第066話 天界の使徒
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「ここで練習するのも久し振りだな。前に小鳥遊に呼び出された時にも来たけど、その時は練習をした訳じゃないから」
俺は久し振りに公園で練習をしていた。
今日は夜飼さんが用事があるので、練習場を使えないらしい。
夜飼さんには謝られたが、いつも場所を貸してくれているだけでも有難いので何も謝られることはない。
寧ろ感謝を伝えたいぐらいだ。
「それにしても、普段良い場所で練習しているとこの場所が不便に感じるよな」
最初は何でも揃っているように感じていたが、ここまで時間が経過すると不便に感じる。
学校の設備もそれなりに揃っているし、夜飼さんの練習場は言わずもがな。
でも、文句も言ってられない。
もうすぐ始まる練習試合に向けて、1分1秒も無駄に出来ないから。
「さてと、今は変化球を磨くのが良さそうか」
前に経験値を確認した時は、かなり満遍なく育っていた印象を受けた。
それならば、他のステータスを上げるよりも変化球のレベルを上げた方が良い。
球速が1上がるのと変化球レベルが1上がるのでは、体感出来る恩恵には差がある。
「夜の公園って改めてみると静かで過ごしやすいよな」
「そんな所で独り言とは面白い人ですね」
「どちら様ですか?」
誰かは分からないけど、俺の独り言を聞かれていたらしい。
いつもの癖で喋っていたのだが、まさか誰かいるとは思っていなかった。
この場から立ち去りたいぐらいには恥ずかしいけれど、いきなり逃げ出すのも失礼かと思いこの場に残る。
俺が言うのもあれだが、この時間に1人で公園にいるのは怪しいだろ。
それに話し掛けて来るのはもっと怪しい。
真っ白なスーツを全身に身に纏い、白いハットを被っている。
髪も白ければ、肌も真っ白。
唯一、目だけは吸い込まれるほど綺麗な赤だ。
「私は名乗る様な者ではございませんよ」
名乗る者じゃないなんてセリフ本当に言う奴がいたんだな。
てか、聞いているのだから名乗ってほしい。
俺を警戒して名前を明かしていないのだったら、わざわざ話し掛けるなよ。
この男、怪しい。
こんなにキャラが立っているのに、俺が知らないのが怪しい理由の1つだ。
全身真っ白のスーツだぞ。
中々お目に掛かれないだろ。
「そんな目で私を見ないでくださいよ。大杉二郎さん」
「俺の名前を知っている・・・」
只者ではない。
何かしらの役割を持った特殊な存在だ。
でも、俺が知っている範囲ではこんな奴は。
「最近、お困りなことはございませんか」
「すみません。俺は宗教とか興味ないので」
「ふふふ、宗教ですか。当たらずとも遠からずと言った所でしょうか」
何も面白くないんですけど。
目の前で怪しい人ですよとカミングアウトしているもんだろ。
俺は少しずつ音を立てないように注意しながら、後ろへと下がる。
このまま、ここに居ても良いことはないと判断した。
「後退りするのはやめてくださいよ。ちょっと様子を見に来ただけじゃないですか」
「俺の様子?まるで幼い頃から知っているみたいな言い方ですね」
「ある種生まれたばかりの頃から貴方の事は知っていますよ」
さっきからのらりくらりと質問を躱される。
この男の正体が掴めない。
「俺の事を気に掛けて何になる」
「それが私の役目ですので」
「俺を監視するのが役目?どこかの高校からわざわざ偵察として派遣されたのか?」
「ふふふ、その発想も面白いですね」
この返しを見るにどうやらそうではない。
まぁ、俺ぐらいの選手にわざわざ偵察を寄越すとも思えないか。
「私と会話するのはあまり好まないですか?」
「それはそうだな。訳が分からない相手と話すのは良く無いって学校では習うんで」
「まぁ、それもそうですね。でも、この世界は少しずつ狂い始めて来た。それも貴方ともう1人のせいですよ」
「世界、俺ともう1人。・・・狂い始めた」
「おっと、ヒントを与えすぎたみたいですね。それでは、私はこの辺で」
彼は立ち去るのではなく、忽然と消えた。
たった一瞬の瞬きの間に起こった出来事だ。
あれは確実に神族の部類だ。
俺をこの世界に送った奴と何か関係があるはず。
いつ現れて、いつ話を聞けるか分からない。
もしかすると、今の時間は貴重だったのか。
そうだとすると勿体無い事をした。
「ねぇ、何考えてるの?」
「うぉっ!びっくりした」
さっきのこともあって後ろから話し掛けて来た小鳥遊に驚く。
自分でも情けない声が出てしまったと自覚している。
「やめてよ、そんなに驚くの。悪い事しているみたいじゃん」
「あはは、ごめんごめん。今日も自主練?小鳥遊は」
「そうだよ。ほぼ毎日、練習してるからね」
「偶には休まないと倒れるよ」
小鳥遊が練習を休んでいる所をあまり見た事がない。
朝も昼も夜も常に走っている様に思える。
実際はそんな事は無くてきちんと休息も取っているだろうが、それくらい練習をしている。
最近は留学も視野に入れているみたいだから尚更気合いが入っているのだろう。
「ここで練習しているのは珍しいね」
「最近では全く来なくなったからね」
「本当だよ。春休みはあんなに来てたのに、すぐ来なくなったから寂しいんだよ」
「寂しいって。俺が来なくなっただけで大袈裟だな」
「大袈裟じゃないかもよ」
なんだ、この空気は。
勘違いなのか、そうでは無いのかギリギリのラインだ。
「あぁー、照れてるね。その顔が見たかった」
無邪気に笑う小鳥遊。
この笑顔は危険だ。
どれだけの男を落として来たことか。
「そういえばさ、野球部の1年で揉めたんだって?」
「どこからその情報を仕入れたの」
「それはアタシのクラスに、情報通のお喋りくんがいるからね」
そういえば、堀枝は元々情報通として名を馳せていた。
あいつが知らない情報はない。
「先輩達が間に入ってくれたから大事にはならなかったよ」
「いや、先輩達が間に入っている時点で十分大事でしょ」
「それもそうかも。でも、それよりも大きなものを得られたから良いんだよ」
「大きなもの?」
橋渡の覚醒だ。
あの一件で確実に橋渡の魂に火が付いた。
練習している姿を見ても今まで以上に気合いが入っている。
「そういえば、来週が練習試合の日だったよね?」
「そうだよ。それがどうしたの?」
「今月の末って確か学校休みでしょ。部活も偶々休みだし、応援に行こうかなって」
「本当?その方がみんな喜ぶと思うよ」
「みんな?そうじゃなくて、二郎はどうなの」
俺との距離を縮めて、ジト目で見つめて来る。
この問いをはぐらかすのは難しい。
嬉しいかどうかで聞かれたら嬉しく無いはずがないよな。
「勿論、個人的には応援に来てくれたらめっちゃ嬉しい」
「それが聞けたらアタシは満足!ちゃんと言えて偉いね」
「やめてくれ。恥ずかしくて顔から火が出そうだ」
「あははは!今の内だよ、アタシとこんなやり取りが出来るのも」
彼女は冗談めかしてそう言うが、俺にとっては冗談では済まない。
留学先へ行ってしまえば寂しくなる。
だから、2年生になっても彼女には居てほしいと思う。
それが俺の我儘だったとしても。
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