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第4話 異世界の常識

 言われたとおりに門から続く広い道を真っすぐに歩いているのだが、なるほど。たしかに通りを歩いているのは男の人ばかりだ。


 もちろん女の人がいないわけではない。ごくたまにではあるものの見かけはする。ただ、その全員が見るからに高そうな服を着ており、さらにきちんとした身なりの男を何人も連れているのだ。


 しかも女の人は全員俺と同じか少し年上くらいな印象で、不思議なことに、おばさんやおばあさんは見かけていない。


 あ、でもそれは男の人も似たようなものか。おじさんは見かけるが、おじいさんはほとんど見かけない。


 ということは、やはり平均寿命が短いのだろうか?


 それと気になるのが……。


「ねえ、なんか臭くない?」

「うん……」


 そう。陽菜の言うとおり町の中はちょっと、いやかなり臭い。これはもしかすると衛生状態がよくないのかもしれない。


 そう言えば世界史の先生が昔のヨーロッパでは汚物を窓から投げ捨てていたと言っていたが、もしかしてここもそうだったりするのだろうか?


 まったく。太田さんはなんて世界を選んでくれたんだ。


「ねえ、祥ちゃん。あたし、なんだかジロジロ見られてるんだけど……」


 陽菜が不安げな様子でそう言ってきた。


「陽菜、すごい可愛くなったからな」


 俺は左手を差し出した。しかし陽菜はなんと差し出した左腕に抱きついてくる。


「陽菜?」

「いいでしょ? こうしてれば声、掛けられないかなって。ダメ?」


 陽菜は可愛くそう聞いてくる。


 いや、ダメなわけないだろ。大体これは反則だって。今の陽菜は、俺の理想を体現したしたかのような超絶美少女なのだ。


 それに巨乳になっていて、ドキドキしないわけがない。


「いいよ」


 平静を装ってそう答えたのだが、陽菜はニヤニヤしながら俺の顔を見ている。


「ねえ? ドキドキする?」

「う……」

「ねえねえ? どう?」

「……す、する。するから!」

「あーっ、耳まで赤くなってるよ? 祥ちゃん?」

「う、うるさい……」


 俺はなんとかそう答える。陽菜は楽しそうにクスクスと笑うのだった。


◆◇◆


 そうこうしつつ歩いていると、大きな白亜の建物に突き当たった。見上げるほどの大きな門があり、それをくぐった数十メートル先にはいかにも神殿といった建物がある。


「すごーい。なんか神殿っぽいね」


 陽菜はまるで観光でもしているかのような調子で驚いている。


「うん。スマホがあれば写真撮ったのになぁ」

「だねぇ。とりあえず、入ってみようか」

「うん」


 門も入口の扉も開け放たれているので、遠慮なく中に入ってみた。電灯などは無いようで、中は薄暗い。だが高いところにある窓から陽の光が差し込んでおり、ランプやロウソクの光と相まって幻想的な雰囲気を醸しだしている。


 そんな神殿の内部は大きなホールのようになっており、ずらっと席が並んでいる。


「なんだか教会みたいだね」

「そうなの?」

「うん。なんだか結婚式をするチャペルを、おっきくしたみたい」


 なるほど。そんなものか。生憎そういったことは詳しくないが、言われてみれば前に映画とかで見た教会もこんな感じだったような気がする。


 ええと、ここの職員に話し掛ければいいはずだけど……。


 キョロキョロと周囲を見回していると、突然後ろから男の人に声を掛けられた。


「何かお探しですか?」

「うわっ!?」「ひゃっ!?」

「おやおや、驚かせてしまいましたな」


 振り返ると、いかにも聖職者っぽい格好をしたおじさんがニコニコと笑っていた。


「あ、ここの人ですか?」

「はい。私めは神官をしておりますファビアンと申します。お困りのようでしたので、僭越(せんえつ)ながらお声がけさせていただきました」

「ありがとうございます。あの、これを持ってここに来るようにって言われたんですけど……」


 俺たちは兵士のおじさんにもらった木の札を差し出した。


「ああ、なるほど。そういうことでしたか。ではこちらへ」


 こうして俺たちは神官のファビアンさんに連れられ、神殿の奥へと向かうのだった。


◆◇◆


「ヒーナ・ヨゥツバー様、ショータ・アジーサワーさん、遠路はるばるアニエシアへようこそお越しくださいました」


 ファビアンさんはそう言って丁寧に挨拶をしてくれた。


「それではまず、ヒーナ・ヨゥツバー様から滞在許可証の発行手続きを始めさせていただきます。ショータさん、ヒーナ・ヨゥツバー様にこちらの判定水晶に手をかざしていただくようお願いしていただけませんか?」

「え? あ、はい」


 兵士のおじさんもそうだったが、なんで陽菜がそこにいるのにわざわざ俺にそんなことを言ってくるんだ?


「陽菜」

「うん」


 陽菜も同じように感じているようだが、とりあえず水晶に手をかざした。何も起こらない。


「ありがとうございます。続いてショータさんもお願いします」

「はい」


 俺もかざしてみるが、やはり何も起こらない。


「ありがとうございます。すばらしいですね」

「すみません。何がですか?」


 あまりにも意味が分からなかったので、ついそう質問してしまった。するとファビアンさんは困ったような表情を浮かべる。


「これは申し訳ございません。ですが聖女アニエス様のご命令により、身分証明書を持たない方は皆、罪を犯していないかをチェックしなければならないのです。神の教えを守り、善良に暮らしていらっしゃるヒーナ・ヨゥツバー様とショータさんにはご不快な思いをさせてしまいましたが、どうかご理解いただけますよう……」

「あ、いえ……こちらこそすみません」


 なるほど。これはそういうものだったのか。なんというか、さすがファンタジーな世界だ。


「いえいえ、ご理解いただけて何よりです」


 そう言ってファビアンさんはちらりと陽菜のほうを見たが、すぐに俺のほうへと視線を戻す。


「ところで、お二人はどちらのホテルにお泊りになるご予定でしょうか?」

「え? あ……それが、実は荷物をなくしちゃいまして……」

「なんと! それは難儀でしたな。それでは、もしよろしければ当神殿の宿泊所に泊まっていかれませんか? 宿泊料は不要です。本来は寄付をお願いしていますが、手持ちがないでしょうからそちらも余裕がおありなときで結構ですよ」

「えっ? いいんですか?」


 陽菜が身を乗り出してきた。


「はい。もちろんです。それでは宿泊所にお二人の部屋をご用意しましょう」

「わー、ありがとうございます!」

「ありがとうございます」

「いえいえ。ところで、身分証を紛失なさったそうですが、もしよろしければ当神殿で発行いたしましょうか?」

「いいんですか?」

「もちろんですよ。アニエシアの住民になっていただけるのであれば、ですが」


 あ、そういうことか。


「陽菜、どうしようか?」

「うーん、でもあたしたち、ここに住むわけじゃないよねぇ?」

「そうだね。みんなを探さないとだし」

「なるほど。神の試練を受けていらっしゃるというのは人探しでしたか。それでしたらショータさんは冒険者ギルドに登録すると良いでしょう」

「冒険者?」

「おや? ご存じありませんか? 冒険者ギルドとは国を(また)いだ傭兵組織のようなものです。と言っても単に旅をするためだけに登録する者も多いですから、傭兵としての活動はなさらなくとも問題はないかと存じます」

「あの、あたしは?」

「ヒーナ様は不要かと存じますが……」

「どうして?」

「ヒーナ様は女性でいらっしゃいますので……」

「え? なんで?」

「ええと、ご存じかとは思いますが、罪人でなければ門番が女性を追い返すなど考えられません。ですから身分証はほとんどの場合において必要ないはずですが……」


 んん? 兵士のおじさんといい、どうも陽菜に対する態度がおかしいと思っていたけど、もしかして?


「そうなんだ。じゃあ、あたしは登録しちゃダメってことですか?」

「い、いえ……そのようなことは決して……」

「そっかぁ。そうなんですね。じゃあ祥ちゃん、一緒に登録しに行こ?」

「え? ああ、うん。そうだね」

「それも結構なことですな。ただ、もうこの時間です。窓口もそろそろ閉まるころでしょうから、冒険者ギルドに行かれるのは明日になさいませんか?」

「あれ? もうそんな時間?」


 そう言われて窓の外を見ると、窓の外はすっかり茜色に染まっていた。


「わかりました。ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ」


 そう言うと、ファビアンさんはなぜかホッとしたような表情を浮かべたのだった。

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