第1話 魔王の聖戦
こんばんは。私は魔王です。
今日はあの優しい勇者様との対決です。
この世界で皆が笑って過ごせるように。
未来の皆が暮らしていけるように。
私と勇者様の望みを満たすために。
なんでしょうか?勇者の望みを知っているのですかって?
もちろんですとも。
あの全てを見透かしたような穏やかな瞳の奥にある勇者の望みは私とともに暮らすことです!
少し恥ずかしいですわね。
彼のパーティーの邪魔者なんて捨てましょう!
そうして強くて、大らかで、それでいて優しい勇者様を手に入れるのです!
どうしたのですか?
えっ?
そもそも対決するのにどうやって手に入れるのかですって?
それは辛いご指摘ですわ。あの方は最強です。もうじきここに来てしまいます。
ついさきほど、私の最後の部下が倒されたようです。残念ですが、仕方ありません。
魔族は皆そうです。勝利か死か。常にそれだけを求め、戦います。
殺す必要はないのに、そのせいで異種族との争いが絶えないのですが……。
私としても残念ではありますが戦いの結果では仕方ありませんね。
思えば、ようやくここまで来ました。苦しい道のりでした。
私は争いを止めるため、魔族が生きる場所を残すためにずっと戦ってきました。
しかし恨み合う魔族と異種族がわかり合うことはなく、殺し合いを止めることはできませんでした。
そんなときに出会ったのが今のあの優しい勇者様です。あぁかっこいい。
「あぁ、これで戦いを終わらせられる……そして勇者様と……」
これまで何とか戦ってきたことによって、私が破れても魔族が生きる場所は残るでしょう。
私が破れればきっと魔神様によって次の魔王が選ばれることでしょう。
次の魔王や選ばれる四天王に理性的なものがいますように。これは理想です。
「私は魔王。しかしただ殺し合うことだけを求めるようなものではないのです。いつかきっと共生できる時代が来ると信じています」
つい独り言を呟いてしまいますが、これが私の想いです。
これまでの戦いで時間は稼ぎました。魔族が次の時代を考える時間を。
まぁ、私もただ敗れる気はありません。勇者を射止めてみせます。
彼の性格は分かっていますのでこの戦いさえ切り抜ければいけます。
まるで少年のような彼に対して「愛してる」と呟けばきっと受け入れてくれると信じています。
もちろん私の全てを捧げますので、騙そうとかそういったことではないのですよ。
「きっと可愛いと言ってくれますわね?」
信じていますよ勇者様。
『何を呟いておるのだ魔王よ』
私の背後にある影がうごめいたと思ったら、めんどくさいのが出てきましたわね。
淑女の監視をなさるなんて、きっと配慮の欠片もない方ですわね。
そしてこの方は私の部屋を見渡すと、あろうことか柱の陰に消えていった……。
まさか勇者様との対決を覗くつもりか。
今すぐこの部屋から蹴り出したいです。
そして私は魔神様に隠れて準備します。
なにをですって?魔道具ですよ?
これは"配信の魔道具"というものですわ。
いいですか?魔神様には内緒ですよ?
これはとあるダンジョンに落ちていた、とても便利な魔道具ですわ。
ふふふっ。
これを使うとどこからかイメージが流れて来て別の場所の音や光景が見れるのです。
なんと、イメージを流されているのは勇者様で、とても楽しそうで、そのことによってお金やアイテムを得られているようです。すごい。
1回だけ私との戦いを流されていて、可愛いと言ってくださいました……。
これは本当のことなのでしょうか?
他にも誰かが見ているようですが、それは人間や魔族ではないようですわね。
そうです、魔族たちにはバレていないのです。
それをいいことに私はこれを使って愛しい勇者様を眺め続けていたのです。
でもまさか魔王討伐のあかつきには勇者様を捨てようとたくらんでいるなんて酷いですわ……。
涙する勇者様を、どうにか慰めたかった。
許すまじ聖女。あの邪魔者は勇者様の横に控えながらなんてことを……。
長年旅してきたはずなのに、その後の世界では不要と切り捨てるなど……。
まぁいいです。お陰で勇者様は私のものです。
「さぁおいでください。私は逃げも隠れもしません。
これがあなたと私の最後の戦いなのですから。
余計な邪魔者がいるのは不満ですが全力でお相手いたしますわ!」
期待が膨らみます。
魔神のせいでこの想いをあなたにぶつけるのはまだ先のことになると思いますが、今はただ戦いましょう。
そして邪魔者を排除し、勇者様と踊るのです。聖戦という名のダンスを。
その後のことはわかりませんが勇者様は私をどうするでしょうか?
私の想いは内緒です。
いいですわねみなさん。内緒ですわよ!?
そうして私の部屋に入ってきた勇者様たち。
「来たのですね……」
その先頭は勇者様。
彼は私の方を見つめ、落ち着いた様子だ。
自然に流した青い髪に、鍛えられた体。鎧の上からでもわかる筋肉。
久しぶりに見えた彼は、魔道具でいつも見てきたままの姿でした。カッコいい……。
いえ、以前より凛々しい。
より強くなったのでしょうか?
もうドキドキが止まりませんわ……。
「あぁ、魔王よ。これで終わりにしよう。これが最後の決戦だ!」
「……」
優しそうな目をされています。
なぜか安心してしまいそうです。
この後どうなるかはわかりません。これで最後です。
そこへ斬りかかってくる女騎士。
無謀。なにをしているのでしょう?
「ふん……ナイトフォール!」
「うわぁぁあああああ!」
あっさりと床に落ちる女騎士。
この方は何をしに来たんでしょうか。
勇者様の表情からするとこれは作戦ではなく独断専行なのだと思います。
動画で見た通り勝手な人なんでしょう。
しかし、まずいですわね。
こう見えてもさすがに騎士。
まさか私の魔法を正面から受けて耐えきるとは思いませんでした。
聖女……もう1人の邪魔者は何やら呪文を唱えているようです。
飛び込んでくる愛おしい勇者様の剣を私は杖で受けます。
「勇者よ!我が四天王の敵を討たせてもらおう」
胸が苦しい。でも楽しいのだ。
目の前にいる勇者様の凛々しい表情と優雅な剣技につい求婚してしまいそうになります……だめですわね。
衝動を必死に抑えて、私は杖と魔法で剣を防ぐ。
まだだめだ!
あの柱の向こうから魔神が監視していますから。
降りかかってくる剣を杖で受け流しながら、私は勇者様の端正な顔を眺め続ける。
言葉は不要です。
剣と杖をぶつけ、魔法を打ち合う。
抱かれたい……。
「なぜ?なぜ本気で来ないのです?」
くそぅ、魔神め。"魔王"の特性をしないでほしい。このような言葉を吐かせないでほしいのに。
今すぐその胸に飛び込みたい衝動を抑えて私は魔法を唱え続ける。
勇者様には何か考えがあるのでしょうか?
「完成しましたわ。これで魔王を……」
楽しい戦いの最中で完成した魔法……聖女はあの呪文を唱えていたのですね。
あの魔法は聖属性魔法。つまり、闇属性である私には効果絶大です。
勇者様?その魔法はまずいですわ。
そんな魔法が使えたのですね、聖女め。
「今、私のもとには神々の助力があるようです。さらに、皆の祈りの力も。これで魔王を消し飛ばしてやります」
勇者様ならまだしも聖女に負けるのは嫌です。
あのような歪で心を持たない聖女なのに、なぜ神々や世界の人間どもが力を差し出しているのでしょう。
さっさと発射しやがりましたわ。
私はどうすればいいのでしょうか、まさか?
「なんという神聖な力。そういうことですね、私を跡かたなく消し飛ばすための魔法。そのためにあえて力を抜いていたと……勇者……」
呆然とし、全てを諦めきった演技。
いいでしょうか?
勇者様、信じています。
魔神を騙さなくては。
私は信じます。
どれでいいのだと。
消え去るならそれでも……。
???:四天王が落としたアイテムが使えるのではないか?
???:伏線をコメントしない方がいいのではないか?
???:あっ……。
えっ……。
私の頭に浮かぶ不思議な文字。違います、"配信の魔道具"に届いたコメントですわね!
わかりました!
私を逃がしてくれるのですね!
勇者様はお持ちだった収納袋の中からアイテム"次元の羽"を聖女に、そして隠れていると思われるあの魔神様からも見えない角度で取り出して私に使う。
???:さすが、手際が良いのう。
???:もう欲望一直線だな。
どういうコメントなのですか?
ちゃんと私からは見える場所で使ってくださったその"次元の羽"は効果を発揮し、聖女の魔法が当たる寸前に私を転移させる。
ありがとう。
勇者様。
ステキです。
そうして私はいずことも知れぬ場所へ……。
不安でいっぱいだった心を無理やり落ち着かせて勇者様と戦っていた辛くとも楽しい時間が終わりをつげ、私が勇者様に優しく送っていただいたのは森の中にあるお家でした。
そこではなんとお家が歓迎してくれました。
優しい回復魔王。
疲れた心を癒す暖かいお風呂。
"魔王"を失った私への気遣いと励ましの籠った言葉。
料理も素晴らしく美味しかった。
堪能する私をゆっくりと見守ってくださいました。ごちそうさまです。
そうして私にここが勇者様の隠れ家であることを知り、ただただ居心地の良い空間と時間を提供してくださったお家さんに感謝しつつ、勇者様を待った。
読んでいただいてありがとうございます!