺ってそんなに良くないイメージ?」
チャナはますます言葉が出ず、視線をさらにうろつかせた。
「だから、ジョーダンで、えっと。」
「ヨウキ、うざい。」
シキは聞こえるか聞こえないかくらいの声でそうつぶやくと、タクトとトウリの間に入った。
カフェの入り口側を向いてチャナが立ち、右回りにトウリ、シキ、タクト、マシロ、ヨウキと六人で直径1Mほどの丸いテーブルを囲む形になってしまった。
ヨウキにもシキの声が聞こえたようだが、それにしては楽しそうに笑っている。
チャナは肩を落とし、テーブルの方に体を向けなおすと自分の左側に居るヨウキを睨みつけた。
タクトは持っていた紙コップの中身を飲み干すと、さらにマシロの方に体をよせて頭を下げた。
「マシロさん、新しいプロジェクトの話聞いたから来たんだけど、いつからスタート?」
「今日の午前中にスケジュール予定を出したから、問題なければそれをヨウキがシステムに組み込んでくれることになってる。」
マシロがタクトに答えるとテーブルを囲むメンバー全員がヨウキを見た。
「ああ、うん。
それなら、ここに来る前に兄さんに渡しといた。
俺が確認した限りでは問題は無かったから、俺はOKってことも伝えてる。
兄さんから承認が得られたら、すぐシステム組み込みの作業に取り掛かる予定。
多分、明日中にはできるかな。」
「あら!
楽しそうな話、してるじゃない!」
いつの間にかカフェルームに人が増えており、六人がいるテーブルに二人の女性が近づいてきていた。
二人の女性は身長差が二十cmくらいあり、そのうちの背の高い女性が声をかけてきたようだ。
二人のはずむ足取りに合わせて腰まで伸ばされてたストレートの黒髪がたなびいている。
「小リボンチーム」
シキの小さいがはっきりと嫌そうな呟きが隣にいるトウリの耳に入り、トウリは思わず苦笑いしている。
「トウリちゃん」
シキに小リボンチームと呼ばれた二人のうち背の低い虹心が、チャナとトウリの間に割り込んでトウリにハグしてきた。
トウリもハグを返すと、ニコはシキに向かって挑戦的な目を投げかけた。
当然、シキは目をそらしている。
「ニコは、相変わらずトウリがお気に入りなのね。」
マシロが驚きもせずニコに投げた言葉とこの三人のやりとりを見て誰も驚いていないところを見ると、この光景は日常らしい。
「小リボンチームも休憩?」
ヨウキが声をかけると、心彩はお嬢様風な容貌の顔で片方の口角をあげた。
「今の表情、そのままセンスを持っていれば悪役令嬢にぴったりだ。」
ヨウキもココアと同じように片方の口角をあげた。
「ヨウキさんも、悪役令息がお似合いなんじゃない?」
お互い見つめ合っているのかにらみ合っているのかわからない状態になっているところで、ハグをし終えたニコが答えた。
「んー、碧葉がカフェルームに入っていくのが見えたので、ココアと一緒に追いかけてきたんだけど。」
ぐるっと見渡すと、カフェルームの窓際の一番端のテーブルの前に、こちらに背を向けている男性がいた。
「アオバ!見っけ。
気配消してないでこっちにおいでよ。
シキもいるよ。」
窓際の一番端のテーブルに居たアオバがそっと振り向いた。
「アオバさん、いつのまに。」
カフェルームの入り口に背を向けて立っていたチャナには、奥に入るアオバが見えていたはずだが、全く気がついていなかった。
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