破ってはいけない約束
私は急いで家に帰っていた。家が私にとって唯一安心できる場所だからだ。
「まさかあんなところにいたなんて」
そう呟きながら私は自宅のドアを開け、ただいまも言わずに部屋へ籠った。
私が急いでいた理由はあの女、笹原がいたからだ。
私はまずいと思った、あいつとの約束を破ってしまったから。
『ガチャリ』
扉が開いた音がした。そして私は決意を決めるのだった…
しかし
私は扉から出てきた人物を見て驚いた。なぜなら目的の人物ではなかったからだ。
「どうしたの」
私は彼女にそう問いかけた。
「白石さんこそどうしたの、こんなところにいて」
そう彼女は言う。
「私はここで人を待っているの、出来れば席を外してくれるかな?数分で終わると思うから」
私は彼女にそう告げる。
「その相手って、もしかして山田くん?」
「っっ!」
「やっぱりそうなんだー」
「山田君には近づかないでくれるかな、人殺しさん」
私は彼女が放ったその言葉に激しく動揺した。
彼女の雰囲気は先ほどまでのかわいらしい様子と違い何か深い闇を感じた。
「人殺しってなんのこと…?」
あくまで知らないふりを私はした。
「知らないなんて言わせないよ。テレビでニュースになってる女子高生ってあなたのことでしょ」
「私たまたま見ちゃったんだよね、あなたが事件の日ビルから出てくるところを」
まずい、まずいまずいまずい、まさかあの時いた通行人が彼女だったなんて。
終わった。私はこのまま終わるんだ。
そう思っていた私にその女はニヤニヤと笑みを浮かべながら声をかけた。
「もし私がチクったら警察に捕まっちゃうね、学校ではそれなりの地位はあるんだっけ。母親とも仲が良くて休日一緒に遊びに行くくらい。山田君との関係も良好で毎日楽しい学校生活を送っていたんじゃない?このままだと今まで築いてきた平穏な生活も全て水の泡、少年院に連れて行かれて、もし外に出たとしても人殺しとして指をさされる毎日。就職にも経歴で雇ってもらえないと思うし高校も卒業できないから中卒だと馬鹿にされて、ほんとサイアクだよね」
「お願い、言わないで」
「えーどうしようかなー、じゃあ私と取引しない?」
「取引?」
「そう、取引。私はあなたのことを警察に言わない、その代わりあなたは私の言うことを聞く」
「どう?」
「どうって言われても私は応じるしかないし、本当に言わない?」
「うん、言わないよ。約束さえ守ってくれれば」
「わかった、約束って?」
「山田君に近づかないこと、それだけ守ってくれればいいから」
「もし破ったら、わかるよね」
「…わかった」
そうして私は屋上を去った。
これ以上あいつと一緒にいたらどうにかしてしまいそうだったから。
『ウウーーウウーー』
電話がかかってきた。相手はもちろん。
「笹原…」
「もし、もし…」
「もしもしー、楽しいお話はできたかな」
「!!」
「私も話したかったなー、山田君と」
「お願い、お願い、お願いだから」
「お願い?いやだけど、私のお願い聞いてくれなかったのに、あなたのお願い聞くわけないじゃん」
「違うの、あれは偶然会ってしまって、しかも、向こうのほうから話しかけてきて」
「ふーん、そうなんだ。でも約束はちゃんと守ってもらうからね」
「待って、お願い…」
「さようなら」
『ツーーツーーツーー』
「ああ」
「ああああああ」
「うわああああああああああああああああああああああああ」
電話の後、私の中で何かが切れたようにただ泣き叫ぶのだった。
窓の外を見ると光一つ無い漆黒の闇が広がっていた。
まるで私の未来のことかの如く。
「どうしてこんなふうになっちゃったんだろう」
私は答えの返ってこない問いを夜空の星々へ問うのだった。