第069話 豪快な男の活躍
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0対1
これがどういう事を意味しているのか。
言うまでもない。
ただ負けているというだけではないという事だ。
この1点は士気を下げ、絶望を呼ぶ。
だから、最低でも1点に抑えないといけない。
3人目は持ち前のストレートとツーシームで何とかアウトに。
これで2アウト。
ハプニングはあったけれど、後1つアウトを取れたら攻守交代だ。
そこで取られた分は取り返せば良い。
4番打者は、細マッチョという言葉が似合う男だ。
後藤先輩と比べるとパワータイプには見えないが、4番打者に選ばれているということは遠く飛ばす力がある。
ゲーム内でも俺を苦しめた。
「期待して残念だった。この環成東戦は、もっと熱い戦いが出来ると思っていたんだがな」
「それはどういう意味ですか」
キャッチャーである竜田は、相手の言動を見逃さなかった。
しかし、相手は言葉を返してこない。
言いたいことだけ言いやがって。
これを覆すためには言葉では無く、行動で示す他ない。
ここを完璧に抑えて次の回で点を取って貰う。
それ以外には考えられない。
放たれた1球目は、シンカー。
彼の得意球である。
内角を抉るように投げられるシンカーに打者は手も足も出ないはずだ。
「ほらな、期待外れだ」
相手は軽々と打ち返した。
それを打つのが至極当然の様な態度で。
打球の速度は決して取れない程ではないが、打った方向が絶妙で内野手がギリギリ届かない範囲に落ちる。
センター前ヒット。
シングルヒットでは本塁打後のヒットは精神的にきつい。
ましてや、糸式先輩が投げ始めて4人目の出来事だ。
顔がどんどん険しくなる糸式先輩。
この状況をどう打破するのか見物だ。
5番打者に打順が回って来た。
走者を背負っている状態ではあるけれど、犠牲フライもない状態だ。
落ち着いていつもの通りの糸式先輩の実力が出せれば問題ない。
先程は1球目を捉えられてしまった。
だから、ここは慎重になった方が良い。
ボール球で様子を見て、見送る様ならストライクゾーンに入れる選択肢もある。
沈黙を破る様に投げられた1球。
彼はまだ死んでいなかった。
闘志溢れる渾身のストレート。
投球回数が増える毎に勢いも増している。
結果は三球三振。
結果は一失点で抑えたのだから、まだ大丈夫だ。
ベンチに戻って来る糸式先輩の顔は険しかった。
失点についての責任を感じているのだろう。
しかし、相手が悪い。
相手は転生者だ。
しかも、一応ストーリークリアまではしている。
それくらいしているなら、ある程度この世界でも無双出来る。
「点を取られてその顔をするのはやめろと言っているだろ」
「これは俺の癖なんでやめられないっすよ」
「点を取られて落ち込むのはもっと後半にしろ」
何も返事をしない糸式先輩。
どれだけこのチームの思いを背負っているかは言うまでもない。
それに今は藤森先輩が離脱している。
だから、尚の事だろう。
「お前は1人で戦っている訳ではない。俺達9人で戦っている。あの1点は俺達の失点でもあるだろ。だから、待ってろ。すぐにでも取り返して来る」
こんなに頼りになる先輩の姿が今までいただろうか。
次は後藤先輩からの攻撃だ。
後藤先輩も今までとは一味も二味も違う。
前までは筋力全振り型当たればほとんど柵越えの確率が高い選手として育って来た。
まぁ、言わばロマン砲。
一発に期待出来る選手として、趣味として育成する人がいるかレベルの育成方針だ。
しかし、今はスキル補正で打率を上げた型になった。
それでも普通の選手と比べると打率は低い方だろうけど、実用性を考えると明らかにこちらの方が高い。
打席に立つ前に素振りを1回披露する。
バットが空を切る音が重すぎる。
これには敵もビビるかと思ったが平然とした顔をしていた。
「相手は脳筋か。これなら楽にアウト取れるぜ。てか、大杉も監督に言ってやれば良いのに。こいつじゃ勝てないですよって」
雷郷は誰にも聞こえない声で呟いた。
それは本心からの疑問だったからだ。
今のメンバーは、確実に環成東の最適解ではないと思っているのだろう。
俺もその意見には同意見だ。
完璧な育成を行えば、もっと違う編成になる。
しかし、それは育成環境が整っている場合の話に限る。
今はこれが最適解なのだ。
そして、もう1つ。
雷郷は後藤先輩の事を侮っているみたいだが、その目論見は甘い。
彼は決して弱くない。
何故なら、俺が近くにいたからだ。
「これでも喰らっときなッ！」
投げられたのは雷神。
早すぎる不規則な変化に誰も目が追いつかない。
だから、この球は雷郷が絶対に打たれることのない球として、自信を持って投げる。
「ガハハハッ！見える見えるぞ！これが今の俺の力だ！」
最近、テンションがおかしい後藤先輩は試合でもそのおかしさを維持しているみたいだ。
だけど、それは自分の力に興奮しているからである。
1球目から捉えるのも難しいはずの雷神を打つ。
それもただ前に飛ばすだけではない。
天高く飛んでいく。
「まじかよ。俺の知ってる力丸じゃねぇー」
そう言いながら球の行方を目で追う。
俺達はベンチで本塁打になれと願ったが、結果はファールゾーンに切れてしまった。
だけど、これで雷郷は知ったはずだ。
自分の知っている相手ではないと。
舐めて掛かれば当然負ける可能性が高いだろう。
「これを裏で手を引いてる大杉が登場してこないことだけが納得出来ないけど、面白くなってきたぜ」
ようやく生温い戦いではないことに気付いたようだ。
ここから雷郷のギアはどんどん上がって行くはず。
こちらとしても厳しくなってくるな。
2球目はストレート。
2種の魔球に気を取られているが、コイツはストレートも一級品だな。
レベルでいえば、駒場に少し劣るぐらいだ。
この世界でそれくらいを投げられたら上出来と言えるだろう。
これは盛大に空振りになる後藤先輩。
確かにスキルで性能を盛っているが、それでも空振りになる方が可能性としては高いか。
2ストライク、ノーボール。
カウントは圧倒的に相手が有利。
相手はボールゾーンに敢えて投げる選択肢もあるが、こちらは心理的に際どいボール球にも手を出したい。
3球目、ここで投げられたのは風神。
この緩急が分かっていたとしてもタイミングを大幅にズラされる。
どうやら、後藤先輩もタイミングを間違ったようで、タイミングを合わせる為に無理なフォームでスイングをしている。
「どりゃああああーーー！」
バットは奇跡的に球を捉えた。
後はこのフォームでどれだけ遠くに飛ばせるか。
普通の人ならボテボテのゴロで終わる。
だけど、この人は違う。
名前が力丸なだけあるぜ。
外野が警戒して後ろに下がっていたのもあって、後藤先輩の打った球はシングルヒットになる。
そして、嬉しそうな顔をベンチ側に向けている。
言いたい事は聞かなくても分かる。
きっと糸式先輩への励ましなんだろうな。
それくらい、彼は優しくて力強い男だ。
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