第098話 考える事は皆同じ
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「これ見つかった怒られるかな?」
「そんなことないでしょ。自主練なんだし」
御手洗はオーバーワークで注意されないかと心配していたが、これくらいならまだ大丈夫だろう。
それでも不安みたいなので、ここへ来る前に念の為買っておいた回復アイテムを渡しておいた。
渡した瞬間にゴクゴクと飲み出す御手洗。
そして、プハッーという豪快な音と共に飲み切った。
回復アイテムは即効性のある物だ。
この段階でその効果を感じているだろうな。
「よっしゃー!なんかやる気も出て来たし、今の内に頑張ろうぜ!」
まずはトスバッティングから始めたが、この時点で俺は変化に気付いた。
「御手洗、なんかフォームが綺麗になった?」
「おっ!気付いた?ちょっと最近良い人に出会ってさ」
「良い人?」
「アイツだよ、アイツ。前回の草野球に来てた奴。偶々、街で遭遇してさ。頭下げて指導をお願いしたんだよ。そしたら、こんなにフォームが綺麗になってさ」
「千草の事?でも、彼は野球始めたばっかりだって聞いたけど」
「そうなんだよ!本人もそう言ってたけど信じられないよな」
どうやら千草は御手洗に協力しているらしい。
あれが誰かの為に動いているとは思えない。
そうなると何かしらの利害の一致があったのだろう。
御手洗が自ら動くとは思ってもいなかったが、これは良い傾向だ。
自分で考えて動く力が増している。
「さて、そろそろ俺も練習始めようかな」
トスバッティングのサポートこの辺にして、俺も動き始める。
「ちょっと良いか?折角なら俺に向かって投げてくれないか?」
「室内練習場だからって球拾い面倒だよ」
「おっ?球拾いの心配って事は打たれると思ってるってことだな」
これは挑発だ。
片付けは面倒なのは事実。
だから、普通に練習を。
「乗ってやるよ!御手洗には悪いが1球も触れさせないぞ」
簡単に挑発に乗ってしまった。
でも、これは良い機会だ。
打席に立っていた方がヒリついた空気を楽しめる。
それにこのまま事が進んでしまえば、御手洗が調子に乗ってしまう可能性がある。
だから、お灸を据えるのも俺の役目だ。
「1球目から飛ばして行くぞ」
「そんな宣言はいらないぞ。俺は最初からそのつもりだ」
1球目から成長した魔球の威力を見せ付ける。
レベル4のメテオフォールは簡単には打たない。
これは流石に空振りになる御手洗。
「これがあの魔球か。見るのと打つのじゃ全然感覚がちげー」
「そんなに褒めてくれても何も出なさいよ」
「うっせー!次は打つ」
何度も何度も投げた。
時間とか疲れとか全部忘れてひたすらに。
それが最高に楽しかった。
投げれば投げる程、実感出来る。
俺は強くなっているんだと。
今までの道のりが無駄じゃなかったんだと。
「きゅ、休憩〜!流石、レギュラーに選ばれるだけはあるな。レベルが高い」
「まぁな、俺は環成東のエースになる男だから」
「俺に圧勝したからって随分大きな口叩きやがって。・・・でも、なれるよ大杉なら。今日も完敗だったしな」
結果は3球のヒットを打たれただけ。
あれだけ投げてこの結果なら良い方だろ。
「あーあ、悔しいなぁー」
「悔しいってなんでだよ。御手洗もかなり成長してるだろ」
「成長か・・・。それは当たり前だろ。お前等3人、止まるってことを知らないからさ。俺もお前等の背中追うので精一杯だよ。だけど、今となってはそれが優しさなんだと思ってる。お前等が立ち止まって俺を待ってくれてたら俺、情け無くなってた」
「そこまで深いことは考えてないけど、確かに待ってあげるなんて発想はない。御手洗だからこそ、自分の手で這い上がって来て欲しいと思ってる」
御手洗は立ち上がり、無言でバットを振り始めた。
今、彼がどんな想いでバットを振っているのかは分からない。
だけど、確実に俺達の存在がやる気へと繋がっている。
それだけは分かる。
「さーて、僕達も練習頑張ろうかなー」
「そうだな。抜け駆けしようとしている奴等がいるみたいだし」
物影から姿を現したのは竜田と橋渡。
まさか話を聞かれているとは思って無かった。
「なっ、いつからいたんだよ!」
「それは2人で対決している辺りからだ」
「なんだよ、結構前からいたのかよ」
「ずるいよ。2人してこそこそ自主練するなんて、誘ってくれたら良かったのに」
「いや、疲れてるかなと思ったんだよ」
「疲れなんかよりも練習だよ、練習」
「そのうち倒れるよ」
「人の事言えないでしょ」
少しだけ話が盛り上がる。
どんな練習をしてたかとか昼の練習がきつかったとか。
そして、話終えると練習を始めた。
「あれ?隼人、先客がいるみたいだぞ」
「おっ、やっぱりお前等も自主練か?」
後から駒場と堀枝が。
「おいおい、なんでこんなに。1年がいるんだよ」
「ガハハハッ!良いじゃないか!去年の俺達を見ているみたいだ」
(みんな練習熱心だねー)
「や、やっぱり僕、隅っこの方で」
「ふぁーっ。眠い」
更に合流する2年生。
ここまで来ると殆どいつもの練習と変わらない。
みんな考えている事は一緒か。
少しでも空き時間があるなら練習に充てるらしい。
ちゃんと後で休息を取らないと倒れるんじゃないか?
俺もその内の1人だから人の事言えないけど。
明日も嫌という程練習出来るのによくやるよ。
「おい、何考え事してんだ大杉!お前そんなんだから昼間も怪我すんだぞ!」
「これはこれは、最近大人しい糸式先輩じゃないですか?」
「上等だ!大杉、そこに立て!ボコボコにしてやるよ!」
「俺も混ぜてくださいよ!最初に使ってたの俺達ですし!」
「じゃあ、僕も」
ガヤガヤとした中で練習をする。
楽しそうにやっているとはいえ練習内容は本気な物ばかり。
一切の手抜きはない。
だから、結構良い運動になる。
「どうだ?万常、1・2年の様子は」
「あぁ、見ての通り元気そうだ」
室内練習場の入り口で遠目に俺達の様子を見る万常先輩と時透先輩。
「俺達は今年甲子園に出場出来なければ卒業だ。だけど、アイツらには来年がまだある。羨ましい」
「弱音か?珍しいな、時透」
「正直、俺は焦っている。前回の波王山戦、これといって活躍出来ていない。だから、もしかしたら俺のせいで甲子園まで行けないんじゃ無いかと思うと」
「その時はお前の分まで俺が背負う。それがキャプテンとしての役目だ。だけどな、それがただ気持ちで負けているだけなら俺がいつでもケツを蹴ってやるから言ってくれ」
「そうか。その時は任せることにする」
静かにその場を去っていく2人。
てっきり2人も練習に参加するかと思ったが、どうやら様子を見に来ただけみたいだ。
どんな会話をしていたか気になるけど、わざわざ聞きに行くまでも無かったので練習に戻る。
こうして、合宿1日目の夜は賑やかに終わっていくのだった。
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