第012話 それぞれのスタイルで
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「あんま張り切り過ぎて怪我すんなよ1年。それじゃー、プレイボール!」
俺達はジャンケンの結果先攻だった。
まずは攻めから始まるので、とりあえず投げ込みをして肩を温めておく。
だけど、ゆっくりと調節している時間も無いようだ。
チラッと仲間達の方を見ると、テンポ良く1人目がアウトになっていくのが見える。
アウトになった後に監督の表情を伺う1番打者。
最初の打席は監督の印象に残る。
だから、アピールに失敗したと思って落ち込んでいるみたいだ。
勝手に落ち込んで、勝手にやる気を失っていく。
チームにとって最悪の状態だ。
あくまで俺の意見だが、試合に勝つことが意識出来ていない時点でチームには要らない。
この試合は、泥水を啜ってでも勝つぐらいの気持ちが必要だと思う。
「どこを向いてるの大杉くん?」
「あぁ、ごめん竜田」
今、俺の女房役として球を受けているのが、欲しがっていた人材の1人である竜田だ。
彼の才能は色々あるが、1つだけ先に言ってしまうとフレーミング能力が異常に高い。
コントロールのステータスが低い俺にとって、際どい所に投げた球をストライクに持って行く彼の力が必要不可欠である。
だから、彼だけはどうしても欲しかった。
現在、1軍で捕手をしているのは、3年の先輩1人。
2年生には捕手候補が1人もいない。
敵チームの1年捕手と3年の先輩、そして竜田で正捕手争いになるのだが、正直他の2人が相手にならないレベルで竜田が強い。
だから、この試合はほぼ椅子が埋まっていると思っている。
打撃面で高い才能を秘めている堀枝、捕手としての適性が高い竜田、圧倒的球威で他を圧倒する駒場。
3枠が確約されているとするなら、空いているのは残り1枠。
俺を含めた15人で1枠。
簡単とは言わないが、俺の努力が無駄では無かったと証明するだけだ。
当然、試合にも勝ってな。
2人目がアウトになる。
今の所、ストレートとスライダーしか見せていない駒場から、2人はヒットを打てていない。
そもそもバットにも当たってもいない事を考えると、俺も完封を狙う気持ちでいないと試合には勝てないだろうな。
「それにしても大杉くんって凄いね」
「凄い?どこが凄いの?」
褒められるのは嬉しいが、大雑把に表現された褒め言葉では何が凄いのか疑問だった。
普通なら、駒場の投球を見た後に仲間の球がこれなら少しガッカリするだろう。
「球を受けている僕でも敵に回したく無い投球だなと思って」
「それ褒めてるのか?」
「褒めてるよ!打ちにくそうだし」
「有り難く受け取っておくよ。あ、そうだ。今回の配球の件だけど、俺に任せてくれないか。俺に任せてくれたら勝てる自信があるんだ」
「この試合は好きな所に投げてよ!僕絶対に受け止めるから!」
竜田もリードは出来るだろうが、俺が配球を考えた方が勝率は高いだろう。
どうしても勝ちたいので、この試合は完全に俺に任せてもらいたかった。
どうやって配球やコースを伝えるかという問題もあるが、ある程度はサインを決めて残りは竜田の反射神経で補ってもらうしかない。
でも、それが出来るのが竜田という男だ。
ここで3人目もアウトになり、守備交代になる。
「さて、俺の投手デビューか。見ててください、師匠。俺、やってみせます」
まずは1人目がダラダラと打席に立つ。
投手が俺だから気を抜いているように見えた。
確かに糸式先輩や駒場の投球を見た後では、殆どの人の球は霞んで見えるだろう。
でも、俺にとってはその方が好都合だ。
「俺は駒場チームでラッキーだぜ。あんな奴の球を打つより、こいつの方が断然楽だろ」
わざわざ口に出して言うタイプか。
技術に自信が無いから揺さぶりを掛けて勝負するつもりらしい。
小賢しい奴もいるもんだ。
まずは1球目。
心を完全に落ち着かせた後に構える。
俺の投球フォームはスリークォーター。
これが1番球をコントロール出来る。
そして、投げる球種は何の変哲も無いストレートだ。
だから、俺の球速で甘い所に投げれば打たれる。
「・・・ストライク」
球審を務める監督は一瞬迷ったがストライクを宣言する。
これには打者も驚いて抗議した。
「今のはボールじゃないですか?」
「いや、際どいけどストライクだ」
納得はしていなくても審判が言うので渋々従う打者。
「早速、効果があったみたいだな竜田」
今のはボールだった。
だけど、竜田のスキルでストライクに持っていった。
毎回際どい球をストライクにしてくれるチートスキルでは無いが、安心して四隅に投げられるのは事実。
でも、相手はこの1球で確信したはずだ。
打てないレベルの球速では無いと。
だから、次はストライクカウントを稼がれない為にも、怪しい所の球は振りに来るだろう。
続けて2球目を投げる。
内角低めを狙った1球はあっさりと打者に打たれる。
「三塁手!」
打たれたと言っても内野ゴロ。
師匠直伝のツーシームが効いたようだ。
焦らずに処理すれば、簡単にアウトを取れる。
アウトになってベンチに戻る打者は、悔しそうにしていた。
余裕だと思っていた相手からアウトを取られるのは相当悔しいだろう。
でも、彼には悪いが俺はかなりテンションが上がっている。
初めてのアウトがここまで快感だったとは。
奪三振で無くてもこの感覚は癖になりそうだ。
このまま連続して2人目も抑えたい。
「俺がここでヒットを打てば、注目されるのは間違いない。よし大丈夫、大丈夫だ」
緊張している2番目の打者が打席に入った。
精神的に不安定な相手には落ち着かせる隙を与えない。
クイックモーションで1球目を投げる。
主に盗塁をさせないよう使われる技術だが、相手のタイミングを崩す事にも効果的だ。
実際に2番打者はタイミングが合わず空振りになった。
周りからすれば、俺はあの手この手でストライクを狙ってくる面倒な投手と思われているだろう。
でも、それで良い。
面倒という言葉は投手にとって褒め言葉だ。
面倒であれば、あるほど打ちにくい。
「これならどうだ!」
その掛け声と共に2球目を投げた。
気合いの入った1球は外角の高め。
しかし、大体ボール1個分くらいはストライクゾーンから外に出ている。
狙って外に出した訳では無いが、これでも十分に打ち取れるはずだ。
やはり、そのボールに相手は手を出した。
当然、そうなれば良い当たりにはならない。
勢いのない打球は一塁手の前に転がって行く。
一塁手が捕球して、自らの足でベースを踏んだ。
竜田のフレーミングと俺のツーシーム を組み合わせれば、確かにあのくらいでもストライクの判定になる。
それを恐れて、相手も手を出してくれたのだろう。
結果的にはアウトだったが危なかった。
コントロールが乱れてしまったのは反省すべき点だ。
外では無く中の方に外してしまえば、一気にツーベースヒットにはなるだろう。
今度の課題はコントロールかもな。
ここまでで4球で2アウト。
体力の少ない俺にとって、球数が少ないのは上出来の内容だ。
だけど、ここで最悪の知らせがある。
「さっきと立場が逆になったな大杉!」
ここで登場して来るのが駒場か。
打者としての実力は未知数だが、ここまでの流れ的にかなりのパワータイプなのではないかと予想する。
駒場を抑えないと次は確実に堀枝に回ってくるだろう。
堀枝は俺が育てたので、ホームランを出せるぐらいにはなっている。
つまり、駒場を塁に出せば最悪2点も取られる。
堀枝を歩かせたとしても得点圏内だ。
「絶対打たせないから」
「よし!望む所だ!」
負けた分はここで取り返す。
その想いで熱く闘志を燃やした。
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